毛玉人の一団
その人はサッパリとした表情で、お空を見上げている。もう、全てを出しつくしたかのように壮快な様子。しかも俺の頭の上で。
そんな、
なぜかと言うと、竹槍を突っ込まれた影響で
はっきり言って、そんな状態で俺の頭の上にいてほしくない。
オムツがあるから大丈夫だとは思うが、万が一のためにも
もしも漏れだしたら、そりゃもう……悲惨。
それにしても、ここんところ隊長の変質行動や全裸になる機会が増してるような気がする。
本人が言うには、
曰く、動きやすい。
曰く、気持ちがいい。
曰く、美しい。
曰く、
曰く、即座に
メリット以前に、ただの軽犯罪である。ほんと、なんでこの人、捕まったりしないのだろうか?
「なあ、ムラト。オレのオムツ姿も、悪くはないとは思わんか?」
悟りを開いた様子で、何てことを聞いてくるんだ。……この変態熊。
「……ええ、おかげさまで。昨晩見た悪夢を忘れることができそうでした」
少々キレて言葉を返した。
「悪夢か。まあ、商売柄そう言ったものを見てもしょうがねぇだろうな。……それだけ、オレ達はとんでもねぇ記憶を頭の中に抱えているんだからな」
そう言って、隊長は上げていた頭を項垂れるように下げた。
……誰にだって、消したい記憶はあるのかもしれない。隊長にだって。
俺達の記憶は、死と鮮血が蔓延る血生臭いものがほとんどだ。ゆえに悪夢を見るのも仕方ないだろう。
だがしかし、俺達は他人の生命を断つことを躊躇なく行ってきているのだ。忘れたい、思い出したくない、何てことは本来許されないだろう。
「誰にだって嫌な記憶はある。むろんオレにも……酒と間違えて
……そうですね。あんたは、永遠にオムツをはいていた方がいいと言うことが分かりましたよ。
そりゃあ、本部を建築した副長や掃除担当のアサムが怒るのもよく理解できる。
「それにしても、面倒なことが続くなぁ」
すると、またいきなりに隊長は真面目に語りだした。
とは言え、先程の話の内容とオムツ姿のせいでその真剣さが台無しになっているが。
「大量の蛮竜の襲撃、魔王軍との戦闘、そして
蛮竜の大量発生と襲撃、そして銀河と言う途方もない領域で活動する超獣の襲来。問題は山積みだ。
前者はよほどのことがなければ十分対処できるだろう、しかし問題は後者だ。
今までこの領地に出現していた魔獣達は、あくまでもこの恒星系内に生息する
一つの銀河系内には数千億とも言われる恒星が存在している、つまりここに現れる魔獣達はその膨大な数の内のほんの一握りの存在でしかない。
それと比べたら、銀河系内を縦横無尽に行動できる超獣は人智など至らぬ程の極めて危険な怪物と言えるだろう。
その戦闘能力と凶暴性は単身で星を滅ぼせるほどに強大で、その脅威性は従来の宇宙生物などとは比較不可能なほどなのだ。
そして、その怪物があと一体、メルガロスのどこかに潜んでいる……。
「本心を言うと、メルガロスに戦力を集中させておきたいところですが……」
「仕方ねぇよ、オレ達の戦力にも限りはある。宇宙生物の警戒だけを
隊長の言うとおり、メルガロスの守りだけに集中はできない。
このゲン・ドラゴンだって、いつまた蛮竜の襲撃を受けるか分からないし、こうしてる間にも小型の星外魔獣が出現してもおかしくはないのだ。
そのため、やはり戦力を分散するしか方法がない。
と、その時だった。触角で異常を感知した。
「隊長、北方から無数の人影が押し寄せて来ます。数は推定百人ほど、金属の反応は少ないため武器類などを所持してる可能性は低いですね」
俺は隊長を頭に乗せたまま北門の方に顔を向ける。
また、厄介ごとだろうか? ……こんな時に、まったく。
「なに! 本当か? よし、ムラト、このまま北門に向かってくれ……それにしても、よくそんな多くの情報を得られるな。いったい、お前の感覚器はどうなってんだ?」
メルガロスでの魔族との戦闘で大量のエネルギーを吸収し、成長して以降、肉体的スペックも各能力や感覚器も向上している。
それゆえ、長距離からでも多くの情報を探知できるようになったのだ。
そして、北門目指して歩きだす。
言うまでもなく、この
だが俺の歩行最高速度は毎時九十キロ。ここから反対側とは言え、すぐに到着するだろう。
しかしここで重要なことに気づき、俺は脚を止めた。
「隊長、服を着てください。さすがに、その
「そうか? オレは、このスタイル結構気に入ってるぜ」
……あんた、そんなオムツ一丁という赤ちゃんスタイルで人前に出ようという考えですか?
北門。
俺達の本部がある南門の反対側の出入口。そこで、こちらに向かってくる集団を待ち構えていた。
もちろんのこと門衛がいる。そして、その彼は
隊長と俺は、その門衛の左右に佇み遠く眺めた。
俺もこの世界に来て、それなりに長い。そのためか住民達もなれたのだろう。
事実、都市部から俺の存在を気にかける声も聞こえないし、門衛は隣に立つ俺の巨体に驚くような素振りを見せていない。
「まっすぐこちらに向かって来ていますね」
俺は肉眼でゾロゾロとやって来る集団を見据えた。
もちろんのこと隊長達には彼等の姿は見えてないだろう。
俺の視覚は地上よりもはるかに高い位置にあるし、視力も尋常ではない。だからこそ長距離からでも集団を見ることができる。
集団の数はやはり百人程で、そして武器なども持っていないようだ。敵ではなさそうだ。
ボロボロの衣服を纏っており、相当に厳しい旅を続けたようなありさまだった。
そして一番気になったのは……。
「隊長、やって来る連中は全員が毛玉人です」
「なに? 毛玉人だと」
隊長は、やや険しい表情を見せて言葉を続けた。
「ゲン・ドラゴンより北方には村や町はない。となると、向かって来ているのは別の国の奴等だな。そして……毛玉人となると」
「まさか、バイナル王国の者達ではないでしょうか?」
隊長の言葉を聞いて、門衛の毛玉人は驚いたような声をあげた。
……バイナル王国。あまり、聞きたくない国名だな。
サンダウロでの血生臭い情景を完全に思い出した。忘れることなど許されない、臓腑溢れた地獄の一戦。偽者の王によって仕組まれた、おぞましい戦いだった。
しかし、その国の人々がなぜこの領地にやって来たのか?
ふと見ると、毛玉人達は恐る恐るとした様子でこちらを伺っているのが理解できた。
……まあ、俺みたいなデカブツが佇んでいるのだから当然の反応だろう。
俺が集団を目視してから、しばらくして毛玉人達は北門近くに到着した。
彼等は門衛など見ずに、俺や隊長を見て唖然としている。
無理もないだろう。隊長は並の毛玉人の倍以上の肉体をもち、俺に至っては竜の十倍以上の巨体を誇るのだから。
「この地に何の御用ですかな?」
そう言って門衛の青年は、集団の前に進み出た。
すると、それに答えるかのように集団の中から代表者とおぼしき猫の壮年の男性が歩みでる。
その男は普通の毛玉人を見たためか、やや安堵した様子であった。
「我々は、バイナル王国から逃げてきました。……いきなり、こんなこと言うのは図々しいかもしれませんが、助けてください。食料も水もつき、ケガ人や病人もいるのです。……どうか助けを……」
そう言って、猫の毛玉人は頭を俺達に下げるのであった。
だが、しかし納得できるような内容ではない。いきなり無断でこの領地にやって来て、助けてほしいなどと。
「いきなり、なんなんですか? 御領主様の許可なしに都市に入れるわけにはいきません」
門衛の青年も俺と同じ考えなのだろう。それに、エリンダ様は今外出されている。
今この場で判断できるようなことではないのだ。
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