眠れる魔獣達
「やはり、妙だな」
そう言ったのは、艦長席に腰かけるガスマスクの男であった。
シキシマに備わる原子熱線砲の試験を終えた後、揚陸艇はシキシマの上空を低速で飛行していた。
「何が妙なのですか?
男の呟くような声を聞いて返答したのは、軍服のようなもの着込んで艦長席の傍らに佇む、ピンクの毛髪で青い肌をした美女であった。
「ゴブリンどもだ。変異した個体が、突如に多数出現するなど不自然だ」
そう言うと、男は考え始めた。
ゴブリンは遺伝子が不安定なため、ちょっとした刺激や環境の変化で突然変異しやすい魔物なのだ。それはつまり、適応能力が高い魔物であることを意味する。
しかし、いくらなんでもあれほどの数が一挙に発生するのは異常としか言えない。
そもそも変異原にでも晒されない限り、魔物の異常変異が誘発されることは少ないのだ。
となれば、規定を越えたなにかしらの変異原が存在しているとしか思えない。
だがしかし、そのような変異原が流出したり廃棄されたと言う情報はない。
変異性魔物の発生場所は、十中八九ペトロワ領である。
この大陸で唯一工業技術を持っており、それによる環境破壊の産物が突然変異を引き起こした魔物なのだ。
しかし、それはあくまでも数十年前の話。徐々に技術や環境は改善されていき、さらに変異性魔物も多数討伐されたため、今では数も減り大量発生することもなくなった。
だからこそ今回の件は異様なのだ。
「……調べて見るか」
ガスマスクの男は艦長席の肘掛けにあるスイッチを押した。
すると席の目の前の床からコンソールとホログラム投影機がせり上がってきた。
男はコンソールを操作して、投影機からペトロワ領の地形図を表示させる。
そして、ここ数ヶ月間のデータを探り始めた。磁気、熱、音波、放射線、重力場、などの各種計測情報が表示される。
「むっ……これわ」
ある情報を見て、男は手をとめた。それは放射線濃度の分布データであった。
濃度が高いことを意味するように、地形図の一部が赤く染まっていた。
さらに、いくつかのデータを探る。
「そうか、これが原因か」
ガスマスクの男は呟くように言うと、コンソールから手を離した。
「何か分かったのですか?」
そう言いながら青肌の美女は、男の脇に歩み寄る。そして、表示されている地形図のホログラムを見た。
「これわ!」
「ああ、時折ではあるが一時的に放射線濃度が高くなる一帯がある。無論、人体に影響するほどの量ではないが、ゴブリンのような遺伝子構造が不安定な生物なら容易に影響を受けやすい数値だ」
それは、ここ数週間内のペトロワ領内の放射線量の分布データであった。
それは地域の境界からペトロワ領側に約五キロの地点、その区域が一時的に放射線量が高くなっているデータが表示されていた。
さらに、そのような放射線量の一時的な増加現象がこの数週間で度々起きていることが、表示されている情報で理解できる。
明らかに自然現象などではない。任意に放射線を発する何かが、そこにあるとしか言いようがなかったのだ。
「こんな性質を持つものは、この惑星上には存在しない。となれば……」
そう言ってガスマスクの男は、艦長席に腰をおろした。
「
男のかわりに、青肌の美女が言葉を発した。
「おそらく新種の個体だろう。今まで、こんな特徴を持つ奴は記憶にはないからな。同じ地点に居座り続けているあたり、一種の休眠状態かもしれんな」
星外魔獣は今だに謎が多い生命体。出自も正体も不明な存在なのだ。
各個体が優れた自己成長能力と自己強化能力を持ち、戦闘経験や情報収集や環境適応によって無制限に戦闘能力の向上を繰り返すことしか分かっていない。
それゆえにか多種多様な外見や能力を持ち、思考や習性にも違いがある。
宇宙から飛来してすぐに破壊活動を始める個体もいれば、惑星の状況を観測分析して情報収集する奴、姿を隠してエネルギーを蓄えるもの、休眠に入り成長や強靭化をはかるもの、など個体によって行動パターンが違うのだ。
「……ならば、すぐに手をうちましょう。このまま放射線の放出が継続されれば、魔物の生態系に異常をきたします。それこそ取り返しのつかない災害に発展してしまいます」
そう、青肌の女性が言う。
彼女の言っていることは正論であろう。
変異性魔物は、一体で大きな街に多大な被害をもたらし、熟練した冒険者が徒党を組まないと対処できないほどの存在なのだ。
そんな強力な魔物が、次から次へと発生しようものなら、それこそ容易に数十万単位の犠牲者が出ててしまうだろう。
「そうだな……だが」
ガスマスクの男は言いよどむ。そして少し思索したあと、男は席から立ち上がる。
「この星外魔獣は石カブトに任せるとしよう。この領地は、あいつらの管轄下だからな。あまり勝手な真似はしないほうがいいだろう。それに、ニオン達もおそらくこの異常状態を感知しているはずだ」
と、男は答えた。
「よろしいのですか?」
男の答えを聞いて、青肌の女性は心配そうな表情を見せる。
「ああ。この程度のことは石カブトの奴等自身で解決できるようになってもらわんと困るからな。……だが今のあいつらは人手不足だ、念のためシキシマを領地の近くに配備しておく。おれ達は、メルガロスの調査に戻るぞ」
そう宣言すると、ガスマスクの男は周囲を見渡した。そこには、コンソールを操作する者やモニターを眺める者達の姿がある。
しかし、彼等は人間とも毛玉人ともかけ離れた容姿をしていた。
身長二メートル以上あり、直立二足歩行する爬虫類のような大男。
蝶のような羽で飛ぶ身長二十センチ程の少女。
体の一部が機械に置き換わっている青年。
そのどれもが、この惑星の種族とは合致しない姿であった。
「……メルガロスに潜んでいる超獣の探査に戻られるのですね」
「そうだ、今は魔獣クラスを相手にしてる時ではない。今メルガロスに潜んでいる超獣は、覚醒する前に手をうたないと危険だ。同じ超獣クラスにしても、以前出現したグランドドスを遥かに上回る存在だろう」
そしてガスマスクの男は、再び黙々と作業をする人々を一瞥した。
「もし、彼等がもたらした言い伝えや神話が本当なら……」
『空より青い光が現れ、世界は地獄と化した』
『天より、破壊と殺戮の獣が……』
『いかに伝えよう、奴に出会ったことがない者達にアレの恐怖を』
『……奴は、我が種族だけでなく……もう既に……無数の文明を……』
『アレは、この銀河における最悪の破壊者』
『……もう、この惑星で生存できない。奴は全ての生命を焼き尽くすまで、殺戮を止めないだろう』
『この銀河系における、最高位の生命体にして大魔王』
そこは取調室のような場所であった。
その四角い部屋にはテーブルなどはなく、なんの飾り気もない。ただ四隅にカメラのようなものが備わっていた。
その部屋の中央に椅子に腰掛け震えている少女がいる。しかし彼女の肌は緑色であった。
『正直に、答えてほしい。君は、これについて何か知っているだろう』
部屋の天井にあるスピーカーから、くぐもった声が発せられた。
そして少女の正面の壁に画像が現れた。そこには、青白い光球が表示されている。
「……いやぁぁぁぁ!! やめてぇぇ!……ああ!……いや」
光球を見た瞬間、少女は椅子からころげ落ち悲鳴を響かせる。パニックに至っているようだ。
そして、部屋の隅でうずくまるのであった。
「……ジェノ……ジェノラ……ジェノラぁぁぁぁ!」
再び彼女は絶叫をあげるのであった。
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