小さな巨人

 どうにか立ち上がったクサマであったが、破損部からバラバラと装甲の一部が砕け落ち、そして機体からは鈍い音が響いていた。

 攻撃や爆風による衝撃、さらに先程受けた超高熱気化体が装甲の損傷部から内部に流入にしたため機体内部にかなりのダメージを負っているのだろう。

 それを証明するかのようにクサマはぐらつき、そして方膝をついた。

 左腕はもう使い物にならないほどに潰れており、残された武器は右腕だけである。

 それに比べ、グランドドスにダメージはほぼない。体全体を包む漆黒の甲殻も、その内側に存在する灼熱のマグマ状の物質も巨獣の鎧でしかないのだから。

 いくら表面上を破壊しても倒すことはできないのだ。


「バアァァ」


 低い鳴き声をあげ、グランドドスは後ろ足だけで立ち上がる。直立した巨獣は、クサマよりも巨大であった。

 そして右前肢の爪を振り上げる。目の前でぐらつく黒鉄色の巨人にとどめをさすため渾身の力をこめた。

 その最後の一撃を今降り下ろそうとした時、グランドドスの爪によるとどめは不発と化した。

 爪を降り下ろす寸前、いきなり後ろから何か巨大な力で引っ張られたのだ。

 その衝撃でグランドドスは倒れこんで腹を地面に打ち付けてた。七万トンをこえる巨体が大地に叩きつけられたため激震が走り、土煙が舞い上がる。

 グランドドスは頭を持ち上げ自分の後方に視界を移した。

 己の巨体を引っ張って転倒させた目障りな存在を見つけるために。

 そして、それはいた。黒い甲殻に包まれた尻尾の先端に掴みかかってる小さな生き物を。





「よお、さっきはよくもやってくれたな。お前のせいで、新築中の家がバラバラに吹っ飛んじまったぜ!」


 巨獣の目を睨み返したオボロは力をこめて尻尾を綱引きのごとく引っ張りこんだ。一歩一歩後退する度に、オボロは足を地面にめり込ませた。

 その肉体に、いったいどれ程の膂力が眠っているのか。七万トンを越えるグランドドスの巨体が少しずつズリズリと引きずられ、クサマから遠ざかっていくではないか。


(お前、無事だったのか?)


 力仕事の最中、オボロの頭のなかに男の声が飛び込んできた。


「あったりまえよ! あんな拡散攻撃なんぞ屁でもねぇ」


 しかしオボロの体毛には乾いた血が付着している。けして無傷とは言えない体であった。

 それだけ火炎弾の破壊力が凄まじかったのだろう。


「だが、他の連中がやられて身動きがとれねぇ状態だ。もう避難するのは無理だ。何としても、こいつはここで叩くぞ」


 そう言ってオボロは、さらに力を込めて尻尾を引っ張った。

 しかし、グランドドスの体表温度はかなりの高熱。それは尻尾の先端とて例外ではない。

 オボロの肉体が焼けて煙があがっていた。……と、言うよりも周囲は猛火に覆われているため普通なら接近すら不可能な話なのだが。

 しかし、オボロは全身を焼かれようが手を離さない。


「ぬぐぐ……」


 高熱の空間ゆえに、さすがのオボロも苦悶の表情は隠せなかった。


(無理だ! 奴の体表は溶岩なみだ、焼け死ぬぞ。それ以前に、なんで生身のお前がそんな高温の中で生きてられる)


 男の言葉とは裏腹に、オボロはニッと牙を見せた。


「無理、無茶、痩せ我慢。それがオレ達の本業なりわいよぉ。だったらよぉ、こんな高熱あつさなんぞ上等だぜ」


 オボロの剛力により、みるみるグランドドスはクサマから引き離されていく。

 これにはたまらずグランドドスも前のめりになって踏ん張った。

 

「うおぉぉ! 小さいからって、オレを甘く見るなよ。以外とちっちぇ奴ほど激ヤバなんだぜ」

「バアオォォォ!」


 オボロとグランドドスの力は拮抗していた。両者とも一歩たりとも譲らない。

 もはやクサマは眼中にないのか、グランドドスはオボロとの引っ張り合いに没頭し始めた。


「ぐおぉ! でっ、オレはどうすればいいんだ?」


 と、オボロは全身に力を込めた状態でニオンの師に問いかけた。


(……なんて、馬力だ。ひとまずクサマの応急処置が済むまで、時間を稼いでくれ。それと、できたらでいいが奴の気を引いてくれ、その隙を突けば倒せるかもしれん)


 男はオボロの剛力に一瞬驚愕したあと、指示を伝えた。


「……任せておけ、ふんがあぁぁぁ!!」


 返答すると、オボロは力を有らん限り捻り出すため雄叫びをあげる。

 






 オボロが作ってくれた、その合間を見逃さずナルミはクサマに指示を出した。


(クサマ! 今のうちに機体の修復をして。応急処置でいいから、とにかく動けるように)

 

 懐中時計型声紋コントローラーから送られてきたナルミの命令。

 クサマは彼女の言葉に忠実に従い、機体内の超技術の結晶たる装置を機能させた。

 空中元素固定ユニット。

 大気や周囲の物質を原子段階まで分離、それを再構築することで物質を生成する超機密装置ブラックボックスである。

 クサマは、それを利用して駆動系の修復を開始した。

 損傷が激しいため、完全に修復するのは無理だろう。だが動けるようになるまでの修理なら、この場で十分に可能なはず。

 それまでは、オボロが時間を稼いでくれることを願うしかなかった。





「そろそろ、いいか。相手してやるぜ!」


 そう言ってオボロは、いきなりパッと手を離した。

 お互いとんでもない力で引っ張り合ってる状態から、手を離したのだ。どうなるかは分かっていた。

 オボロは後ろに勢いよく大の字に倒れこみ、グランドドスは顔面を地面に強打させた。凄まじい震動が周囲に拡散する。

 そして、顔を起こしたグランドドスは迷うことなく後ろに向き直る。

 それに合わせて、オボロも立ち上がりニヤリと笑みを見せた。


「バアオォォォ!!」


 オボロの様子を見て、グランドドスは咆哮を轟かせた。

 自分より遥かに小さな存在におちょくられたことに激昂したのだろうか、駆け出すと爪を振り上げオボロに目掛けて降り下ろした。


「おっと! あぶねぇ!」


 すかさずオボロは跳躍して、強烈な爪の一撃をかわす。

 降り下ろされた爪は、地面を砕き大地を震動させた。当たれば、オボロと言えどもただではすまない攻撃であっただろう。

 数十メートルの跳躍を見せたオボロは着地すると、挑発するような指をクイクイと動かした。

 オボロのその行為に、グランドドスはさらに怒りを膨らませ巨大な顎を開いた。そして放出されたのは四〇〇〇度にも及ぶ超高熱気化体であった。


「当たるかよ!」 


 オボロは再び大地が陥没する程の力で地を蹴り跳躍した。

 射出されし灼熱の熱風はオボロが立っていた地面を抉り土砂を巻き上げ、線上周辺の炭化した木々をなぎ倒した。


「もらった!」


 オボロはグランドドスの胴体を飛び越え背後に着地すると、再び尻尾に掴みかかろうと駆け出した。

 しかし、グランドドスも間抜けではない。

 オボロが後ろにいることを察知したのか、尻尾を大きく振り上げ大地を叩いたのだ。

 巨大な地鳴りとともに、土や岩が飛び散り、その礫のいくつかがオボロの肉体に被弾した。


「ぐわい! でででで!」


 絶え間なくぶつかる礫。

 強靭な体毛や皮膚により目立った損傷は受けなかったが、衝撃は内部に浸透するため痛いことにはかわりない。

 そして動きを止めたオボロの隙を狙ったように、グランドドスは集束火炎弾を打ち上げた。

 上昇した火の玉は瞬時に数百に分離し、雨のごとく降り注ぐ。


「どわわわわ!」


 オボロの周囲に着弾した小さな火炎弾は各々に爆裂し、強大な破壊力を持った爆風を発生させる。

 生身の存在ならひとたまりもない一撃であった。

 グランドドスはゆっくりと振り返り、敵の死体を確認するかのように真っ赤な目をギラつかせる。

 しかし死体を見ることはなく、煙の中から聞こえてきたのは咳き込む音であった。


「えっほ!……ごっほ! やってくれるぜ」


 普通の生物相手になら強力すぎるであろう攻撃も、超人の肉体には極端なダメージは与えられなかったようだ。

 しかし、今度はまともに食らったためかオボロの表皮の所々が裂け流血している。

 さらに内臓にも損傷を受けたのか、口と鼻からも血が溢れでていた。


「バアオォォォ!!」


 攻撃を受けてもなお倒れないオボロに苛立ったのか、グランドドスは地団駄を踏み地面を揺るがす。

 自分より遥かに小さな奴だと言うのに倒れない存在、それが許せないのだと言わんばかりに。

 そして、その激情に身を任せるように出鱈目に暴れまわった。

 超高熱気化体を吐いて周囲をなぎ払い、尻尾を振り回し、爪を何度も降り下ろす。しかし、それらは冷静さを欠いた攻撃であった。

 強力ではあるが予備動作が目立ち、百戦錬磨のオボロに当てるのは困難。

 彼の跳躍の前に全て避けられてしまう。


「へへ、短気な野郎だ。好きなだけ暴れろ」


 とは言え、オボロもグランドドスを倒すことはできないだろう。体格も体重も差がありすぎるため、オボロの攻撃は通用しない。

 ゆえに行動は回避だけになる。だが、それでいいのだ。

 グランドドスの気を引くだけで。


「眼中には、オレしか写らねぇようだな。おかげで、全部整ったぜ」


 跳躍していたオボロがまた着地する。そして、真正面からグランドドスに言い放った。


「やっちまえ、クサマ!」


 激昂していた火山のごとき巨獣の背後に、いつの間にか黒金色の巨人が回り込んでいた。  

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