勇者は死んだ

 魔王のみやこを覆い尽くしていた魔術の壁は解除され、門を隔てるものはない。

 しかし門の通路には魔族の死体がいくつも転がり足の踏み場がなかった。


「しょうがねぇな、ベーン手伝ってくれ。魔族どもを掻き出すぞ」

「ペゲェ」


 通り道を作るため、オボロとベーンはさっそく魔族の死体の片付けを始める。

 オボロはゴミでも掻き出すように、魔族の死体を乱暴に次々と門の外に放り投げ始める。オボロの怪力で投げ捨てられた魔族は軽々と宙を舞い、ドサドサと次々に大地に落下していく。

 そして、ベーンはその放り出された死体の角を掴んで、雑に引きずって一ヶ所に集めていた。

 しばらくすると、門から少し離れた位置に大きな死体の山が形成された。

 その死の山に近づきヨナは魔族達の表情をうかがった。


「こんなやり方……よかったのかな……これで」

 

 魔族達の死に顔はひきつり、首や胸には引っ掻き傷がいくつもある。あまりの苦しさに、掻きむしったのだろう。

 ヨナは自分の行いが分からなくなっていた。

 本当に魔族達をここまで苦しめて殺す必要があったのだろうか?

 やったことは、けして間違ったことではないかもしれない。しかし、人として許されぬことをしたのではないか? と言う思いもあった。


「まだ迷いがあるのか?」


 そう言って死体の山に歩み寄ってきたのはオボロであった。

 魔族を退かし終えたのであろう、門の通路にはもう邪魔になるものはないようだ。


「お前は、なぜ戦っている? 英力と言う紛い物の力を振りかざし、味方も敵も助けて、お優しく誇り高き英雄と称賛されたいがためか。それとも、覚悟をきめて地獄の果てまで戦うのか。しっかりとした答えはあるのか?」


 オボロはヨナに詰め寄り厳しい目付きで見下ろす。


「……ぼ、ぼくは」

「もしも理想と栄光を選ぶなら、このメルガロスから出ていけ。もうこの国に英雄など必要ない。これから必要なのは、腹を括って躊躇わず戦う連中だけだ」


 それを聞いてヨナは黙りこんでしまう。

 そして家族や故郷の人達のことを思い浮かべた。

 自分に魔術に関する英力がいくつも発現し、国から賢者に任命された時は、みんなが涙しながら喜んでくれた。

 両親は「歴史に名を刻むような、立派で慈悲深い賢者になってほしい」と言っていた。

 そして両親の期待に答えるように、魔術の修練に没頭した。いつか歴史に残れる賢者になれると、心を踊らせていた。

 だが、もう自分はそんな理想の姿にはなれない。無抵抗の魔族を惨たらしく殺す手段に協力したのだから。そして現実と言う絶対的存在が英雄を必要としていないから。

 この現実を生きていくには目の前の巨漢が言う通り、躊躇せず戦い続ける修羅になるしかないのか?


「……それでも、ぼくは」


 ヨナが何か言おうとした時、突如巨大な影に覆い尽くされた。


「おっ! 来たか」


 そう言って上空を見上げるオボロ。

 二人の頭上に現れたのは黒鉄色の巨人であった。それほどの巨体でありながら自由に空を飛び回るクサマは、彼等から数十メートル離れた場所にゆっくりと着地した。


「まったく、どういう原理であんなデケェのが飛行できるんだか。分かりゃしねぇぜ」


 オボロはそう言葉をこぼしながら、クサマを見上げた。

 四メートル半を越えるオボロも十分巨体だが、クサマは三十五メートルと桁が違う。

 そして、この度を越した超技術で建造された巨人を理解できるのは、たった一人だけ。その男がクサマの掌から飛び下り、地面に優雅に着地した。

 白い軍服に、美しい銀髪、整った顔立ち、長身、文句の付け所がない美青年であった。


「よう! ニオン。待ってたぜ」

「隊長殿、話があるのですが」


 明るく声をかけるオボロとは真逆にニオンは真剣な表情だった。


「……ひとまず、中で話そうぜ。見てのとおり、どこも壊しちゃあいねぇからよ」

「分かりました。その前に……」


 ニオンは魔族の死体の山に視線を向け、クサマに指示を告げた。


「クサマ、殲滅火炎砲ほうしゃかえん

「ン゛マッ!」


 クサマは死体の山に右手を向けると、手首のあたりから高熱火炎を放射した。一瞬にして魔族の死体は三千度の業火に包まれ、勢いよく焼かれていく。


「魔族の亡骸をこのままには、しておけません。早めに焼却しておきましょう」

「そうだな、臭くなるまえに処理しとかねえと。中にまだまだあるだろうが、その焼却はムラトが到着してからにするか。そんじゃ行くか、ニオン」

「はい」


 オボロはニオンを連れて門を潜ろうとした。しかし足を踏み入れる寸前に「ああ」と何かを思い出したかのように声をあげ、ヨナとベーンに向けて振り返った。


「お前等は先に帰ってろ、ムラトが到着しだいここを滅却するからな」


 そう言って、地を揺らしながら門を潜り抜けた。





 オボロとニオンが都市内に入ってから十分程しただろうか、魔族の山はまだ完全に燃え尽きていない。生物の体は水分が多いため燃えずらいのだ。そして異臭を放っていた。

 その燃え盛る魔族達をヨナは悲しげに見つめる。


「……ぼくは、ただ伝説的な英雄になりたかった。それだけなんだ、けして好きでこんなおぞましいことを……」 

「随分と腑抜けたことを言うのねヨナ」


 背後から聞き覚えのある声が響いた。その声が誰なのか理解したヨナは、やや安心したように振り返る。


「ユウナさん……」


 しかし、振り向いたヨナの声が詰まった。

 たしかに目の前にいるのは、ともに魔王を討つ運命を持っていた仲間で、勇者の名を持つ少女だ。

 しかし、そこにいるのは勇者の彼女ではなかった。

 ヨナは、おもわず尻餅をつく。


「……あ、あなたは……誰ですか?」

「何ふざけたことを言っているの、ユウナよ。パーティを組んでいたじゃない」


 明るく優しげだった勇者の少女は、そこにはもういない。その瞳には冷血と狂気が潜み、全身には乾いた血が大量に付着している。それは修羅か魔人を思わせる姿だった。

 そして彼女の後ろに佇むメルガロスの騎士達も、ユウナと同様に目付きが変貌し、血の臭いを漂わせていた。


「ユウナさん、いったい何が? 何があったんです」

「何って、魔族を殲滅していただけじゃない。片っ端から街を潰してきたのよ。……一人残らずね」


 そしてユウナは燃えたぎる魔族の山に冷たい視線を送る。


「これで、おおかたの魔族は殲滅できたはね」

「ユウナさん、あなたは何をしたんですか……」


 震えるヨナの声を聞いて、ユウナは彼に目を戻した。


「言ったじゃない、街にいた魔族を全て殺したのよ。瓦礫に潰された子供の頭を踏み砕いて、妊婦の腹を切り開いて中の赤ん坊をくびり殺した。殺す理由はあるけど、生かしておく理由はないから」

「……ユウナさん、あなたは誰もが憧れる勇者になりたいって、そう言ってたじゃないですか」 

「ヨナ、まだあなたは現実が見えていないの? それに勇者ユウナは死んだわ。今ここにいるのは、戦うことに迷いを捨てた私よ」

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