殲滅の毒

 千年にも渡るメルガロスと魔族の関係が終わろうとしていた。

 メルガロスは世界を守るため魔王と戦い、そして慈悲深き英雄であるべく、戦意のない魔族達には危害を加えなかった。

 そして魔族達は魔王が転生してくるごとに世界を手に入れるべく、英雄達に幾度も戦いを挑み続けてきた。

 そのサイクルが英雄の伝説を作り上げたのだ。

 しかし、その伝説はもう終演にいたろうとしている。もう終わらさなければならないのだ。

 毒素をばらまく魔族をこれ以上放置しておけば、取り返しのつかないことになるからだ。

 さらには転生者である魔族達が別世界の知識を活かして作り上げた独自の科学技術で呼び寄せてしまう宇宙生命体という危機もある。

 もはや、魔王退治や偉大なる英雄などと言っている状況ではないのだ。

 世界と共存不可能な魔族は全て殲滅しなければならない。

 ゆえに魔族達の領域の至るところで悲鳴が響いていた。

 ある街は巨大な竜のごとき怪物に踏み潰され、ある村は機械仕掛けの巨人の火器で吹き飛ばされ、逃げ惑う魔族達は英雄の国の騎士達に殺戮されていく。

 ……しかし、それで死ねた魔族達は、まだ幸せだったかもしれない。





 うっすら曇り空の下、最後の目標である魔王のみやこは巨大なドーム状の防御壁に覆われ、さらに門も閉ざされていた。

 しかし、それは都市防衛のために魔族達が行使した魔術ではない。それは魔族達を閉じ込めるための防御壁であったのだ。

 門に群がる何人もの魔族達が半透明の強固な壁を手で叩いて声をあげていた。


「な、なんだこれは?」

「防壁の魔術みたい」

「くそ! いったいなんなんだ? なんでこんなものが?」

「これじゃあ都市の外に出られない」


 魔族達は混乱状態になり慌てふためく。どんなに叩いても、自分達を覆い尽くす壁はビクともしない。

 その時だった、至るところから呻き声が上がり始めたのは。





 魔王の都市の南門付近、勇者一党の一人である賢者ヨナは震えながら門に群がっていた魔族達の様子を見ていた。

 魔族を一人も逃がさないために、都市を魔術で閉ざしたのは彼だった。

 しかし、やったのはそれだけだ。それなのに、なぜこんなことがおきているのか?


「……ち、違う……ぼ、ぼくは……ただ防壁の魔術を……使用しただけ」


 ヨナは取り乱しながら半透明の壁に閉ざされた門に群がる魔族を見つめた。

 魔族達が口からあぶくを吹き出しながら、もがき苦しんでいるのだ。相当に苦しいのか、喉を引っ掻き回している。

 やがて吐瀉物と尿をぶちまけ、倒れてビクビクと痙攣のような症状を表し始めた。

 防壁で魔族達の声は聞こえないが、もの凄い苦痛の声が響いているのは理解できる。


「……ぼくは、ただ魔族達を閉じ込めただけ。それだけのはずなのに……」

「内部にベーンが潜入している」


 狼狽えるヨナの下に、ズシンズシンと地を揺らしながら巨体が近づいてきた。そして、それはヨナの隣で止まった。

 ヨナは隣に佇む巨大な存在を見上げて声を震わせた。


「お、オボロさん。……いったい何が?」


 それは、山のような筋肉の塊で、見るもの全てを威圧するような超人であった。


「ベーンが都市内に潜り込んで、化学兵器神経ガスを散布しているんだ。呼吸を止めても、体表から吸収されるから防ぐ手段はない」

「……毒ガス?」

「そうだ、神経伝達物質の伝達を阻害して対象を殺める。効果は見ての通りだ、呼吸困難、痙攣、そして最後に窒息死する」


 冷静に語るオボロに、ヨナは青ざめる。


「こんな物を使用するなんて……あなた達は……こんなことをするために、ぼくに防壁をはらせたんですか?」

「そうだ、なにか問題でもあるのか? 魔族どもを一網打尽にできるし、建物を破壊せずに占領できるからな。魔族達を殲滅したあと、都市の中を調査しなきゃあならねえ。だから、どんぱちやるわけにいかねぇのさ」


 今、魔王の都には宇宙生物を呼び寄せた高度な技術力で造られた、機械か装置があるかもしれないのだ。オボロ達の任務は魔族の殲滅と、それを探ることであった。

 それゆえに都の破壊を避けるために、毒ガスでの殲滅を決めたのだ。


「だからってこんなこと!」

「魔術に集中しろ! 死にてぇのか!」


 反論しようとしたヨナに、オボロは一喝をいれた。

 オボロが叱るのも仕方ないことである。今、都内に充満している神経ガスは、ベーンが生成した極めて強力なものなのだ。

 もし迂闊に集中を乱して防壁が消失した場合、ガスは一気に周囲に拡散してしまう。

 それだけヨナは重要かつ危険な役割をまかせられているのだ。

 オボロの気迫に負けたのか、ヨナは慌てて口をふさぎ魔術に気を向ける。

 そしてヨナの隣で、オボロは小さく言う。


「いいかよく聞け、今まかれてるガスは化学的に不安定な物質だ。散布後しばらくすれば効果がなくなる。それまで魔術に集中するんだ。お前も魔族と同じ死にかたはしたくないだろう」


 オボロのその言葉を聞いたヨナの背筋が凍りつく。

 絶対に彼等を敵に回してはいけない。全身の細胞がそう訴えかけてるようだった。





 それから小一時間程しただろうか、門に群がっていた魔族は、すでにピクリとも動かなくなっていた。

 しかし、そんな空間の中で唯一生命活動を続けている存在があった。

 魔族の遺体を掻き分けながら門に姿を見せたのは、真ん丸目をした陸竜であった。

 その陸竜は中に入るよう告げているのか、器用に指をチョイチョイと動かしていた。

 防壁越しにそれを確認したオボロは頷いた。


「ようし、もう大丈夫だ。魔術をといていいぞ」


 その言葉に従い防壁を解除するヨナ。そのとたんに膝をついた。


「……ぼくは、何を」


 魔力を消耗して疲労したから膝をついたのではない。何かとんでもないことをしてしまったのではないのかと、思ったからだ。人として、やってはいけないことをしでかしてしまったと言う。

 ヨナは門の中で倒れている魔族達に視線を向ける。

 そこで息絶えてるのは魔王軍ではない、ただの魔族。人で言えば民間人。言うなれば、戦いに関係のない生命を殺めた。

 魔族は人間ではないにしろ、自分と同じように意志があり、痛みも感じ、喜びもすれば悲しみもいだく、限りなく人に近い生き物。


「こんなこと許されるのでしょうか?」


 ヨナはそう言いながら、オボロの巨体を見上げた。

 毒ガスをまいたのは自分ではないが、都市に閉じ込めたのはヨナ自身の魔術によるもの。なんとも言えぬ罪悪感に襲われる。


「許されるもなにも、こいつらを放置しときゃあメルガロスは滅びるぞ。お前、まだ現状が分からないのか? 魔族どもは人間じゃねぇ、ただの有害物質だ。そんな奴等に法的だの人道だのあるわけねぇだろ」


 オボロは躊躇う様子もなく、ヨナに返答するのであった。  

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