白獅子の子

 アサムは、その子の顔を珍しげに見つめた。それは不思議な赤ん坊であった。

 美しい純白の体毛で覆われた獅子の赤ん坊。

 獅子の毛玉人事態は珍しいものではないのだが、白毛の獅子を見るなど初めてであった。

 エリンダに抱かれていた時は大泣きしていたが、アサムに抱かれてからは居心地がよいのか、赤ん坊は笑みを見せている。


「真っ白で綺麗だねぇ」


 アサムが優しげな声をかけると、赤ん坊はキャッキャッと笑い声をあげた。白獅子の子は、よほど彼のことを気に入ったのだろう。

 そしてアサムは赤ん坊をゆっくりと揺らしながら周囲に目を向ける。

 北方から逃げて来た毛玉人達が焚き火を囲み、食事や睡眠をとっていた。その様子から分かるように、彼等はまともな栄養の摂取や休息もできずに過酷な旅を続けていたことが理解できよう。

 ……どうして、彼等はこの地に逃げてきたのか? まだ、その理由は語られてない。

 しかし、自分はあくまでも領主様に雇われている身。気にはなるが、勝手にその件を聞き出すのは良くないだろう。と、アサムは思うのであった。

 すると、そんなアサムのもとに三毛猫の毛玉人女性が近寄ってきた。


「あのぉ、ちょっとよろしいでしょうか」


 その彼女も赤ん坊を抱いている。どうやら我が子のようだ。

 しかし、その子は大声で泣きわめいていた。


「子供がお腹を空かせてるので、粥を作りたいのです。材料と器具を貸してほしいのですけど……」


 女性は、やや緊張気味な様子で言葉を続けた。

 おそらく誰に声をかけたらよいのか分からずに迷っていたのだろう。

 今この場にいるゲン・ドラゴンの関係者はアサムを含め、エリンダ、ニオン、ムラト。

 エリンダとニオンならともかくとして、ムラトに話かける人物はまずいないだろう。

 おそらく、そんな三人の中でも特に優しげで親しみやすそうなアサムを選んで声をかけたに違いない。ましてや彼も赤ん坊を抱いているのだからなおさらだ。


「分かりました。すぐに物資を手配しますので、少し待っていてください」

「……あ、ありがとうございます」


 アサムが天使のような笑顔で返答すると、女性は緊張がとけたのかホッと息を吐いて安堵するかのように表情を緩めた。

 アサムはそんな女性の心境を察したのか、遠くで何かを話しているエリンダとニオンに目を向けながら言う。


「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。領主様も、その隣にいる方も優しい人達ですから。気軽に声をかけていただいて大丈夫です」

「……ありがとうございます。私達も色々あって、どうも動揺してしまい……」


 彼の優しげな言葉を聞くと、女性は穏やかに笑みを見せた。

 すると、その様子を遠巻きから見ていたのか、赤ん坊をつれた母親達がアサムのもとに集まってきたのだ。


「この子にもいいかしら」

「長い間飲まず食わずで乳の出が悪くて……」


 とワイワイ騒がしくなったのが原因か、アサムの抱いていた白獅子の子が再び泣き出してしまったのだ。

 アサムは母親達を静かにさせるため、自分の口元に人指し指をつける。そのアピールが理解できたのか、周囲の女性達は口を閉じた。


「大丈夫だよ、驚かせちゃったね。君もお腹が空いたのかな?」


 そして白獅子の子をあやしながらアサムが優しく甘い声を発すると、なんと赤ん坊はたちまちに泣き止んでしまったのだ。

 しかし、それだけではなかった。

 彼の声には何か神秘の力でもあるのだろうか、空腹で泣きわめいていた周りの赤ん坊達までおとなしくなってしまったのだ。


「子供達が……静かに……」

「君は、いったい?」


 その現象には驚きを隠せなかった。母親達は一斉にアサムに視線を向ける。

 自分達も泣く子供をあやす経験はしてきている。しかし、こんな一瞬にして泣き止ませるなど初めての光景であった。

 そして彼女達は、一つきずいたことがあった。

 アサムと接してから、自分達の心の底でわだかまっていた不安や緊張が軽くなっていることに。

 ……彼は、何か人の心を癒す特別な能力を持っているのだろうか?


「……ちょっと待って、その子は……」


 すると一人の女性が、アサムが抱く赤ん坊を凝視した。それに気づいたのか、他の女性達も白獅子の子に注目する。


「「「「レオ様ぁぁぁぁ!!」」」」


 女性達が大声を響き渡らせると、せっかく泣き止んでいた赤ん坊達が、また一斉に泣きわめくのであった。






「すごいいきおいで飲むわね」

「私達の国にも、こんなものがあったら……」


 赤ん坊達に哺乳瓶をくわえさせて母親達が個々に呟く。

 彼女達にとっては、それは初めて見るものだったのだ。

 それとは、粉ミルクと哺乳瓶である。

 育児用調整粉乳や哺乳瓶など、この地域でしか手に入らない、どころか存在しない品物だ。

 こんな物を作り出せるのも、やはりこの領地の技術があってのこと。

 母親達から見れば、この上ないほど素晴らしい物であったのだ。

 ちなみにミルクの作り方と温度調整はアサムから教わった。


「すごいな。この国には、あんなものがあるのか」


 その様子を見ながら言うのは、彼女達を率いてゲン・ドラゴンまでやって来た猫の毛玉人の男性。

 母乳が飲めない状況下におかれた乳児が生き延びるのは困難な世。そんな中で、こんな優れたものがあろうとは思わなかったのだろう。


「母乳の成分を分析して開発したものだよ。いっぱいあるから、必要になったらいつでも言ってね」


 と、いきなり背後から女性の声が聞こえた。

 いきなり声をかけられて男性は驚いたのか、ビクッと体を弾ませると、ゆっくりと振り返る。


「……あなたは?」


 佇んでいたのは、白衣をまとい眼鏡をつけた若い女性であった。

 

「わたしはこの地域を所有している領主エリンダよ。よろしくね」

「……あ、あなた様が! こ、これは失礼をしました!」


 エリンダはやたらフレンドリーに語りかけるが、領主と言う言葉を聞いて猫の毛玉人は慌てた様子で膝まずいた。

 自分達の生命線を事実握っている存在がいきなり目の前に現れたのだ、誰でもそうなろう。

 そもそも領主が直接、身分の低い自分に語りかけてくるとは思っていなかったのだ。


「まあまあ、そんなにかしこまらないで。ムラトくんから、ある程度のことは聞いたわ。何か色々とあるみたいね」


 エリンダは近くに置いてあった物資が入っていたであろう二つの木箱を向かい合わせるように並べ、そのうちの一つに腰かけた。


「さあさあ、あなたも掛けて。落ち着いて話そうよ」

「おそれいります」


 エリンダにすすめられて、猫の毛玉人は恐る恐る木箱に腰かけた。


「まず聞きたいのは、なぜこの地域にきたのか。それと」


 エリンダが言葉を止めると、彼女の傍らにアサムが姿を見せた。その手にはミルクで満腹になり、満足そうな笑みを見せている白獅子の赤ん坊が抱かれている。


「わたし達が見つけた、この子はいったいなんなのか」 

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