悪夢の中の戦い

 肉体が巨大化してからというもの、俺はとある夢を見つづけている。夢と言っても、普通の人から見れば悪夢だろうが……。

 血肉が飛び散り、地獄の炎で焼き尽くされる終わりがない闘争の夢。そう破壊と殺戮の光景。

 しかも、それはあまりにも鮮明な夢だ。まるで現実であるかのように。

 夢のはずなのだが、あらゆる感覚がハッキリと分かり、そして意識も混濁していないのだ。

 怪獣に取り込まれて異世界に来る前、人間だったころの俺は武術家だった。

 武術を仕込んでくれた親父おやじは「殺人未経験者どうていに武術家を名乗る資格はない」と口を酸っぱくして言っていた。

 ……そして、ある日を境に俺も武術家の仲間入りをしたんだ。それからというもの、人格の歯車に異常をきたしたのだろうか。

 向かってくる者を力ずくで叩き潰してきた。

 不良、喧嘩屋、暴力団員、警官、落ちぶれた元プロ格闘家、相手が素手だろうと刃物や拳銃はじきを持っていようとだ。それら全てを、力でねじ伏せてきた。

 今でも覚えている、眼球を抜き取り、耳をちぎり、鼻を削ぎ、肉体を砕く、人体を破壊してきた数々の記憶。

 一〇八人、俺が血濡れにした連中やつらの数だ。内、三十一人が廃人と化し、そして二人の命を絶った。

 俺の身は怪獣と一体化する前から、すでに血で汚れているんだ。日常では普通の人間として生活していたが裏側ただの人殺し、素手で人間を殺せるけだもの

 そんな俺から見ても、この悪夢の戦いは尋常ならざる体験ものだった。





 ここは、どこだろうか?

 目の前に写るのは、非現実的な光景だ。

 千メートルはありそうな、ビルのような建造物が建ち並んでいる。

 人が築き上げた都市? いや、様子から見るに俺の知ってる範疇のものではない。

 フィクションなどに出てきそうな、非常に発達した高度な文明を持った存在が築き上げたような都市部と言える。

 地面からの高さと、ビルのサイズを考えると、今の俺の身長は五十メートル程だろうか。

 俺は、その巨大な都市内を歩いているようだ。

 そして体が勝手に動いている。俺の意思を無視して。

 地面をバリバリと踏み砕き、巨大なビルを叩き壊し、小さな建物は蹴り飛ばし、口からの火炎で地表を焼き払う。そんな戦慄の光景が視界を埋め尽くす。

 ……なぜ俺はこんなことをやっているのか?

 すると、背中に強烈な痛みが走った。超高速で何かがぶつかったようだ。

 背の表皮が抉れて、流血しているのが分かる。

 視界が勝手に動き、背後の様子に移り変わる。

 そこには数十両程の多脚戦車が並び、俺に照準をつけているようだった。

 あの戦車に搭載されているのは強化型電磁加速砲レールキャノンだ。金剛石ダイヤモンドの十倍近い硬度を誇る超硬質合金弾を初速マッハ十以上で発射する武装。通常の装薬を用いた戦車砲などでは比較にならない破壊力を持つ兵器だ。

 ……だが、なぜ俺がそんなことを知っているんだ? 日本どころか、地球にそんな未来的な兵器など存在していない。なのに、なぜ分かるんだ。

 そして、また体が勝手に動きだした。俺は戦車隊に向かって猛進していく。

 走る俺に向けて、戦車隊は一斉砲撃をしかけてきた。体中の肉が抉れて血肉が周囲に飛び散る。それと同時に激しい痛みが伝わってきた。

 ぐうぁ! ……これは夢のはずだ、なのになぜこれほど鮮明な痛みがあるんだ。

 そして俺は戦車隊を、蹴り飛ばし、踏み潰し、全車両を蹂躙した。

 だが、まだ戦いは終わりではないようだ。

 はるか遠方から無数の発光するものが、こちらに接近していることを感じる。その正体はTNT換算一キロトンの威力を持つ大型誘導弾だ。

 そして上空には全長三百メートル以上の空中戦艦が多数。戦いはまだ序盤のようであった。

 ……そうだ、分かるぞ。こいつらは数万年前に超文明を築き上げ繁栄していた古代の人型種族だ。

 そして、奴等はいつしか地球側と宇宙側に分離して戦争を始めた。それにより地球は荒らされ、自然も環境も汚された。

 そして……俺……わし……私は怒り、地球側と宇宙側の両方を破壊しつくした。

 それにより地球側は滅亡し、宇宙側は太陽系外へと逃げ去ったんだ。

 ……いや、まて俺はいったい何を言っている……じゃなくて何を考えていた?

 




 視界が移り変わった。  

 これは、また別の夢だろうか?

 体長十メートルはあるだろう機械で形作られたエビのような奴等が、俺を包囲するように飛び回っている。

 そいつ等は二、三機どころではない。その数たるや数万はくだらないだろう。

 そして陸上では体長四十メートル以上はある蟹のような戦闘メカが俺に向かってきている。その数たるや数百。

 多勢に無勢。しかし今の俺に味方などいる様子はない。たった、一人でこいつらをどうにかしなければならないようだ。

 なぜか分からないが、俺はこいつらがなんなのか理解できた。

 こいつらは宇宙のどこかにある機械の惑星から送り込まれた戦闘機械軍だ。

 こいつらの首魁は、その機械惑星に存在するコンピューター知性体。


「グゴオォォォ!!」


 俺が咆哮を響かせると、周囲を飛び回っている小型の戦闘メカどもが指向性エネルギー兵器を照射してきた。

 それによる誘電加熱により俺の表皮が焼かれていく、数体ならともかく数百体から矢継ぎ早に浴びせられてはたまったものではない。体の至るところが破裂して血と肉が飛散した。

 この小型の奴等はプラズマ推進機で大気圏内を自由に飛び回り、尾の辺りから高出力メーザーを照射してくるタイプの戦闘メカだ。

 そして陸上を駆けてくる大型の奴等は、体中が高強度の装甲に覆われ、両手が強靭な鉤爪になっている格闘型。その内の一機が俺に切りかかってきた、表皮がザックリと裂けて血が噴き出す。

 俺は痛みに耐えた。

 すると、また体が勝手に動きだす。

 切り裂いてきた奴の頭を掴み、力任せに胴体から引き抜いた。

 頭部を抜き取られた格闘型の戦闘メカから青黒い液が噴水のように飛び散り、機能停止したかのように力なく倒れ込んだ。

 だが安堵などしていられる状況ではない。

 数体の格闘型が一斉に群がり、俺の肉体をメッタ切りにしてくる。

 全身から伝わる激痛が脳ミソにまで響く。

 だが、分かるのだ。ここにいる戦闘メカはごく一部だと。大気圏外に、まだ数億も待機しているのだと。そして、倒しても改良されたタイプが投入されることも。





 幾度も幾度も、そんな戦慄の夢をみつづけている。

 そして最終的には、銀河内に存在する全知性体が俺を抹殺せんと徒党を組んでやって来た。

 しかし、それでも自分が死ぬような場景はなかった。

 核融合炉を暴走させて島ごと吹き飛ばされても、高重力で押し潰されても、誘導された小惑星をぶつけられても、大口径のビーム砲を撃ち込まれても、衛星軌道から地表に落とされたときも、何度も死にそうにはなったがどんなに傷つこうが生き抜いたのだ。

 だが、それだけ喰らって死ねないのもまた地獄だ。どれだけ傷つこうとも死ねない苦痛。

 そして奴等は俺が殺せないと分かるなり、諦めたように撤退していった。

 ……また新しい戦いの情景が始まる。

 今度は、俺の目の前に黄金に輝く身長五十メートル程の光の巨人が佇んでいた。

 すると、いきなりそいつは両腕から超絶な光波熱線を発射してきた。

 信じがたいものだった。発射器官のようなものが備わってる訳でもないのに、腕から光線を撃ち出すなど。

 光線をまともに喰らった俺は超高温プラズマに飲み込まれ、全身を焼き尽くされそうな痛みに襲われた。





「……ぐうぅ」


 その日は呻くような声をあげながら起床するはめになった。ここはゲン・ドラゴンの正門付近、言うなれば俺の寝床だ。

 ゆっくりと頭を持ち上げて東の果てに目を向ける、日の出が見えた。

 一日がまた始まろうとしている。今日はいったい何があるのか。

 異世界に来ても、やってることは前の世界とあまり変わりはない。平凡かあるいは血肉が飛び散る戦い、それのいずれかだ。

 この日々が正しいことなのかは分からない。そもそも、俺に善悪を区別する資格はない。

 俺ができることは、倒れるまで生き続けることだろう。

 

「……それにしても、またひどい夢を見たものだ」


 争うことでしか自分を表現できなかった俺への罰なのか、なんなのか。


「それにしても鮮明すぎる夢だった。痛みが脳ミソに焼き付いてるぜ」


 ……あの光の巨人の光線を受けたあと、いったいどうなったのだろうか?

 でも続きは見たくないものだ。


× × ×


 肉体領域と感覚領域は完全に融合をはたした。しかし精神領域は今だ互いに独立状態だ。

 やはり、精神の融合は時間ときを要する。湯の中に氷山をいれたようなもの。

 氷山を徐々に溶かして、混ぜていくしかない。

 

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