帝国の侵攻

 木箱に腰をかけた猫の毛玉人は、一息つくと語り始めた。自分達が、なぜゲン・ドラゴンにやってきたのか。


「我々はバイナル王国からやって来ました。戦禍から逃れるために」

「……戦禍? つまり、あなた達の国で争いが」

「……はい」


 エリンダの言葉に男はもの悲しげに頷く。


「ことの始まりは、我が国の精鋭たる大魔導騎士隊マジカル・ナイツがサンダウロで壊滅してからでした」

表沙汰おおやけでは、彼等はギルゲスの兵団達との戦闘で、お互い壊滅したとなっているわね……」


 サンダウロでの戦いの事実を知るエリンダは表情を険しくさせる。

 彼等は、かつて女神が死した領域であるサンダウロを巡って小競り合い続けていた。そして両者は激しい戦闘のすえに全滅した、と公表されているが真実はまったく違う。

 それは、国の面子を保つための偽りである。


「……表沙汰とは、いったい?」

「……えっと、こっちの話よ。さあ続けて」


 エリンダの言葉を聞いて男は一瞬なんのことかと思ったが、彼女に従い話をつづけた。

 なぜ自分達がこうなったのか、すべての始まりは国家直属の精鋭にして最高戦力である魔導騎士達が壊滅してからのことであった。

 騎士達が壊滅したあと、バイナル王国はある国から侵攻を受けたのだ。

 最大の戦力たる騎士達がいなくなったことにより、王国の力は大いに削がれていた。とても、まともに迎撃などできる状態ではなかったのだ。

 そして多くの国民が戦禍に巻き込まれることとなった。

 なんとか自分達のように逃げ出すことができた者達もいたが、みな散々になって、多くの者達が今どうなっているかは分からない状況であった。

 そしてバイナル王国がどうなったのかも……。だが、おそらくもう占領されているのは間違いないだろう。

 そんな中、自分達はどうにかここまでたどりつけた。そして、今にいたるそうなのだ。

 ……猫毛玉人が話した内容は、あまりにも情報が乏しかった。


「申し訳ありません、領主エリンダ様。我々もとっさのことで、なぜこのような現状になってしまったのか、あまり詳しくは分からないのです。なぜ我が国がこんなことに……」


 男は膝の上で拳を握りしめ、悔しさと悲しさが混じりあった涙をポタポタと落とした。

 

「……ところで、あなた達の国に攻めてきたのはどこの国なの。まさか、ギルゲス?」


 泣き崩れる彼の様子を見て、エリンダは単刀直入に質問を投げかけた。

 元々、彼等の国はギルゲスと争っていたのだから、そう考えるのは当然であろう。

 しかし……。


「いえ、違います」


 男は両目をゴシゴシと拭うと呼吸を整え、重い言葉を発した。


「ゲーダー帝国です」


 その国名を聞くと、エリンダは「んー」と唸るような声をもらす。

 ゲーダー帝国。

 それは、このエルシド大陸の中でも有数の軍事大国家に数えらる国である。

 数百年前までは大陸の北部の三分の一を占める国であったが、侵攻を繰り返し北の諸国をことごとく制圧して巨大化、そして今では大陸北部の全てを支配している超がつくほどの大国家なのだ。

 それゆえ桁外れの大規模な軍事力を保有している。

 そして、その強大な軍事力を背景に大陸統一をもくろんでいるのではないかとされており、大陸中央ならびに東部西部からなる多くの国々から警戒されているのだ。

 となると考えられるのは、一つだった。


「大陸統一のために、本格的に動き出したのかな?」

「……では、いずれここにも侵攻してくると言うことですか」

「おそらくはね」


 エリンダの発言を聞いて、男は力無く項垂れた。

 せっかく逃げ延びたと言うのに、また帝国軍が攻めてくる。逃れることなどできない運命であった。

 すると、ズンと大地が揺れ動いた。何か巨大なものが移動しているようだ。


「攻めてくるなら、その時はその時だ。オレ達は他国の国同士の問題に干渉はしないし、他国への侵攻もしない、あくまでも中立を貫く。だが、ここに攻めてくると言うなら、全力を持って迎え撃つだけだ。それがオレ達のやり方だ」


 そう言いながら、地を揺らすほどの巨大な岩山のごとき熊の毛玉人が二人のもとに歩みよってきた。

 そして巨体の彼は猫毛玉人の目の前で脚を止める。


「こ、これは申し訳ありません。お礼が遅れました。先程はありがとうございました、食料や物資の調達など……」


 猫の毛玉人は声を震わせながら、その熊の毛玉人を見上げた。

 姿形は違えど同じ毛玉人。しかし、同じ毛玉人から見ても、オボロの肉体は規格外そのもの。明らかにものが違うのだ。

 それを間近で見たのだから、萎縮してしまうのも仕方ないことだろう。


「オボロくん、彼女の様子はどうだった?」

「傷や熱なんかはひどかったそうですが、医者の話によると命に別状はないそうで」

「そうか、そうか。それは良かった」


 震える猫の毛玉人とは裏腹に、白獅子の赤ん坊を抱いていた少女を施設に送り終えて帰ってきたオボロと領主は淡々とした会話を繰り広げた。

 そして話題が切り替わる。


「して、オボロくん話は聞いていたね」

「はい、聞いていました」


 オボロは、その場でズシリと胡座をかいて会話をしやすい姿勢となった。

 オボロはしゃがんでも目線が二人より高い位置にある。

 そのためエリンダ達はオボロを見上げながらの会話となった。


「で、オボロくんは今の状況をどう見る?」

「バイナル王国の大魔導騎士隊が崩壊したことを好機に、帝国の連中は侵攻を開始したんでしょうな」


 バイナル王国の魔導騎士達は大陸でも精鋭中の精鋭。ゆえに強大な軍事力を誇る帝国と言えども、まともに戦いたくはない存在と見ていたのだろう。

 それが壊滅したのだから、帝国にとっては南下する絶好の機会としか言いようがない。


「……どうしようかねぇ。たぶん帝国の軍隊は、このゲン・ドラゴンにも攻めてくるでしょ。しかも、ここは北の辺境だから一番最初に攻撃を受けるわね」

「帝国の軍は魔術に関する人材は乏しいですが、圧倒的な物量を持ってます。おそらく兵の数は少なく見積もって約一千万。しかし、それぐらいの規模ならオレ達で十分対処できます」

「わたしは軍人でも兵士でもないから、この件はオボロくんに任せるよ」 

「ただ、一応のこと女王様には報告をしておいたほうがいいでしょう」


 これから強大な戦力が攻めてくるかもしれないと言うのに、二人はあっさりとした会話を繰り広げる。


「な、何を言っているんですか! 帝国軍が攻めてくるかもしれないんですよ!」


 猫の毛玉人は、二人のその呑気そうな話し合いを聞いて思わず声を張り上げてしまう。

 彼等が言っていることは理解できる、しかし内容が非現実的すぎるのだ。

 言うなれば、この領地にある戦力だけで帝国を迎え撃つというものである。明らかに自滅行為であろう。


「大丈夫よ。あとのことは鬼熊オボロに任せましょ」


 しかし焦る猫の毛玉人とは真逆にエリンダは思い詰めた様子もなく彼の肩にポンッと手を置いた。

 すると突如、男の表情は驚愕に変貌する。彼女の言葉の中に、聞き捨てならないものがあったのだ。


「……お、鬼熊……それにオボロ。まさか、あなたが大武人おおぶじん


 男は驚愕の表情のまま、オボロの巨体を見上げた。

 鬼熊オボロ、それはバイナル王国でも知られていた異名であった。 

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