純情の男
北門に向かって、ふらつきながら歩くミアナはやや疲れた顔をしていた。
もちろん体力が落ちて鈍った体で歩き続けているせいもあるだろうが、やはりあのピンク色の店に入ってしまったためだろう。
……あれは、未知との遭遇どころではなかった。完全に現実から隔離された、異空間的なものだった。それも、大人しか立ち入れない領域の。
学院の授業でも騎士隊の訓練でも教わらなかった性に関する物に、初めて触れたのだ。
彼女にとっては刺激が強すぎる経験であっただろう。
そして……。
「ごめん……アサム……勝手な行動をして、それに……」
「……いえ、大丈夫です」
道行く二人は恥ずかしい様子で、互いに目が合わせられないありさまであった。
大人の玩具が販売されていた店を離れた後、ミアナはその店で売られていた商品の用途をアサムに尋ねていたのだ。
そして、恥ずかしがりながらもアサムは素直に使い道を教えてくれた。
その結果、今にいたる。
そんな二人の現状など無関係と言わんばかりに、レオ王子は薬局で買ってもらった、おしゃぶりを加えながらアサムの腕の中でぐっすりと眠りについていた。
「……」
ミアナは何と言えばいいのか分からず、目を泳がせ、黙ることしかできなかった。
十六才の自分が、見た目は幼い子供だが二十八歳の青年に、いかがわしい玩具の用途を聞いてしまったのだ。恥ずかしさのあまり、こうなるのも仕方ないだろう。
バイナル王国の難民が野営している北門まで、もう少しの距離までにたどり着いている。
このゲン・ドラゴンは地域最大の都市、今のミアナには都の末端である出入口にたどり着くのも一苦労、それを察したのかアサムは足を止めた。
「ミアナさん、少し休息にしましょう。焦らなくても大丈夫ですから」
そう言ってアサムは、落ち着いて休ませるためにミアナを街路脇のベンチに誘導する。
そしてミアナはゆっくりと腰をおろして一息吐き、自分の体を支えていた杖をベンチに立て掛けた。
都の中心部からだいぶ離れたが、それでも周囲には多種多様な店舗や屋台がある。
まるで品物と食の小国のようだ。
「ミアナさん、少しレオ様をお願いします」
するとアサムは、眠りについているレオ王子をミアナに預けて、甘い匂いが漂う屋台に一人で駆けていくのであった。
「レオ様……かならずやあなた様を、お守りします……そして国を……」
レオ王子と二人だけになったミアナは、白き王子の寝顔を見つめて呟く。
彼は、国王が託してくれた最後の望みにして自分の存在意義。
何としても守りとおさなければならない、たとえこの命に変えても。
そう強く思い、ミアナは気を引き締めるのであった。
「お待たせしました」
すると屋台で買い物を終えたアサムが帰ってきたようだ。
そして彼はミアナの前に何かを差し出した。
「それわ?」
アサムが手にする甘そうな匂いを発する代物を見てミアナは首を傾げた。
それはどうやら薄めの生地にフルーツや生クリームなどを包んだ菓子のようだ。
空腹ではないが、その見た目と香りで食欲がそそられる。
「クレープと言う食べ物です、おそらくここでしか食べられません。疲れているときには甘い物が一番です、どうぞ」
そう言ってアサムは、片腕でレオ王子を受け取り、反対の手でミアナにクレープを渡すのであった。
疲れているせいもあるのか、欲求に逆らえずミアナは渡されたそれにかぶりつく。
「お……美味しい!」
ほどよい甘さと果物の酸味がなんともたまらず、彼女は頬を緩ませ顔を輝かせた。
バイナル王国にいた頃は、菓子の類は結構な高級品で中々食べられる物ではなかった。
それに、これは初めての甘味。
たちまちにミアナは平らげてしまい、幸せそうな表情をうかばせるのであった。
「美味しかったですか?」
アサムは微笑みながら、ミアナの隣に腰をおろす。
「ありがとう、アサム。何だか、元気がもどってきたわ」
そして、ミアナは彼の顔を覗きこんだ。
そんなアサムの表情には純粋しかないことが分かる。
けして、これほど発達した都に住んでるがための余裕から優しくしてるわけでもない。ましてやムラトが騎士隊を全滅させてしまった罪滅ぼしのためでも。
本心から自分とレオ王子を思いやってくれているとしか言いようがない。
これ程に悪意や利益と言うものに無縁の人間などいただろうか?
いや、毛玉人のなかにもそのような存在はいなかった。
「……人間?」
ふと、ミアナは突っかかる。
そして観察するように、アサムの全身を見渡した。
「ねぇアサム、あなたは人間なの?」
改めて彼を見ることで気がついた。
褐色肌の種など大陸中央あたりではダークエルフぐらいのもの、それに彼等の髪の色は白。
だがしかしアサムは、ダークエルフより薄目の褐色肌に黒髪と言う、今まで見たこともないを特徴を持っている。
彼女の問いに対し、アサムは素直に返答する。
「半分は人間と言ったところですかね。僕は
「……は、半妖精?」
ミアナにとっては初めて耳にする種族の名称であった。
「ミアナさんが知らないのも仕方ありません。僕、いえ僕達はこの地域のみに存在している種族ですから」
「……この地域固有の種族、と言うこと?」
アサムは、ゆっくりと頷く。
「とは言え、僕達が本格的に認知されるようになったのは最近のことです。つまり僕がこの都市にやって来た時に初めて半妖精の存在が証明された、と言うことです」
「証明?」
「えーと、それまではどうやら僕達は、創作物上の存在や未確認種族や幻としかされていなかったんですよ。さあ、そろそろ行きましょう」
アサムは苦笑いをすると、立ち上がり向かうべき方向を見据えるのであった。
ミアナは、そんな姿に何かを感じるのであった。
彼の姿は可愛らしい男の子にしか見えない。戦闘的な強さもなければ、優れた身体能力もない非力な存在だろう。
しかし、戦いや鍛えることでしか強さを語れない自分達では理解できない何かを持っている。
それが何なのかは分からないが、戦うことでしか自己を表現できない自分とは全く正反対の何かではないだろか?
それは、どれだけ戦っても得られないものなのかもしれない。
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