受け入れ

 バイナル王国。

 俺達の国からサンダウロをはさんで、北東にある魔術の大国だ。

 毛玉人達が建国した国家で、優秀な魔導士達を多数保有する魔術主義の国である。

 単純な国力はメルガロスに次ぐほどの強国で、魔術だけに関してはこの大陸で右に出る者はいないとされているらしい。

 ……しかし表沙汰にはなっていないが、今の彼等の国力は相当に削がれているはずだ。その原因は俺達との戦いによるものだが……。

 そんな彼等が、なぜ俺達の国にやってきて、助けを望むのか?


「お、お願いです! どうか……どうか、お助けください。急を要する病人もいるんです、どうか……」


 代表者とおぼしき猫の男は、両膝をついて拝むように両手を合わせて必死に懇願の意思を表した。

 それを見て俺は、一団の様子に目を向ける。

 全員の衣服はズタズタに破れており、疲労で今にも倒れそうな者やケガをしているのか全身に包帯を巻いている者もいる。そして息を荒げる子供を抱えた犬の女性の姿もあった。

 子供の容態はかなり悪いようだな、このまま放置すれば危険だろう。

 ただの普通感冒と思われるが、風邪と言えどもまともな治療ができなかったり不衛生な状況下のもとでは命に関わることもある。


「その子の容態、大分危険だな」

「「「うわっ!!」」」


 子供を抱く女を見て言葉を発すると、毛玉人達は一斉に大声をあげた。

 俺が人語を理解できる存在だと思いもしなかったのだろう。もう、こう言った反応にはなれている。

 

「……お、お願いです! 私のことはかまいませんが、どうかこの子を……この子だけわ」


 唖然としていた女性は気を取り直すと、抱いていた我が子をしっかりと抱き寄せ、猫の男の隣に進み出た。

 そして彼女は必死の形相で俺達を見つめてくる。もし、ここで見捨てられたら子供が助からないことを理解しているのだろう。


「まてっ!」


 と、そう言ってオボロ隊長は二人の前に進み出た。

 その岩山のごとき巨体が動き出したため、ズンッと地面に震動が伝わる。

 その揺れを感じとったらしく毛玉人達は、一斉に怪訝そうな顔を見せた。隊長の肉体を異様に思っているのだろう。


「この地は領主エリンダ様が治めている領地だ。領主の判断なしに、お前達を受け入れるわけにはいかない」

「……どうか領主様に、このことを」

「今、エリンダ様は留守だ。いつ帰ってくるかは分からん。戻るまで、勝手なことはできない」

「……」


 そこで猫の男は言葉をつまらせた。領主が不在なのだから、どうしようもない。しかたないのだ。

 ここはエリンダ様がおさめている地域、隊長の言うとおり領主の許しなしに勝手な人の受け入れなどできない。

 すると、隊長は一団を一瞥しながら言葉を続けた。


「しかしだ、つまりそれは領主様の判断なしに、お前達を追い払うこともできないと言うことだ」

「……ど、どういうことです?」


 隊長の言葉を聞いて、猫の毛玉人が頭を上げた。


「最終的に、受け入れるか、受け入れないかは、エリンダ様が決めることだ。その判断がでるまで、お前達の身の安全は確保しておかねぇとならねぇ。つまり、許可なくに受け入れることもできんが、勝手に見捨てることもできねぇと言うことだ」


 そう言って隊長は門衛に目を向ける。すると、ササッと門衛の毛玉人が足早に隊長のもとにやって来た。


「急を要する重症者のみ医療施設に運んでやれ、あとは医薬品と器具で事足りるだろう」

「分かりました、すぐ人手をつれてきます」


 隊長の指示を受けた門衛の犬の毛玉人は、駆け足で都内に戻っていった。

 そして、隊長はまた毛玉人達に視線を移す。


「いいか、緊急ゆえに重傷者のみは中に入れてやる。それ以外は領主様が帰ってくるまで、ここでおとなしくしていろ。飲料水と食料、それから薬と天幕は手配してやる。最終的な判断は領主様が戻られてからだ」


 と、隊長が告げると毛玉人達から嗚咽が聞こえてきた。


「……あ、ありがとうございます」

「よ……よかった」


 猫の男と子供を抱えた女性も、その場に泣き崩れた。様子からみるに、ここまでの道中よほど過酷であったのだろう。

 そして俺は隊長を見下ろした。日頃は全裸を見せびらかしたり、変態的なことを繰り返しているが、やはりこの人は根っこのところは優しい。


「ムラト、お前は本部に戻ってアサムをつれてきてくれ。あと荷物の運搬を頼む」

「了解です」


 隊長から指示を受け、俺はまた来た道を戻る。

 ……しかし、なんでまたバイナル王国の奴等がこんなところに来たのか? 王都での戦い以降、彼等の国に関する情報は入ってきていない。

 彼等の有り様を見るからに、あきらかに避難民にしか見えないが、彼等の国でなにかあったのか?

 まあ、それについては後々ハッキリするだろう。






 日が傾き、周囲が赤くなってきた頃。

 北門近くでは、いくつもの焚き火の煙が上がり、多数の天幕がたてられている。

 俺は、そこでの様子を見下ろしていた。


「これで、大丈夫ですよ」

「ありがとう、なんと礼をしたらよいのか」

「いいえ、お礼なんて……」

「まるで、天使だな」


 アサムの治療を受けた毛玉人達が、彼を崇めている様が見えた。

 毛玉人達が負っているケガは旅の途上で負ったものもあるのだろうが、刃物で斬られたようなものもある。……あきらかに何者かに襲撃されたことが理解できる。

 俺はアサムに精神感応を試みた。成長時に会得した能力で、これを用いることで声に頼らず任意の対象と思考で話し合うことができる。


(聞こえるか? アサム)

(……えっ! ムラトさん? こ、これは……)


 案の定、彼の驚愕した思念の言葉が俺の頭に響いた。


(いきなりで、すまんな。少し聞きたいことが、あってな)

(……こ、これは思念を用いた会話ですか? でも、ムラトさんは魔術を使えないはずですよね……)

(もちろん魔術ではないし、物理法則を無視したものでもない。ところで、彼等の負傷についてなんだが……)

(はい、鋭い刃物で斬られたものと思われます。中には矢を受けたと思われるものも)


 やはりな。


(ここまでの道中に盗賊か魔物にでも襲われたのか、あるいは他にあるのか)

(いずれにしても、あの負傷は争いごとに巻き込まれたものとは思いますが……)

(そうか、治療の途中にすまなかった。このことを隊長に伝えておく)


 そこで精神感応を終了させ、隊長の方に目を向ける。すると誰かと会話している姿があった。

 隊長と話している相手は、子供を抱えていた犬の女性である。


「容態は落ち着いたそうだ。しっかり休養すれば、元気になるだろう」

「本当ですか! よかった。今回のこと、なんとお礼をしたらよいか……」


 話しから察するに、どうやら彼女の子供の容態がよくなったようだ。

 その彼女が巨体から離れていくのを確認すると、俺は隊長にアサムと話したことを伝えようとした。

 しかし、その時だった。こちらに向かってくる奇妙な音を察知したのだ。……これは、モーター音。


「エリンダ様が戻られたようだ」


 そう言って俺は、モーター音のする方へと顔を向ける。 

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