おぞましい歴史
それはエルシド大陸から東に存在する、島国にして謎が多い国である。
その国と交流を結んでいる国はなく、唯一関係を築いているのはサハク王国内に存在する領地ペトロワのみ。
しかし交流を結んでいる、その地域ですら大仙がどのような国なのか、その本質は分からないでいた。ゆえに大仙を詳しく知る者は皆無。
唯一、魔術とは無縁で科学技術を扱う国であるとペトロワ領では知られている。
話だけ聞けば、非常に発展した国に思えるだろう。
だが、どんな国にも血濡れの歴史はある。それは高度な文明を誇るであろう大仙とて例外ではないようだ。
約五百年前までは、大仙は戦乱の世であったらしい。
各地の権力者達が領土拡大のため、あらゆる地域で
血に飢えた暴君どもの縄張り争いは、混沌の地獄であった。戦、略奪、虐殺、拷問、野蛮な狼藉の数々。
しかし、そんな戦乱の世は突如として終結をむかえる。
天のごとき知恵を持った純白の毛玉人が現れ、全ての権力者達をひれ伏させ、国を統一させたのだ。
それにより乱世は終わり、安泰の時代をむかえた。
「泰平の世以前の大仙は、このエルシド大陸などより血が滲んでいる国なのです」
そう言った後ニオンは、一息おくように椅子に腰かけた。体重二百キロを越える男が座ったためか、椅子はギシリと軋むような音をならした。
「戦だけでなく、
どれも聞いたこともない言葉だが、おぞましい気配をおびいている。
それらを聞いて領主エリンダは恐る恐ると口を開いた。
「……ちなみに、その五等分の肉嫁って、どんな仕来たりなの?」
「一人の女性の
「……ひどい……死にかたね」
あまりに惨い内容にエリンダは息をつまらせた。
「いえ、死にはしません。
ニオンは淡々と語るが、その話の内容にエリンダとマイルは背筋を凍らせた。
大仙に、そんな残忍で野蛮な仕来たりがあったとは思っていなかったのだろう。
「一人の君主の誕生により乱世は終わり、新しい世が始まりました。その君主の頭脳により、高度文明を築き上げ泰平の世になったのです。……しかし」
ニオンはリモコンを操作して、スクリーンに別の画像を写し出した。それは絵などではなく、白黒の写真。
そこに写るのは、銃器類で武装した毛玉人達が一体の怪物と対峙する姿が写し出されていた。
怪物の容姿は、どっしりとした二足歩行の竜を思わせ、表皮はイボイボしており、頭には一本の角、図太い腕の先は鞭のようになっており、毛玉人達と比較するとその大きさは十メートル近いであろう。
こんな姿の魔物など、この世には存在しない。つまり宇宙生物であろう。
「科学技術中心の国となったがため星外魔獣が襲来するようになりました」
そしてニオンは、またリモコンを操作してオボロの体内から摘出された構造体の画像に戻した。
「隊長殿の祖先は大仙出身であることは知っていますね」
ニオンのその問いに、一同は頷いた。
オボロは大陸生まれだが、血筋を辿れば大仙にいたることは、皆が知っている。
「推測ではありますが、奴等との戦いや接触などにより隊長殿の祖先が星外魔獣の因子を取り込んでしまったのではないかと思われます」
「つまり、遺伝子の水平伝播みたいなことが?」
マエラが問いかけた。
「ええ、ウイルスによるものなのか、あるいは星外魔獣の能力によるものか、詳しくは分かりませんが。そして世代を通して遺伝子が受け継がれたことで、宇宙生物由来の遺伝子は姿を変えて人の体でも発現できるように変化したのかもしれません」
「まさに進化の科学ね」
しかし、ここでマエラはここで疑問にいたった。
「でも、宇宙生物と接触していたのは彼の先祖だけではないはずよ。それなら多くの人達が星外魔獣の遺伝子を取り込んでてもおかしくはないわ、だとしたらオボロくんのような超人がもっと発見されるとは思うけど」
「ただ遺伝子を持っているだけではだめなのでしょう。問題は、その遺伝子が発現するかしないかです。唯一の例が隊長殿だけなのかもしれません」
そう言い終えると、ニオンは立ち上がった。
「生命は機械以上に未知の可能性があります。あくまでも今回のことは、私の推測にしかすぎませんが」
「ところで、オボロくんの体内にあった構造体だけど、これはどんな機能を持っているのかしら?」
すると、ここでマイルがスクリーンを指差しながら話の中に入り込んできた。
二人の会話についていけないので、話の内容を変えようと思ったのだろう。
「この極小構造体は天然のナノロボットとも呼べる代物です」
ニオンは返答すると構造体が映るスクリーンに目をむける。
「……ナノロボット。つまり、ウイルスレベルの作業装置ってことなのね。この構造体が、オボロくんの超人的肉体の要とは言ってたけど」
マイルも、ロボットと言うものは知っている。
しかし、それはあくまでも肉眼で確認できる領域の物。それが極小レベルの物など、見たことも、聞いたこともなかった。
「どんな損傷も短期間で完治させる治癒能力、傷つくたびに肉体が強靭化する超回復、異常な筋力の源泉となるエネルギー生成など、その他にも色々な機能を持っているでしょう。この能力の前では強化魔術など非効率的なものになりはててしまう」
そう言って、ニオンはプロジェクターの電源を切った。
説明会を終えて、実験棟の廊下を歩いていたニオンはいきなり脚を止めた。背後から懐かしい気配を感じたのだ。
「……なんと言えばよいのか分かりません。ただ、何も言わずに姿を消したことには、申し訳なく思っています」
ニオンは、後ろを見ずに言った。
「いや、いいんだ。お前に関する事情は全て知っている。それに剣の腕は、まったく錆び付いていないようだな。いや、むしろ鋭くなっている。もはや、おれでは勝てんし、教えてやることもない」
背後から言葉が返ってきた。
しかし、その声はくぐもっている。
「いつから、ここと関係を?」
「一年くらい前からか。ここに勤める科学者が、あるものを修理してな、そん時から度々訪れている」
「なるほど。どうりで、この施設に行きすぎた機材が設置されてるわけですね」
「まあな量子計算機を持ち込んだりもしたからな。ところで、お前面白い設計図を持っているな」
「……これのことですか?」
ニオンは懐刀から小さな記憶装置のような物を取り出した。
「この図面は未完成の上に、現状に必要かどうなのかも迷っているのですが」
すると、ニオンの背後にいる男が一歩踏み出した。
「水陸両用型の
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