魔導士達の惨状
「隊長と皆の仇だあぁぁ!!」
「返せぇ! 仲間達を!」
絶叫のような声をあげながら、魔導騎士達が眼前の巨大すぎる怪物に向かっていく。
魔術が通じないのに、勝目などないのに、なぜ彼等はあの怪物に挑みかかっているのだろう?
少女は、困惑しながら仲間達を見つめた。
……そうだ、たしか隊長が殺されたんだった。
鼓膜の損傷による難聴、次々と細切れの肉片に変貌していく騎士達の惨いあり様。耳と目から伝わる、それらの情報が合わさり少女の思考は曖昧になっていた。
仲間の血が頭に降り注いでも、頬に肉片がへばりついても、彼女は呆然と仲間達が無惨に殺されていく光景を眺めるだけであった。
本来の目的は、この聖なる地サンダウロをギルゲスの奴等の手に渡さないことだったはず。
断じて、こんな巨大な怪物と殺し合うことではなかった。
それだけじゃない、あの怪物は命の恩人。そんな彼となぜ、戦わなければならない。
どうして、こんなことに……。
「ムラト……どうして、あなたがここにいるの?」
なぜ、彼はここにいるのか?
いきなり、この地に彼が転移してきたと思ったら、あれよあれよとしている間に戦いが始まってしまった。
領地侵犯とは言え、何も詮索せずにいきなり先制攻撃を仕掛けたのは、こちらだった。なら、彼が反撃してくるのも仕方ないと言えるだろう。
すると突如、呆然とする彼女に正気を取り戻させる程の刺激が伝わってきた。それは臭いだった。
だが精神を落ち着かせるような芳香などではない、吐瀉物と血液が混じったような吐き気をもよおしそうな香りである。
思わず少女は手元に目を向けた。
リイナの傷口を押さえる自分の手の隙間から、赤く染まった未消化物がビュルビュルと噴き出していたのだ。臭いの正体はこれだった。
「リイナ! しっかりして、リイナ!」
ビクビクと痙攣しながら苦悶の表情をうかべるリイナの姿を見て、思わず少女は悲鳴のような声をあげてしまった。
おそらくリイナは嘔吐しているのだろう、しかし吐瀉物は口から出ることなくポッカリ空いた傷口から噴き出している。
「……おね……が……もう……死な……せて」
リイナが虚ろな瞳でこちらを見上げてきた。しかし耳をやられてるせいで何と言っているのかハッキリとは分からない。
だが死を懇願しているのは理解できた。
リイナの頼みを受け入れたように、少女は震えながら頷く。
そして少女は自分の腰に携えてある短剣を抜き取った、豪華な装飾が施された高級そうな一品である。
その短剣は
けして仲間の介錯に使うものではないのだが……。
「ゴメンね……リイナ」
少女は小さく呟くと、短剣の刃が水平になるように持ち変える、肋骨の隙間に滑り込ませるために。
そして力を込めてリイナの胸に短剣を突き刺した。
リイナの体がビクリ跳ねる。
手加減はしなかった。一撃で心臓を貫くためにも、これ以上リイナを苦しめぬためにも。
「……ミア……ナ……ありが……」
リイナは微かな声で少女の名と礼をのべると、グッタリと力が抜けるように動かなくなった。……死んだのだ。
「うあ゙ぁぁぁ!」
そしてレッサーパンダの少女は悲鳴をあげながら、リイナの亡骸に刺さる短剣から手を離した。
「どうして……どうしてよぉ!」
ミアナの頭に過去の光景がよみがえってきた、リイナとの学院時代の思い出が。
王都の名門魔術学院に入学したときに、リイナとは初めて出会った。
時には喧嘩したり、時には御互いに支え合い、そして二人で優秀な成績で卒業することができた。リイナとは親友と言えるほどの関係だった。
そして念願の大魔導騎士隊への入隊試験にも合格した。しかも二人一緒に。
自分達は認められたのだ、国を守る最強の魔導士達の組織に。それは最高の名誉であった。
……だが、今起きているのはなんだ?
大切な親友が鮮血にまみれながら死に、優秀な魔導士達が内臓をぶちまけて蹂躙されていく、この有り様は、いったいなんだと言うのだ。
言葉では、とても表現できない鮮血と残酷な地獄だろうか?
「これじゅあ……あまりにも残酷じゃないの!」
残酷とは惨たらしく死ぬことではないのだ。
必死に足掻いた者、全てを捧げた者、物事に全力でうちこんだ者。そう言った人達が、一切報われないことを意味するのだ。
ここにいた騎士達みなが、苦痛、悲しみ、恥、それら全てを受け入れて最強の座に登りつめたのだ。
しかし、それら全てがたった一体の怪物に葬られていく。
こんな不条理があっていいのか?
とその時、ミアナの近くに何かが落下した。
「……ぐうぅ……たすけ……死に……」
地面に叩きつけられたそれは黒猫の毛玉人。もちろん彼も仲間だ。
ムラトの攻撃によって吹っ飛ばされて、ここまで飛ばされたのだろう。
右腕もろとも胴体の大部分の皮膚と筋肉が欠損しており、内臓や肋骨が剥き出しになっている。下半身のあたりもひどく、骨盤が露出していた。
その彼の肋骨の下では、心臓がドクドクと脈動し、肺が膨らんだり縮まったりしてるのが見える。
まだ生命活動を続けているのだから当然である。生命維持に必要な部分だけが、どうにか無事だったのだろう。
……しかし、そんな状態で死ねなかったのは不運としか言えない。
「うっ……げぇあぁぁ……」
その黒猫のひどい姿を目にしたミアナは、あまりの不快感に口から吐瀉物をぶちまけた。
そして、また何かが飛んでくる。ボールのような丸っこいものが。
それは座り込んでいたミアナの膝の上に乗った。
「……ひぃっ」
彼女は小さな悲鳴をあげた。
飛ばされて来たものは、同い年ぐらいの犬の少年の頭だった。しかし頭部の左側はなくなっており、断面が剥き出しで脳髄や眼球が流れ出ている。
そして、あることに気付いた。仲間達の叫びや悲鳴が少なくなっていることに。
つまり、それだけ騎士達が死にはて、残り少ないことを意味している。
そしてミアナは強烈な恐怖に襲われた。自分も死ぬのだと言う実感、この少年のように無惨に殺されるのだという未来像が見えたのだ。
そう思って身震いしていると、一瞬光のようなものが傍らを通りすぎたの感じられた。
怪物が放った
そして、ここで精神の限界が来たのだろう。ミアナは意識を手離した。
……最後に見えたのは、腕のようなものが宙を舞う光景だった。
微かだが、何者かの声が聞こえてきた。
しかし、目蓋を開けることができない。それだけ、精神も肉体も疲弊しきっているのだろうか?
ただ、このまま眠っていたい。そう言う心境だった。
「何なんだこれは?」
「定期連絡が途絶えたから、様子を見に来ただけだと言うのに……」
「……騎士達は全滅したのか? 急いで本国に連絡をいれろ! 援軍が必要だ!」
「おーい! 生存者だ! ミアナ様が生きておられるぞ!」
さっきより、大きな声が聞き取れた。
意識が朦朧としている自分の近くで、複数の男達が騒いでいるのが理解できる。
目が覚めると遠い天井が見えた。どうやら自分はベッドに寝かされているようだ。
ミアナはゆっくりと上半身を起こす。
「……ここは」
そしてキョロキョロと周囲を見渡した。そして薬品のような臭いが鼻をつく。
そこは見覚えがある場所であった。
「……医務室?」
紛れもなく、そこは本国の軍用医務室であった。ミアナが利用しているもの以外にも複数のベッドが並んでいる。
「……ひぃ!」
そして唐突に記憶が蘇ってきて、ミアナは小さな悲鳴をあげる。サンダウロでのあの惨状がフラッシュバックしたのだ。
リイナや仲間達が死んでいく記憶が鮮明になる。
……自分だけ生き延びたのだろうか?
周囲のベッドは無人、つまり自分以外誰も生きて帰ってこれなかったことを意味していた。
そして立ち上がろうとベッドの横にあるテーブルに右手をつけたと思った瞬間、バランスを崩して転げおちた。
「いたっ……うぐ」
……おかしい、バランスを崩さないように右手をテーブルにおいたはずなのに?
倒れた痛みに耐えてミアナは恐る恐ると自分の右腕に目を向けた。
そこには、あるはずのものがなかった。
……右腕がどこにも、なかったのだ。ただ、空しく白い包帯が巻かれてるだけであった。
ミアナの腕は欠損していたのだ。
「いやあぁぁぁぁ!!」
医務室に少女の慟哭が響き渡った。
彼女は初めて知ったのだろう。自分の体の一部を失うことで。
戦いとは、こう言うことなのだ。今日や明日を生きていられるか分からない、肉親や親友と再開できるかも分からない。
そして、生き延びたからといって幸せな日常が待っているとは限らないのだ。
彼女は、名声、親友、そして腕を一度に失ったのであった。
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