戻りし平穏と煩悩

 血肉がぜ、臓腑をぶちまける魔族の大虐殺が終わって二日すぎた。

 魔王も死に魔王軍も崩壊した、残党がいても魔族達はもはや巻き返すことは不可能だろう。奴等は、もう逃げ惑うことしかできまい。

 とは言え、全てが終わったわけではない。まだ、そう言った生き延びている魔族がいるかもしれないからだ。

 僅かな生き残りと言えど毒素を放出していることには変わりない、つまり一人でも存在している以上は大地が徐々に侵食されていく。

 最後の一人まで抹殺しないと、終わらないのだ。あとは、この国の奴等が虱潰しのようにやっていくしかないだろう。

 枯れ果てた魔族の領域は、今後はメルガロスの人々が調査するなどして管理に当たるはずだ。

 もう使い物にならない領域ではあるが、放置はしておけまい。

 ……それに宇宙からやって来た怪物どもが、どこに潜伏しているのか分からないのだから。





 ……いずれにせよ戦いは終わり、穏やかな日常が戻った。久々に気が抜けるわけだ。

 血生臭い日々から解放され、やっと精神的に休める。

 そして今、眼福としか言えない光景が視界に飛び込んできているのだ。

 濡れてツヤツヤした褐色のモチモチした柔肌、タプタプとした腹肉おなか、ムチムチした太股。

 俺の目の前でアサムが水浴びをしているのだ。ここはメルガロスの王都から少し離れた川の近く。

 六尺褌のような臀部露出しりまるだしの肌着一枚で水と戯れるムッチリした褐色の愛くるしい少年……あ、いや青年だったな。とても、素晴らしい情景だ。

 彼の股間部に目をむけると、小ぶりだが膨らみがあった。まごうことなき男だ。

 オボロ隊長の超巨根びんびんまると比べて、なんと可愛らしいことか。

 水浴びをするアサムのその姿は、並の女性を凌ぐほどに色っぽく、えらく可愛いのだ。

 ……いかん! いかん! 煩悩に支配されるな!

 俺は頭をブンブンと振り回し、理性を保とうとした。


「うおぉほほ!! いいよいいよ!」


 それに比べ、鼻息を荒くして俺の足下でチョロチョロと動き回る忍者娘くのいちは理性が崩壊していた。……いや、理性などあっさり捨てて本能で行動することにしたのだろう。つまり、考えるのをやめた状態だろうか。

 そして、さっきから幾度もシャッター音やフラッシュが発生している。その発生元はナルミが手にしている物だ。


「なあナルミよぉ、お前いったいさっきから何をやってるんだ?」


 足下ではしゃいでいる彼女の手には、ある物が握られている。それは日本にいた時にも目にしたことがあるものだ、それがこの世界にも存在するとわ。

 ……いやゲン・ドラゴンの技術にかかれば発明できるか。


「何って、見れば分かるでしょ。盗撮さつえしてるの! ぬほぉ!」


 最後の言葉は聞かなかったことにしておこう。

 彼女が手にしているのはインスタントカメラらしき物、撮ったその場で写真を見ることができるガジェットだ。


「ほら、見て見て!」


 早速現像された写真を俺に見せつけてきた。

 虫のようにちっちゃいが、怪獣の超視覚にかかれば問題ない。まるで顕微鏡のように見ることができる。

 ……うむ、綺麗な色の陥没乳首だな。お肉がついたぽっちゃりした子によくあることだ。

 ……いや! いかん! 煩悩に支配されるな!

 俺は、また頭を振った。


「ところでナルミ、なぜアサムの胸ばかりを写真におさめてるんだ?」

「これ胸じゃないよ、おっぱいって言うんだよ。あるいは、パイパイと呼んで」


 ……もう好きにしてくれ。


「アサムの体はどこも刺激的すぎるけど、あたしは断然あのプルンプルンしたおっぱいが好きなの!」


 と、隠しもせず堂々とナルミは宣言した。

 やはりアサムのことになると、この子は暴走してしまう。……いや、この子と呼ぶのは変か。ナルミは、こう見えて俺より一つ年上なんだよな。つまり、お姉さんである。


「もちろん、おっぱいだけじゃなく他も良いよ。タプタプしたお腹! プリプリしたお尻! ムチムチ太股! どこを触っても指が沈みこむほどに柔らかいの!」


 興奮しながら全てをさらけ出すようにナルミは言葉を紡ぐ。

 よくもまあ、本人の近くで言えるな。

 まあ、でもその素直さが良いところなんだろう。

 彼女の正直な性格は俺も好きだ。

 とにかくナルミが言いたいことは、アサムが可愛いくて、色っぽくて、どうしようもないということだ。

 まあ、それゆえに俺達はアサムの水浴びを見守っているのだから。俺達とは、ナルミ、ベーン、俺のことだ。

 ベーンは川の水に浸りながら、周囲をキョロキョロと見渡し警戒している。

 考えてもみろ、アサムを一人にしていたらどうなるか。たちまちに悪い女や男に誘拐されちまうだろう。そうなれば貞操の危機だ。

 実際、今現在そこらじゅうからけだもののごとき荒々しい息づかいが聞こえる。

 要するにスケベ心丸出しの連中が、草むらに身を潜めているのである。察する、この国の貴族令嬢達だろう。


「うーん」


 するとアサムが自分の腹肉を揉みながら、悩んでるような声を発した。

 そして、真剣な眼差しをナルミと俺に向けてきた。


「ナルミさん、ムラトさん、僕は少し減量ダイエットした方が良いでしょうか? 僕は皆さんと違い、運動神経も筋力ちからもないですし……それに、僕の種族は本来太らないはずなんですけど」

「ダメだよ!」

減量それをやってはダメだ!」

「オガァー!」


 不意なアサムの減量発言に、ナルミも俺もベーンさえも大声をあげてしまった。

 ダイエットしてはならない。それをしてしまったら、アサムの最大の魅力がなくなってしまう。

 皆、ムチムチタプタプしたアサムが好きなんだ!


「「「「いけないわぁ!!」」」」


 と、草むらからこぞって令嬢達が飛び出した。彼女達にも減量発言が聞こえていたのだろう。令嬢達もアサムのダイエットには猛反対のようだ。


「なっ! ここで何してるのぉ!」


 しかし、その結果ナルミに覗き見がばれてしまった。


「何って、それは観賞よ」

「褐色エロぽちゃ美少年の水浴びなんて、そうそう見れるものじゃないしね」

「ズルくなくって、あなた達だけそれを見ることができるなんて」


 手をワキワキさせて隠しもせず本心を語るスケベ令嬢達。

 正直に言うのは良いが、その言動はナルミの怒りに触れるのでわ。

 と、思った矢先ナルミの頭に青筋が立っていた。


「まったく、セクハラと言い、覗きと言い、この国の貴族はなってないんだから、ほんとにもう!」


 いやナルミよ、お前それ言えるのか?

 日頃からアサムの胸や腹を揉んだり、さっきまで盗撮してたりで。

 

「ベーン! 一掃して!」

「アゲゲゲ」


 ナルミの指示に従い、ベーンが何やら秘密道具を取り出した。それはメガホンとラッパ銃を組み合わせたような形状のもの。


「マ゛アー!!」


 そしてベーンは、その秘密道具を令嬢達に向けるとトリガーを引いた。

 するとラッパ銃もどきから高指向性低周波が投射される。


「グエーッ、なんか気持ち悪い!」

「……め、目眩がぁ!」


 低周波を受けた令嬢達は、一様に不快感を訴え始めた。


「オゲェー!!」

「グヘェー!!」


 そして吐瀉物をぶちまけて、その場に倒れこんだ。

 ベーンが使用している道具は不和ふわっきゅうと並ぶ嘔吐誘発武装ゲロぶきである、伝渡漏でんどろ下呂波げろっぱと言う物だ。

 低周波を発生させ、目眩や吐き気を催させ対象を無力化する携帯式音響兵器らしい。暴漢や小型魔物の撃退用にとベーンが開発した物だとか。

 そんなこんなのうちに、吐瀉物を吐き散らかした貴族令嬢達は一掃され動かなくなった。

 ……さすがに、やりすぎではなかろうか? 

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