これをとってくれ

 まったく、朝早くから気分が悪い。……体調が悪いわけではないが。いやそれ以前に、この肉体にそんな概念はないだろう。核兵器さえ、まともに通用しない体に健康状態がよくないなど……。

 精神面が優れないなか、自分自身にくだらないツッコミをいれた。

 破壊と殺戮地獄の夢から目覚めた俺は、ゲン・ドラゴンの傍らにある湖を目指していた。


「顔でも洗って、気分を落ち着かせんとな」


 それにしても、おかしなことだ。あんな夢にも関わらず、俺は恐怖や緊張と言った感情を一切持っていなかった。

 たしかに俺は、こと闘争において死の恐怖は感じないが多少の緊張はする。……けして怪獣と一体化したがために恐怖の感情を失ったわけではない。

 もとより、戦闘で殺すことも殺されることも覚悟しているために恐怖と言うものを持っていないのだ。人としては、完全に精神がどうかしているとも言えるが……。

 そして夢の中で抱いていた感情は、使命、運命、任務、役割、怒り、防衛本能、報復、憎悪、リアリズムと負の感情が合わさったようなものだった。

 ……どうして、そんな感情をいだいていたのか? まるで分からない。

 そして毎度のこと見る夢は、非現実的なもののはずなのに現実だと勘違いしてしまいそうなほどに鋭敏な感覚が伝わってくる。

 攻撃を受ければ激しい痛みを感じ、相手の悲鳴が聞こえ、殺した感触が伝わってくる。

 まるで、誰かの戦闘経験を無理矢理に味あわせられているようだった。

 そう考えにふけりながら、黙々と足を進める。

 なるべく地面を振動させないように注意しながら。都市の人々の迷惑にならないように。





 顔を洗い終えて湖から帰ってくると、ふと石カブト本部の前でアサムとベーンが朝の体操を行っているのが視界に止まった。

 この運動は三人の朝の日課になっている。

 本来ならナルミも加わっての三人だが、彼女は今クサマと一緒にメルガロスに駐在しているため不在。

 数日前、メルガロスに潜伏していた星外せいがい超獣ちょうじゅうの内の一体、グランドドスを倒すことに成功したが、もう一体が残っているのでナルミ達はしばらくメルガロスを離れることはできないのだ。

 宇宙生物が出現した場合、即時に発見して殲滅しなければならないからだ。

 星外魔獣は小型クラスでも、単身で数時間暴れただけで大都市を壊滅しかねない。もし発見と退治が遅れれば、それだけ犠牲が増える。

 そして最悪な事に、現状の人類では即時の発見も殲滅も不可能。

 宇宙の魔獣達は魔術を使用不能にし、あげくには神からの祝福さえも阻害してしまう。つまり、奴等との交戦は完全に自力だけとなってしまうのだ。

 それゆえにクサマの索敵機能と戦力が必要になる。

 魔獣ならびに超獣は活動中、電磁波、音波、放射線、磁気、熱など何かしらのエネルギーを発するためそれを探知することで発見することができる。


「おはようございます、ムラトさん」

「フゲェー」


 俺が眺めているのに気づいたのだろう、アサムとベーンが朝の挨拶をしてきた。


「おう。ちっとばかしひどい夢見て萎えていたが、お前を見たら元気がでた、ありがとよ」


 朝から見るアサムの笑顔は最高のオアシスだ。悪夢で参っていた精神が癒される、こう言う時は彼の存在自体が一番の特効薬になる。


「……ひどい夢ですか? いったい、どんな夢を見たんです」

「なに、人に話すようなことじゃない。お前とは明らかに無縁なことだ」


 あんな修羅地獄をアサムに聞かせるもんじゃない。唯一、俺達の中で血で汚れていないやつに。


「そんなことを言って、僕は心配してるんですよ。僕の石カブトでの役割は何も家事だけじゃありません。みなさんの健康の管理や精神をケアするのも仕事なんですから」


 と、言ってアサムは頬を膨らませた。

 こんな俺のことを、それだけ思って言ってくれているのだろう。……なんと、尊い。

 アサムは子供みたいな容姿だが、立派な大人なんだよな。しかも俺より十も年上。

 目上の人の心配を無下にするのも良くないだろう、特にアサムの思いやりを無視するとバチがあたりそうだ。


「すまなかった。正直に言う、ここのところ……」


 正直に戦いの夢を語ろうとした瞬間、地面に振動が走った。


「どうやら、起床しなすったようだな」


 とは言え、地を揺らしている存在がなんなのかは理解している。そもそも、大地を揺るがすことができる程の質量を誇るのは俺とクサマ、そして……。


「……ふぁー」


 大あくびをしながら姿を見せたのは、全裸の巨大熊であった。

 隊長がどこから出てきたかと言うと、本部の隣にある大きな仮設住宅からだ。住宅とは言うが、ただのデカイ犬小屋にしか見えんが……。

 魔族との戦闘により隊長の身長と体重が大幅に増幅したため、それが原因で本部での生活がままならなくなり、ニオン副長が仮設住宅を拵えたのだ。

 もちろん、いつまでもそうしてはいられないので、普通の暮らしに戻れるように本部の傍らに新しく隊長用の私室が建築中だ。

 ところで、なぜメルガロスに残っていたはずの隊長がここにいるかと言うと、グランドドスを殲滅したため、エリンダ様と副長にその報告をするために一時帰国したのだ。


「お便所ぉぉぉ」


 尻をボリボリかきながら隊長が向かうのは仮設トイレ。むろん備わっているのはオボロ隊長仕様の便器だ。

 そして、隊長がトイレに入って数秒後のことだった。


ーーブー! ブブリブー! ビチュビチュビチュ


 すさまじく下品な轟音が響き渡る。

 超人の排泄ゆえに、しかたないと言えばそれまでだが、今後トイレには防音が必要になるだろう。

 こんな排泄音、毎度毎度聞きたくはないからな。


「すまんなアサム。なんか気が失せた、相談するのは今度の機会にする……」

「いえ。……それじゃあ、また今度に」


 あんな快便スッキリした音を聞いたあとでは、さすがに相談する気力も失われてしまった。

 と、いきなりバンっと仮設トイレの扉が開かれた。

 もちろん出てきたのは隊長だが、なんか様子が……なんか白い糸の束が隊長の後ろで蠢いている。しかもなんかグジュグジュしてるし。

 糸の束の先端は便器の中と思われ、そして根本部分は隊長の尻にくっついている。

 ……寄生虫! しかもデッケェ!

 そう、隊長の尻から出ているのは、この世のものとは思えないサイズの寄生虫であった。 

 隊長は尻から飛び出ている寄生虫を引きずりながら、アサムのもとまで歩みよって来る。


「なあ、アサム。寄生虫こいつを取ってくれないか?」


 そして隊長は四つん這いになり、尻を俺達に見せつけてきた。

 朝からこんなひどい場景を見るとは、いくさ地獄じごくの夢の記憶が頭の中から吹っ飛びそうだ。

 ……なんで朝っぱらから、寄生虫が飛び出てる尻穴を拝まなきゃあならねぇんだ。悪夢以上の悪夢じゃねぇか。


「んもう、何か衛生的によくないものでも食べたんですかオボロさん?」

「いゃあ、オレもよっく分からねぇんだ。寄生虫こいつさえなけりゃあ、快便う○ちブリブリで壮快だったんだけどな」

「しょうがないですね、もぉ」


 治療しようとアサムが隊長のデカ尻に触ろうとしたとき、俺はとっさに声を発して制止させた。


「まて! アサム。その仕事、お前がやってはいけない」

「えっ! なぜです?」


 分かってくれ。そんな、きったないの、お前が触っていいはずがない。


「ベーン! お前が、かわりにやってくれ」

「ホー」


 了解と言わんばかりに、ベーンは変な鳴き声をあげた。

 ベーンも分かっているのだろう。アサムに、この仕事をやらせてはいけないと。

 だからこそ、ベーンはすんなりとこの汚い仕事を承諾したのだろう。

 もしナルミがいたら、恐らく俺と同じことをしたに違いない。


「プガァー!!」


 すると雄叫びをあげながらベーンはどこからともなく竹槍を取り出した。

 竹槍の手元部分にはスイッチのようなものがある。おそらくこの槍、ベーンが作った道具だろう。

 ベーンがスイッチを入れると、竹槍が振動し始めた。竹の中に振動発生機が備わっているようだ。


ーーボヂュル! 


 ためらうことなくベーンは、振動する竹槍を隊長の尻に突き入れた。……なんか、すごい音したが大丈夫か?


「ぐっはあぁぁぁぁ!! ベーン! 寄生虫の駆除は頼んだが、そんな激しいバンブーファックは頼んでないぞ!」


ーーヌップヌップ


 ベーンは何も言わず竹槍を動かした。


「ぬわぁいっ! ……んぎいぃぃぃ!」


 しばらく、おぞましい絶叫が響くこととなった。

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