少女と赤子
「お帰りになられたか」
俺は、モーター音がする方向へと顔をむける。
そして、それを肉眼でとらえた。高速でゲン・ドラゴンに近づいてくる乗り物を。
それは、まさに自動車と言えるものだろう。
しかし、俺が知っている自動車とは少々違う。
その見た目は飾り気がまったくない軽トラを思わせ、不整地を走破できるように無限軌道が備わっている。この異世界の環境に合わせた作りなのだろう。
しかし、そんな地味な見た目でも機能性はかなりのものだ。
大容量蓄電池による長大な行動距離、高性能モーターによる優れた加速と変換効率、高度な金属工学で精錬された軽量かつ高強度の特殊鋼を用いたフレーム。
高い技術が惜しみ無く使われているものだ。
その自動車のような乗り物は、ニオン副長が独自に開発した一品だ。と言うよりも、こんな高性能な乗り物をつくれるのは副長以外ありえないが……。
なんでも、エリンダ様に依頼されて開発したものらしい。
領主であるエリンダ様は、所用などで地域内を巡回しなければならないことがある。そのため、各町を短時間で移動できるようにと副長に頼んで製作してもらったのだそうだ。ちなみに今のところ運転手は、ニオン副長である。……免許とか、そう言った概念はどうなってるか分からんが。
まあ、とりあえず不在だった領主様が今お帰りになられたと言うことだ。
二日前に、とある用事でスチームジャガーにいっていたのだ。
「隊長、エリンダ様が戻られました」
俺は隊長を見下ろして、エリンダ様が帰ってきたこと伝えた。
「お! そうか」
隊長も俺と同じ方角に目をむける。もちろんのこと、視界の位置が違いすぎるため隊長には自動車は見えていないだろう。
そして自動車を視界におさめてから数分後、その飾り気のない軽トラらしきものが北門付近で停車した。
今の状況をエリンダ様に伝えるためか、隊長がズンズンと地を揺るがしながら帰ってきたばかりの自動車に足を進めると、運転席からやや慌ただしい様子で副長が降りてきた。
「……おっ! ニオン」
しかし隊長の言葉に返答せず、副長は軽トラの荷台部分からボロ布のような物を抱き上げ、それを抱いたまま俺達の元に走りよってきた。
「隊長殿!」
「どうした? なんだ?」
そして、副長はその布を隊長に見せつけてきた。
「……それは」
俺も副長が抱くボロ布に目をむける。怪獣の視力にかかれば、小さくともしっかりと視認できる。
最初見たときはただの汚い布かと思っていたが、それは血と泥で汚れたローブを纏った人だった。
顔の大部分が隠れてよくわからないが、毛玉人だとは思われる。
呼吸が荒く、体温が異常に高い。ひどい感染症を患っているようだ。
「こりゃ、ひでぇ。すぐ治療してやらねぇと」
そう言って隊長はボロ布を被った人を受け取り、駆け足で門をくぐり抜けた。医療施設に運ぶつもりだろう。
「副長、何があったのですか?」
「帰りの道中で、倒れている彼女を見つけてね」
彼女? 女性なのか。顔が見えないため、分からなかったが。
すると、バンッと何か閉まる音が聞こえたあと、泣き声が響きわたった。
泣き声がする方に目を向けると。そこにいたのは、自動車の助手席から下りたエリンダ様だった。
「あぁ! ゴメンねぇ、ビックリさせちゃったねぇ」
泣き声の正体は彼女が抱く毛玉人の赤ん坊であった。しかも白毛の獅子、初めて見るタイプの毛玉人だ。
ドアを閉める音で驚いてしまったのだろう、泣く子をあやすためエリンダ様は慣れない様子で赤ん坊を揺すっている。
……しかし、これはいったいどういった状況だろうか?
こちらも今の状況を説明しないと、いけないと言うのに。
「倒れていた子が抱いていた赤ん坊だ。あの子を守るために、必死に身を挺していたのだろう」
「どう言うことですか? 副長」
「隊長殿が運んだ彼女だが、発見した時には何本もの矢が体に刺さっていた。ある程度の応急処置は施したがね。……何者かに襲われたのだろう」
何者かに襲われた?
すると、一層赤ん坊の泣き声がひどくなる。その大声で、思わずまたエリンダ様に目を向けた。
「もうダメ、お手上げだわ」
エリンダ様は困り果てたように首を振っていた。
しかし、ここで救済が訪れる。アサムだ。
「エリンダ様、僕が変わります」
「ありがとう、アサム君。この子をお願い」
アサムは赤ん坊を受け取ると、やわらかそうな頬っぺたで頬擦りを始めた。
すると、不思議なことに赤ん坊が泣き止んだのだ。
……あんなことも、できるのか。家事炊事、それに赤ん坊の扱いまで完璧とは。頭が下がりそうだ。
そして、エリンダ様は一息つくと周囲の毛玉人達をキョロキョロと見渡した。
「それでムラト君、いったい何があったのかしら?」
× × ×
これは幻だ。幻なんだ。
こんな地獄、この世にあってたまるか。
少女は何度も心の中で、そう叫んだ。
しかし、どれだけ否定しようが視界に広がるのは血腥い地獄絵図だった。
周囲で騎士達の悲鳴や怒号が響き渡っている。そして彼等は、躊躇した様子もなく眼前の巨大な何かに向かっていく。
そして、大地には肉片とかした仲間達が散らばっている。ちぎれた腕や脚、細長い腸や赤黒い肝臓、仲間達の生体部位があちこちに。
……なぜ、なぜこんなことに。自分達の役割は、この地域の防衛だったはず。
思考がまとまらないためか、無惨な騎士達の姿を見ても少女は悲鳴一つあげなかった。
「……いや……お母さん……やだよぉ」
そう呻く声がきこえた。
声を発していたの倒れている狐の毛玉人の女の子だった。少女と同い年くらいの子であった。
「しっかりして、リイナ! ……うっ」
狐の女の子リイナのもがき苦しむ声を聞いて、少女は我にかえり彼女のもとに駆けつけた。
しかしリイナの負傷を見た瞬間、息がつまりそうになる。
彼女の着ている鎧にはポッカリと穴があき、そこからドブドブと血が溢れていたのだ。
つまり胴体に大きな穴が穿たれていたのだ。動脈系もやられ、おそらく一部の臓器はなくなっているだろう。
明らかに助かるような負傷ではない、しかし少女は諦めずリイナの鎧を脱がし傷口を両手で押さえた。
「……お願い、止まって……止まってよ!」
だが、どんなに少女が懇願してもリイナの流血がおさまることはない。
治療魔術が扱えれば止血ぐらいはできるのだろうが、自分はそれを修得していない。
攻撃に秀でた魔術ばかりを学んでしまったツケがこんな形で返ってくるとは……。
その時、ズズンと凄まじい激震が大地を襲い、強烈な雄叫びが響きわたる。
「グオォォォォ!!」
「……ぐう」
強大な咆哮をモロに受けた少女は気を失いそうになった。毛玉人達は人間よりも優れた五感をもつ。
しかし索敵に便利な力も、こう言った時には仇となることがある。
少女の鼓膜が破れ、両耳から血が流れ出す。
そして、少女はゆっくりと咆哮が放たれた場所に目をむける。それを視界に捉えるには、見上げるしかなかった。
「……どうして、どうして……あなたがここにいるの?」
少女が見上げるのは巨大な要塞、いや要塞のような生き物。
そのサイズの前では、竜や魔物も可愛げのあるものにしか見えないだろう。
姿はどことなく竜のようだがズッシリとした胴体を持ち、四肢は太く発達している。
そして、その巨大な生物は視認が難しい殺人の光を発して、仲間達をことごとく蹂躙していた。
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