女王様現わる

 やはり、この少年は……いや、この男は慈愛の塊だな。

 子供のような純粋さを持ちながら、大人の真面目さ、聖母のような思いやり、それらを兼ね備えた青年。……見た目は少年とも少女とも、どっちつかずだが。


「大丈夫ですか?」


 意識が朦朧としている覗き魔の令嬢達を横に寝かせて、介抱にあたるアサム。嘔吐ゲボった、覗き魔達を優しく丁重に扱う彼の姿は尊い。

 吐いて意識がない奴は吐瀉物で窒息するおそれがある。アサムはそれを理解しているから、彼女達の身体を横にして寝かせているのだ。

 もしも、この世に天使が存在すると言うのなら、まさにアサムが適格だろうな。


「もう! アサム、そんな人達ほっとこうよぉ、アサムの体をのぞき見るなんて重罪だよぉ」

「そうはいきませんよ、ナルミさん。こんなところに放置したら」


 ナルミの気持ちも分からんではないが、アサムの言うとおり彼女達をほったらかしにはできないだろう。

 この女達もアサムの魅力の虜になり、我慢できず犯行に及んでしまったのだろうからな。仕方ない、とも言える。

 令嬢達が元気になるまでは、見ていてやろう。


「ぬわぁっ!!」 


 と、その時、川の近くに生えていた木から誰かが落下した。それはギリースーツのようなものを纏った女性だった。

 彼女も、のぞき魔だろうな。無論のこと、俺はこいつがギリースーツを着こんで木の中に隠れていたのは前もって知っていた。

 怪獣の超感覚にかかれば、その程度のカモフラージュなど無に等しい。


「まだ、いた!」


 姿を表した新たな犯人に制裁を加えようと、ナルミは懐から何かを取り出した。

 それは毒々しい紫色の球体、不和ふわっきゅうであった。


 「って、おいおい! ナルミ! そんなクッセー道具もんをここで使うな。大惨事になるだろう」


 俺は慌ててナルミを制止させるべく声をあげた。

 ナルミが手にしている道具はベーン特性の激臭薬と嘔吐剤ゲロぐすりを組み合わせた、凶悪兵器なのだ。

 扱い方を間違えると飛び散って、こちらにまで被害がでる可能性があるのだ。


「わぁー! まてまて」


 すると攻撃を受けると思ったのか、ギリースーツの女性が叫びだした。そして彼女はギリースーツを脱ぎ捨てた。

 その姿は額にバッテンの傷跡がある美女であった。

 うむ、この人は……。


「メリル女王様、なぜここに?」


 それは紛れもなくこの国の頂点、女王様であるメリル様であった。

 

「ああ、お前達に個人的に礼を言いたくてだな。特にアサムには命を助けられているからな」


 とは言うが、彼女の片手には上等なオペラグラスが握られている。

 間違いなく女王様もアサムの魅惑のムチムチを拝みに来たのだろう。

 この英雄の国の偉大なる統治者ではあるが、欲求には忠実な普通の女性だと言うことだな。


「女王様、血がでてます」

「落ちたときに、切ったのだろう」


 ふと、俺は彼女の右前腕部から血が出ているのを発見した。さっき木から落下した時に枝で引っ掻いたのだろうな。


「大丈夫ですか、メリル様? 見せてください」


 すると腕を負傷した女王様の元にアサムが歩み寄って来た。

 彼はそのプクプクした小さな手で、そっと彼女の腕に触れた。

 アサムに触られているのが嬉しいのかメリル様のお顔緩んでいる。

 

「今、治療しますね」

「あ、いや、大丈夫だアサム。この程度のケガに魔術など要らぬ、包帯でも巻いておけ……」


 アサムが治療を開始すると、女王様が突如言葉を失った。

 なぜ彼女が言葉を失ったのか、それはアサムが行っている治療法に原因がある。

 アサムが彼女に施している癒しの方法は魔術によるものでもなく、医療器具も使わないものであった。


「……ア、アサム……お、お前」


 女王様が顔面を真っ赤にして、目を見開く。

 アサムが何をしているのかと言うと、彼女の傷口を優しくペロペロと舐め回しているのだ。

 その光景だが、なんとも刺激的である。 

 アサムは柔らかく温かそうな舌で何度も女王様の傷口を舐め回す。

 実は半妖精ハーフフェアリーの唾液には細胞賦活作用があり、小さなケガくらいなら舐めるだけで塞ぐことができるのだそうだ。


「……あぁん、もうズルい」


 その治療行為をナルミは羨ましげに見ている。

 なお、この癒しの力が公に広まったとき、ゲン・ドラゴンの女性達が自傷行為を行いアサムのもとに駆けつけると言う、ちょっとした問題があったらしい。


「はい、終わりましたよ」


 透明な糸を引かせながらアサムは女王の腕から口を離した。

 もはや、その人格、容姿、能力等と言い彼は癒しのための存在としか言いようがないだろうな。

 ナルミだけでなく、俺だって羨ましくなるぜ。

 するとメリル様は身体をフルフルと震え出させ、茹でダコのように真っ赤になった。


「……ア、アサム……お前、何をしたか分かっているのか?……女王の……腕とは言え……身体を舐めるなど」


 ブツブツと何かを呟くメラルダ様。おそらく理性が壊れたのだろう。


「我が人生の伴侶となれ! お前が成人であることなど、知ってるんだぞ! おごわぁぁぁぁ!!」

「ちょっ! まってくだ……」


 野獣のごとき咆哮をあげたメリル様はアサムに飛び付く。言うまでもなくアサムは並の女性よりも力がない、あっさりとメリル様に押し倒された。

 暴走した女王が褐色天使の貞操を犯し尽くさんとしている。これ以上はさすがに危険と考えたのだろう、ナルミとベーンが乱入した。


「ベーン!! そこら辺の棒切れで女王様の頭を殴って! 落ち着かせないと!」

「アヒョー!」


 こんな状況でも俺は眺めることしかできん。歯痒いものだ、デカすぎるがゆえに何もできんとわ。






「これから大変だろうな」


 と、俺の頭の上でメリル様は半壊した王都を眺めながら呟いた。

 真剣な口調だが、彼女の頭にはたんこぶができている。やっとのことで、彼女は理性を取り戻し正気に戻ったのだ。


(しばらくの間、隊長とナルミとクサマはここに滞在するそうですね)


 俺は声に頼らない思念の言葉を女王様に放つ。やっと、この能力の制御ができるようになった。

 成長したことで、新たに会得した精神感応のような能力。

 どうやら思考を波動のようなものに変換して脳間で送受信しているようだ。応用すれば対象の思考だけを一方的に読み取る読心のようなことも可能だ。

 しかし人同士の関わりに問題を起こしかねないので、読心能力の使用には気を付けなければならない。


(ムラト、お前、念話がつかえるのか? しかし竜は魔力を持っていないだろう)


 メリル様の返答の思念が、俺の脳内に響き渡る。


(魔術に頼らない思念の言葉ですよ、女王様)

(……この力も、科学か何かか?)

(ええ、おそらくそうでしょう)


 俺も怪獣も物理を無視することはできない。ゆえに保有してる超常能力もどきには必ず何か原理があるはずだ。

 おそらく現代の自然科学では理解できないような高度な原理によるものだろう。


(ところで隊長達は今何を?)

(オボロは仲間達の墓標がある森に行っている、血の色に染まった襟巻きを埋葬してくるそうだ。ニオンは実の家に帰ってる、今ごろ邸の従者達と再会を喜んでるだろうな)


 あの二人は、やっと過去に決着をつけることができたようだ。

 隊長は仇を討ち、副長は冤罪を晴らした。これで二人の心の中にあったわだかまりも払われただろう。


(今後、我々は英雄と言う立場を捨てて普通の人として生きていかなければならない。権威の崩壊、王都の復興、そして星外コズミック魔物ビースト。……問題は山積みだし、不安もつきん)


 と、ため息をつくように彼女は項垂れた。


(しかし、その苦難を受け入れ対峙するしかありません。だが絶望視することはありません。俺達は貴女方を見捨てたりはしません)

(……ありがとうムラト。そして、すまない、助けてもらってばかりで)


 星外魔獣は現状の人類では太刀打ち不可能な存在。それに関しては、俺達石カブトの役割だ。

 そして彼女達はこれからは英雄ではなく、普通のどこにでもいる人として生きて、あらゆることと対峙していかなければならない。

 魔族が崩壊した以上、英雄もまた消えるしかないのだ。

 英雄がもっとも恐れるのは、宿敵の根絶なのかもしれない。正義と悪は捻れた共生関係であり、悪が無くなれば正義も無くなる。

 つまり正義は悪に寄生しないと生きていけないのだ。

 ……それに、俺達も楽観はできない。

 この地域に潜んでいるであろう二体は魔獣ではなく超獣なのだから。副長いわく、単独で惑星ほしを滅ぼすほどの力を有するらしいが……。

 そんなことを考えながら足下近くにいるアサム達の様子を眺めた。

 アサムが真面目に令嬢達の介抱するなか、ナルミとベーンは木の枝で令嬢達をつついて遊んでいた。

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