灼熱巨獣の猛威

「す……すまねぇ……ユウナ様」


 腹部から血を流すドワーフが嗚咽混じりに言った。

 そして、そのドワーフの傷を手当する少女は彼を優しげな目で見つめ返す。


「もういいわ、何も言わないで。うっ……何も」


 ドワーフの図太い体に手際よく包帯を巻きながら、ユウナは肩に鈍痛を感じていた。

 グランドドスによる先の攻撃でおった負傷だ。

 鈍痛があるからにして、おそらく骨にヒビが入ってるかもしれない。ユウナは痛みをこらえながら、そう思うのであった。

 しかし、こんな痛みごときで萎えてる場合ではないのだ。

 グランドドスの火炎弾により、多くの負傷者がでてしまい、もはや避難どころではない状況であった。

 ケガ人を見捨てれば、自分や動ける者達は逃げ出すことができるだろう。

 しかし、そんなことできるはずがなかった。

 ユウナは治療しながら周囲を見渡す。


「……ぐうぅ」

「おい! 止血薬と包帯をくれ!」

「があぁ!」

「動くな! 腸がとびでる!」


 負傷者の呻きやそれを処置する者達の慌ただしい声が、あちこちから聞こえてくる。おそらく死者も出ているだろう。

 集落にいた全員が体に傷を負っている。無傷な者など、とある例外を除けば一人もいない。

 何とか体を動かせる者達が痛みをこらえて、ケガ人の処置に当たっている。そんな酷い状況だ。

 そして、集落の建物の多くは粉々になり、地面には小さめのクレーターがいくつも形成されている。

 それほど強力な爆発だったのだろう。

 それらの様子を見て、ユウナは顔をしかめる。

 ……一発の攻撃で、このありさまだ。

 たった一発の集束火炎弾で、この惨状は引き起こされたのだ。


「……くそ、まただ……また守れなかった」


 悔しげにユウナは歯を食い縛る。

 これでは王都が星外魔獣ガンダロスに襲われた時と同じではないか。

 ドワーフ達を守ることができなかった、それどころか一人も逃がすことができなかった。


「何も成長してない……何も」


 彼女の頬に悔し涙が伝う。

 魔族達を虐殺したときに誓ったはずだった。

 人々や国や自分を守るためにも、理想も夢も捨て去り、全てをやり直し、覚悟をきめて戦いに挑むと。なのに、何も変わってない。

 ユウナは自分の無力さに、憤りを感じるのであった。

 すると、手当てを受けていたドワーフが苦し気に口を開いた。


「すまねぇ……ユウナ様……ワシらのせいだ……ワシらがバカだった」 


 そのドワーフは血に濡れた髭をモソモソと動かし、どうにか会話を続ける。


「ワシのことは、いい……動ける者達をつれて、早く逃げてくれ」

「何を言ってるの!」


 彼の諦めたような物言いに、ユウナは活を入れるがごとく包帯をギュッと強めに結んだ。


「あなたの傷は内臓に達してない。致命傷なんかじゃない。だから、諦めるようなことを言わないで」

「だが、モタモタしてたら……あの化け物が来る」


 すると包帯を巻き終えたユウナは立ち上がり、赤く輝く灼熱の戦場に目を向けた。

 黒鉄色の巨人と高熱の要塞が、身構えながら向かい合っている光景がうつる。

 その戦場は集落からだいぶ離れてはいるが、戦う二体があまりにも巨大なため良く見えるのだ。

 様子から見るに、クサマとグランドドスは戦闘を開始する直前のようだ。

 いずれにせよ、グランドドスの進行を止めることはできている様子。

 しかし集落が助かったとは到底言えない。

 もしクサマが敗れたら、間違いなく自分達もろとも集落は踏み潰される。そして、そのまま北上されれば王都に到達するだろう。そうなれば、間違いなくメルガロスは滅びる。

 ……あとは彼等に委ねるしかない。

 戦えない自分に対してユウナは苛立ちを感じる。

 しかし今の自分にどうにかできるような相手ではないのだ。


「頼むぞ、オボロ」


 ユウナは誰にも聞こえないような小さな声をもらした。





「バアオォォォ!」


 お互い睨み合ったままの拮抗を壊したのは、グランドドスであった。その巨大な体に似合わぬスピードで駆け出したのだ。

 ものすごい勢いで走る火山のごとき巨獣は大きく口を開くと、クサマの左前腕部に噛みついた。

 そしてメキメキという嫌な音が響き、クサマの前腕の装甲がひしゃげ、徐々に亀裂がしょうじ始めた。

 すさまじい顎の力と強靭な牙であった。


「ン゛マッ!」


 クサマは、このままでは噛み潰されると思ったのか、食らいつくグランドドスを引きはなそうと右手で顎を抉じ開けようとする。

 しかし相当な顎の力なのだろう、クサマの剛力でもビクともしない。


「ン゛マッ!」


 そしてやむ無くクサマはグランドドスの下顎を右拳のアッパーカットで殴り砕いた。

 無論のこと顎を形作っていた黒い甲殻が砕けちる、しかしそれは避けられない爆風の洗礼を受けることを意味する。

 グランドドスの顎から脱出できたが、クサマはまた爆風を浴びるはめになった。

 甲殻の破損規模が小さかったためか、それほど強力な爆風は発生しなかった。しかし、クサマの巨体をよろめかせるには十分な圧力である。

 そして、その隙を狙ったかのように巨大な鞭がしなり始めた。


「バアオォォォ!」


 グランドドスは下顎の無い口から雄叫びをあげ、巨体を旋回させて、漆黒の甲殻で覆われた尻尾をしならせた。

 しなった鞭のごとき尾は音速を越えて、クサマに叩きつけられる。

 それは強烈な一撃、さらにぶつかった衝撃で尾の甲殻が砕けたため爆発のオマケつきである。

 巨大な尾による打撃と反応装甲による爆風の二重攻撃により、クサマの千トンを越える巨体が焼ける平原の上空を舞い大地に叩きつけられる。

 地を揺らしながら、そこらじゅうにクサマの装甲の破片が散らばった。

 しかし、それでもクサマは立ち上がろうとする。


「ン゛マッ!」


 クサマの動きが鈍くなっている。

 あれだけの攻撃を受け続けたため、衝撃や振動で駆動系に異常がでたのであろう。


「バアァ」


 動きを止めないクサマを見て、グランドドスは唸るような声をあげ、ゆっくりと歩みだす。

 クサマが死にかけとでも思ったのだろうか、グランドドスは荒々しい様子もなくクサマに接近する。

 そして灼熱の猛獣は、流れ出た溶岩が固まったことで復元された顎を大きく開いた。

 すると露になった口腔より高熱が放たれた。しかし火炎などではない。

 それは超高熱の気体。気化した岩石を口から収束放出する高熱蒸気の奔流であった。

 轟音とともに放射されし推定四千度の超高熱の気化体は、クサマに直撃し黒鉄色の装甲を赤熱化させながら、金属の巨体を吹き飛ばし転倒させた。






「クサマが!」


 破損していく痛々しいクサマを見て、ナルミは涙を流しながら叫んだ。

 超高熱気化体の直撃をまともに受けたクサマの胴体装甲は、今にも融解しそうなほどに真っ赤に輝いていた。


「どうすれば……どうすればいいの」


 クサマの危機的な状況に、ナルミは声をあげることしかできなかった。

 微塵でもいいから助力できればと思っても、生身である自分はグランドドスの超体温と火災のせいで近寄るなど不可能。

 しかし、だからと言ってクサマが単独でどうにかできそうな相手でもない。


(どうにか、動きを止めて隙をつければ……)


 慌てるナルミの頭に苦々しげな声が入り込む。ニオンの師も策が思い付かない様子であった。


(……せめて、戦える奴がもう一人いれば)


 と、その時だった。何か巨大なものが、ナルミの頭上を飛び越えていった。 

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