間章・避けられぬ現実
草木が一本も存在しない荒れ地の上空を、フラフラと疲れたように飛行する集団があった。全員が力なく項垂れていた。
空を飛んでいる時点で、彼等が人間でないのはあきらか。彼等には魔族であることを象徴する角と翼がはえていた。
……どうして、こんなことになったのだろう?
そう思いながら、集団の中にいる一人の十代前半の容姿をした少年の魔族が歯を食い縛った。
自分達がこうなった理由は、メルガロスの連中が突如として魔族の領域に入り込み虐殺をしていると言う、情報が伝わって来たためだ。
それから逃れるため自分達は難民のように惨めに逃げているのだ。
魔族とメルガロスの戦いは千年も前から幾度も勃発していたそうだが、歴史上魔族に対する虐殺など一度もなかった。
だが今回はメルガロスの様子が違うのだ、根絶やしにするが如く街や村の隅々まで探し焼き払っているのだ。
「少し休もう」
そう言ったのは、一団を仕切っている女性であった。
故郷から不眠不休でここまで来た、魔族ゆえに肉体は強靭だがさすがに限界はある。
一団を仕切る若い女性に従い、魔族達は大地に降り立ち、一様に腰かけた。
ほとんどの者が疲労しきっており、青ざめていた。今回のことが、あまりにもショックだったのだろう。
「くそ! なんで、こんな目にあわなきゃならないんだ!」
少年は強く拳を握り締め地面を殴り付けた。怒り、屈辱、それらの感情をぶつけるように。
「落ち着いて。騒いでもどうにもならないわ。とにかく、今は逃げるのよ」
一団を仕切る若い女性は、その少年の気持ちを落ち着かせようと声をかけた。
しかし少年は感情を隠そうともせず、女性を睨みつける。
「逃げてどうなるんだよ? オレ達は魔族だ。ここ以外に安住の場所なんてあるのかよ!」
彼の言う通りだろう。自分達は世界を支配せんとする種族。
軍に所属してないただの魔族とは言え、どの国家から見ても自分達は敵性種族としか認知されない。なら、逃げた先に居場所などあろうものか。
返答に困りながらも、女性は口を開いた。
「居場所があるか分からないけど、私達は生きている。どんなに惨めであっても、今は生き延びることを考えるのよ」
「……くそう、こんなことになるんなら転生なんかしないでほしかった」
少年は涙を一滴溢して、顔を膝にうずめた。
「そうなの、あなたも転生者なのね」
女性は、そう言って少年の傍らに腰かけた。
魔族は別の世界からやって来た存在である転生者と、現地で魔族同士の間に生まれた者とに分けられる。
そして二人は前者であった。
「私はね、アニメとかゲームとか漫画みたいに、夢にまで見た異世界スローライフがしたくてね、神様の話に乗っちゃったの」
「……オレは気がついたら、この世に転生してた」
そして転生者も二つに分けられる。
神に勧誘され自己の希望で転生した存在と、今や生死不明となっている現魔王ルキナが超常の力を用いて彼女の独断で転生させられた存在とに。
女性は前者で少年は後者であった。
「笑わないでよ。私ね、交通事故で死んじゃったの。そしたら、いつの間にか光だけの空間にやって来ていてね、そこで神様に、転生するか、死の世界に行くか、問われてね」
「……あんた、魔王様に転生されたわけじゃないのか。いつからこの世界に?」
女性の愉快そうな口調を、うっとおしげに感じながらも少年は返答した。
「先代の魔王様が存命していたときよ。当時の戦いも凄まじかったって聞いてるわ。なんせ最高の勇者と最強の剣聖がいたからね。でも戦争なんてものは知らない、私はただの民間人だから」
「……オレは知っている」
楽しげに語る女性とは違い少年は重苦しげに言った。
「オレがいた世界は、この世界に少しにている。だがオレがいた世界にはレベルとステータスと言う個人の能力を数値で示すものがあった。オレの能力はどこにでもいるような平凡なものだった」
少年はうずめていた顔をあげると、空を見上げた。思い出したくもない記憶が彼の脳内を埋め尽くす。
「あるとき、いきなり戦いが始まったんだ。軍隊だけじゃなくオレ達みたいな民間人まで巻き込む酷いものだった。……そして家族もオレも死んだ。最後に覚えているのは、妹の体がバラバラに吹っ飛ぶ瞬間だった」
少年は表情を歪ませた。あの時の光景が夜な夜な悪夢として現れることがあった。
妹が無惨に飛び散る、あの光景が頭を離れないのだ。いや、忘れてはいけないだろう。
……だが思い出す度に心を抉られる。
黒と赤を基調とした五十メートルはあろう巨人が無数の光球を降らせて家族を自分を、そして妹を消し飛ばした光景が。
「……はっきり言って、転生してくれたことに感謝なんかしていない。……あのまま、おとなしく死なせてほしかった。……この世界には家族も、守るべき妹もいない。……こんなところにつれてきて、オレに何をしろってんだ」
少年はただ泣き叫ぶことしかできなかった。
彼は転生して人生をやり直したいなど思っていなかったのだ。欲しかったのは苦痛のない静寂なのだ。
ここには仲間はいても、本物の家族も居場所もないのだ。
あのまま人として死にたかったのだ。
そして少年は心の中で慟哭した。
すると少年の手がギュッと誰かに握られた。
「ごめん、私とんでもない勘違いしてた」
女性は少年の手をしっかりと握り、悲しげな表情をみせた。
誰しも好き好んで転生してきた訳ではないのだ。
自分の考え方があまりにも幼稚だったことに女性は反省するのであった。みんな人生をやり直して、王道的な展開を望んでいるものばかりと思っていたのだ。
そんな彼女を少年は見つめた。
「いや、いいよ。全てを話して、少し落ち着いた」
たしかに人として死にたかった。
だが今は彼女の言うとおり、今の自分の人生をまっとうすべきだろう。
この世界で自分は生きているのだから。
「妹に、ちょっとにてるかな」
「……えっ、私が?」
「明るくて、可愛げがあるところが」
「もう!」
少年の言葉に女性は赤面した。
彼の妹にはなれないけど、支えになれるかもしれない。一瞬だが、女性はそんなことを考えてしまった。
しかしその時、休養していた魔族達はいきなり巨大な影に覆いつくされた。
魔族達は何事かと一斉に上を見上げた。そして、そこにいたのは機械仕掛けの巨人であった。
クサマは上空から目標を見下ろしていた。
その目標は、逃亡中の魔族達。ニオンから魔族は、見つけしだい抹殺するように指示をもらっている。
「ン゛マッ!」
駆逐対象を確認したクサマは特有の音声をならし上昇した。
そして、なんらためらいなく十指に備わる機関砲を放ったのだ。
弾一発一発が巨大で初速は超音速に達する。砲弾からは衝撃波が発生するため、かすっただけでも命はないだろう。
そんな砲弾を雨の如く魔族達向けて降らせた。一瞬にして多くの魔族が血霧となり土煙と交わる。
そして今度は巨大な肩部のカバーを展開させた。
開かれた両肩には合計十六門もの誘導弾発射口が並び、そこから地表に向けて無数の誘導弾が発射された。
誘導弾は寸分狂うことなく、魔族達が休息していた位置を直撃し爆炎を巻き上げた。そして黒煙が周囲を包み込む。
機関砲と誘導弾の洗礼を受けた地面には、いくつものクレーターが形成されていた。
魔族達を確実に仕止めるための、わずかな間の猛攻撃であった。
全て片付いたかに思えた、しかし。
「ン゛マッ!」
何かを感じたのか、クサマはゆっくりと降下し地面に足をつけた。
そして見つけたのだ。
「う゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」
慟哭しながらクサマの巨体を睨み付ける魔族の少年を。
あの衝撃と爆炎の中で運良く生き延びれたのだろうか。
少年は全身から血を流し、怒り狂った表情でクサマを見上げる。そして彼は何かを掴んでいる。
それは根本辺りからちぎれた魔族の腕であった。
誰の腕かは分からない。しかし、そんなことはどうでもよいのだ。
「ン゛マッ!」
クサマの仕事は魔族の根絶。
いちいち魔族の行動など気にしている場合ではない。
クサマはメカではあるが、人並みの意志を持っている。だからこそ任務には真面目なのだ。
クサマは虫を潰すが如く、叫び声をあげる少年を踏み潰した。
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