怪物のコア
(今だよ!
声紋コントローラーから発せられたナルミの指示が、クサマの人工頭脳に送り込まれた。
グランドドスの背後を取ったクサマは、残された最後の武器である右手に大電力を蓄積させていた。
そして、その黒き装甲の巨人は鉄拳ではなく、四指を伸ばした貫手を振り上げる。
「……バアッ!」
気付いた時には、手遅れであった。
グランドドスは目の前の小さな生き物に気をとられていて、完全にクサマの存在を忘れていたのだ。後ろを取られ、もはや完全に無防備であった。
「へへっ、オレに気をとられすぎてたな。終わりだぜ」
オボロにとっては、これこそが狙いだったのだ。
気を引いてクサマが動けるようになるまでの時間を稼ぐこと、そして必倒の一撃を加えるためにグランドドスに大きな隙をつくることが。
背後をとられた今のグランドドスは隙だらけである。クサマの貫手は間違いなく命中するだろう。
しかし灼熱の巨獣が纏っているのは、破損すると破裂する反応装甲。このまま当てれば吹き飛ぶのはクサマになるが……。
だが金属の巨人の貫手は高周波で振動していた。
そして、その一撃がグランドドスの巨体に叩き込まれた。……いや、潜り込んだ。
クサマの巨大な手が巨獣の体に沈みこむように、メリ込んだのだ。しかも甲殻を破損させずに。
つまり表面を砕かずにして、手を敵の体内に突っ込んでいるのだ。
(高周波で対象の分子の振動波形を共鳴させ、分子間を透過しているんだ。この振動武装を実用化させるとは、ニオンの奴やるじゃないか)
ニオンの師である男の一人言のような説明は、オボロにもナルミにも伝わっていた。
しかしグランドドスの体内は超高温かつ高圧。
わずかの間に右手を抜かなければ、クサマは腕を損失してしまうだろう。
そして、その限られた間に狙うはグランドドスの心臓でもあり本体でもある
クサマは
グランドドスの表面のわずかな温度差や違いで核の位置を突き止めるために。そして、それを見つけたようだ。
「ン゛マッ!」
クサマの手が勢いよく引き抜かれると、グランドドスの体は少しの間をおきズズンと力なく倒れ込んだ。
その真っ赤に輝いていた目から発光が失せた、まるでエネルギーの供給が断たれたようであった。
これで勝負は決したのである。
クサマの目の前にあるのは、ただの高温が残る黒い甲殻の入れ物だけとなったのだ。
「隊長! クサマ!」
燃え盛る炎を背景にしてこちら向かってくる二人を見て、思わずナルミは声を響かせた。
世界を脅かす怪物と戦った猛者達が灼熱の領域から帰還する光景。叫ばずには、いられなかった。
「……ぬぐぅ」
「ン゛マッ」
ナルミのもとにたどり着くなり、オボロは大の字に倒れ、クサマは方膝をついた。さすがに、二人とも無茶をしすぎたのだろう。
オボロは服が焼け落ち全裸のうえに、いたるところに酷い火傷を負っている。あれほどの巨大生物と力比べしたのだ、今回ばかりは疲労しきっていた。
クサマは左腕が潰れ、右腕は高熱と高圧の影響で歪み、全身広い範囲に渡って装甲が砕け亀裂が入っていた。応急処置をしたとは言え、駆動系はガタガタのようだ。
「クサマ! 大丈夫!」
ナルミは一目散にクサマの足下に近寄り、心配するように彼を見上げた。
「……
しかし、もの凄い熱気を感じて彼女は一歩後退する。クサマの装甲が熱を持っており、今近寄りすぎるのは危険であった。
「ン゙マッシ」
すると、クサマは歪んだ右手で掴んでいたものを自分の胸の前に持ってきた。
それは心臓の脈動のように赤い明滅を繰り返す黒い球体であった。大きさはクサマの手よりも少し大きい位であろう。
「クサマ……それって」
球体に目を向けたナルミは、思わず息をのむ。
「野郎の核だろうな。……たぶん死んじゃいねぇぜ」
そう言いって上半身だけを起こして、オボロも球体を見上げる。
向こうで倒れ込んでいる甲殻も、その内にあるマグマも鎧でしかない。つまりは脱け殻なのだ。
そして、その黒い核こそがグランドドスの本体。発光してるところを見ると、まだ生きていることが理解できる。
「クサマ、息の根を止めてやれ」
「ン゛マッ」
淡々と指示を出すオボロ、そして迷うことなくクサマは行動に移る。
球体を握りつぶそうと、クサマが歪んだ右手に力を加えようとした瞬間。
(よ、よせぇ! やめろ、そいつを壊すな!!)
いきなりオボロとナルミの脳内に大声が響き渡った。どうやらクサマも、その声を察知したらしく右手を緩めた。
「おいおい、いきなりなんだ。奴はまだ生きてんだろ、活動を再開するまえにとどめをささねぇと」
オボロは頭を小突きなが言う、ニオンの師の声が相当にうるさかったのだろう。
(分析した結果、その核の中にはまだ膨大なエネルギーが残っている。破壊しようものなら、そこいら一帯が蒸発するほどの爆発がおきるぞ)
男のその言葉を聞いて、オボロとナルミは肝を冷したような表情をした。
今のグランドドスは鎧である甲殻から掴みだされたため、一時的に活動が停止してるだけなのだ。
けしてエネルギーが尽きて動けなくなったわけでも、死んだわけでもないのだ。
ただ、ある種の休止状態にいたってるだけなのだろう。
「でも、どうするの? このままにしてたら、また動きだすんじゃないの?」
「そのとおりだ、どうするんだ」
ナルミの言葉を聞いて、オボロは賛成するかのように頷く。
グランドドスが絶命していない以上、いつ行動を再開するか分からない。早めにどうにかしなければならないだろう。
(奴の核は、こちらでどうにかする。クサマ、回収に向かうまで、そのコアを厳重に管理しておいてくれ。まずは火災をどうにかする)
女王メリルは落ち着きない様子で玉座に座っていた。
宇宙生物の出現の報告を受けてから数時間が経過していた。
あれいこう何の情報も入ってきていないのだ。
一応、都民を避難させる準備はできているが不安でしょうがなかった。
そんな彼女の有り様を見て、傍らに立つ少年が口を開く。
「女王様、落ち着きください。今は、あせらず知らせを待ちましょう」
そう言うのは秘書である元賢者ヨナ。しかし彼も同じく心底不安でしかなかった。
今、国は史上最大の災厄に見舞われているので二人がこうなるのも仕方ないことだろう。
(メリル女王よ、きこえるか)
と、その時だった。メリルの頭の中に声が響いたのは。
「その声は……まさか」
「な、何ですか? これわ」
メリルだけでなく、ヨナにも声が聞こえてるようだ。
それは彼女にとって、聞き覚えのある声だった。
(グランドドスの撃退に成功した。もう警戒を解いて大丈夫だ)
それは紛れもなく、ニオンの師であるあの男の声であった。
そして、その報告を聞いたメリルは安堵するかのように肩から力をぬいた。
それに続いてヨナも安心したように息をはいた。
二人とも世界滅亡と言う極限の緊張状態から解放されたのだ。
しかし、そんな二人の頭にまた声が飛び込んでくる。
(安心するのは早いぞ、グランドドスが引き起こした大火災のせいで、あちこち大変なことになってる。至急ありったけの魔導士を集めて火災現場に向かわせてくれ)
「分かった、すぐに編制して消火に向かわせよう」
(こちらからも、消火剤を搭載した自律制御型高速輸送機を緊急発進させる)
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