闇に堕ちた剣士

「そのあと治療を施して、二日ほどで動けるようになった。……おそらく、あの時の石鬼せっきは隣国から逃げ出してきた個体だろう」


 ガスマスクの男はそう言って、ズリズリと足の裏で冷え固まった地面をにじった。そして背後に佇む青肌の美女に顔を向けた。


「……いや、あの。……殺しかけたんですか?」

「まあ、悪く言えばそうなるかもな。……ついついやりすぎてしまった」


 石鬼を仕止めた攻撃の巻き添えでニオンに重傷を負わせてしまったことを聞いて、女性は顔をややひきつらせた。

 それに対して男は反省するかのように返答した。

 そして話の続きを語り出す。


「あいつは、ニオンは一度たりとも鍛練や稽古から逃げようとしたことがない。普通なら何度か、弱音をはくなり、泣くなりすると思っていたが、それすらなかった。執念なのか強靭な意志なのか、あるいは狂気なのか。ただただ自己を鍛え上げ、実力を伸ばし続けた」


 そう言って男は、ニオンを鍛えあげた十一年分の記憶を思い浮かべた。

 強靭な肉体を養成するための高重力下での鍛練。強固な木刀を打ち合わせて骨を軋ませる手加減なき猛稽古。

 そうやって互いに汗を流し剣を磨いた。そして師弟同士の固い絆も信頼も芽生えていた。


「おれが、あいつに授けたのは剣術と知識だけ。あいつの強靭な精神は、ニオン自身が形成し育んだものだ。十年以上傍らで鍛えてやったが、それでもニオンの奥にあるものは分からなかった」


 そしてガスマスクの男は、また目線を地面に向けた。


「そして、ニオンが十六になったとき、あいつは正位剣士になるために選抜実戦試験に挑んだ」


 正位剣士の試験を受ける条件は、十六才以上、剣士の家系であること、剣術に優れること、そして一番重要なのが英力を持っていることであった。

 ニオンは条件の三つには該当している、しかし英力は保有していなかった。


「なぜ試験を受けることができたんです? 彼は英力を持っていないのに」

「身の程を分からせるために、試験官どもが敢えて参加を許したんだ。試合場で大恥をかかせて、見せしめにしようとしたんだろう」


 女性の問いに、男は呆れ果てたように返答する。

 試験は実戦方式で魔術も英力も許されている。一対一で戦い、最後に立っていたほうが勝利者となり合格となるのである。

 そして英力を持たない剣士が正位剣士の審査に挑もうと思ったのは歴史上ニオンだけであった。

 そんな三流剣士を、多くの面前で道化にしてやろうと試験官達は考えたのだ。無能力者に身の程を分からせるために。


「奴等は英力を持たぬニオンが勝てるわけがない、そう決めつけていた。だが、大番狂わせだ」


 その試合結果は試験官達にとって予期せぬことだった。

 ニオンの相手は高名な家系の少年であった。

 その少年は剣避けの英力を持っていた、さらに剣術も魔術も今試験随一とも言われる神童だった。

 しかしニオンは彼に剣が通用しないと分かるなり、攻撃方法を当て身に切り替えて対処した。

 体重二〇〇キロ以上のニオンが繰り出す当て身は神童をズタズタにするほどに強力であった。

 歯は全て欠損し、肋骨が飛び出し、右膝はへし折れた。才ある高名な少年は目も当てられぬ程に派手にされたのだ。


「結果から言えば、誰がどう見てもニオンの勝ちだ。だが御偉いさんがたは、それを認めなかった。無能の三流剣士が英力を持つ者に勝つなど有り得ない、何かの不正を行ったに違いないと一方的に決めつけてニオンを失格にしたんだ」

「……そんな、ひどい」

「ああ、まったくだ。そして家に帰ってみれば母親が死んでいた、外出中に父親が無理矢理に犯して死なせたんだ。それに激昂したニオンは親父の顔面斬りつけた。そして最終的に冤罪で自分を極刑にしようとしたメルガロスを半壊させた。……全てを失い、世の全てが敵に回った結果、ニオンは精神に異常をきたし剣の怪物となりはてたんだ。ある意味、その時にニオンの才覚が覚醒したのかもしれんな」


 それが剣豪でも剣聖でも剣鬼でもない、魔剣士の誕生秘話であった。

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