超人との出会い

 自分のせいではあるが、ニオンが起こした五年前の血みどろの災厄のことを、メリルはしっかりと頭に焼き付けている。

 勇者一党がニオンに敗れた後、城を脱出したその最凶の剣士に追っ手を送り続けた。

 国外にことの内容が漏れれば国家の威厳は損失しかねないため、何としてもニオンを消そうと必死だったのだ。

 しかし、相手が規格外すぎた。

 たった一人の剣士を倒すために正位剣士しょういけんし約二百人を出陣させたが全滅し。

 最後の頼みとして史上最強の剣聖までも駆り出したが、結果は惨敗。剣聖は片腕と聖剣を失う結末となった。

 ……結局、攻略不可能なすすべなしとなり、ニオンの討伐は断念するしかなかった。

 そして、その被害は甚大であった。国に残された力はごくわずか。事実、メルガロスの戦力は壊滅状態と言っても差し支えないほどに。

 最高の勇者一党、史上最強の剣聖、最多数の正体剣士しょういけんし

 当時のメルガロスは最盛期だったにも関わらず、ニオンよって蹂躙されたのだ。

 そして、その内容を隠蔽するため英力を用いて人々の記憶を操作して、全てを作り変えたのだ。英雄達の存在を守るためにも。

 しかし、それで問題が解決したわけではない。ニオンの存在も放置しておけないが、この消耗しきった状況でこの後どうするかであった。

 もし、この状態で新たな魔王が現れようものなら、対処できるわけがない。

 戦力を再び整えるにも、かなりの期間が必要になる。

 そんな深刻な状況ゆえに、メリルは混乱して泣き叫んでいた。


「いったいどうすればいいの? こんな状態で、新たな魔王が出現したら……どうすることも。それに……今は」


 実は当時、メルガロスは魔王以上の脅威に見舞われていた。

 神のごとき獣、三道魔将の一角である空帝ジズが辺境で猛威をふるっていたのだ。

 神出鬼没の未知の生命体で、その正体は今だに不明。

 ただ魔王を遥かに凌駕する力を持っているのは確かで、一度英雄達を派遣したが戦略的撤退をするはめになった。

 ……だが、とある報告が彼女のもとに飛び込んできた。

 その神の獣が撃退されたと言う報せが突如とどいたのだ。

 朗報のようにも思われたが、悪い知らせでもあった。

 何故ならば、その偉業を成し遂げたのが毛玉人のみで構成された集団だったため。

 英雄達でも撤退せざるえなかった存在を、亜人と呼んで蔑んでいた者達がやってのけたのだ。

 このままでは自分達の立場がなくなる。そう思い、メリルはすぐさまに交渉にうってでたのだ。





 空帝ジズを撃退した傭兵達の首領は激戦の傷が癒えぬ前に、無理を言われて城に招かれた。当然極秘にである。


「オレ達が成し遂げた功績をよこせだと!」


 三メートルはあろう巨体が、メリルを見下ろしながら叫ぶ。

 その強靭な肉体には、今だに生々しい傷があり、血で濡れた包帯が巻かれている。そして、凄まじい死の臭いが染み付いていた。


「たのむ! 譲ってくれ! 金でも、貴重な武器でも、何でも与えるから……なんなら女王である私の体でもかまわない! ……お願いだ! 頼む!」


 メリルは地面を舐めるように頭を床に擦り付けた。

 巨体の毛玉人は、そんな彼女を見下ろし大きな牙を見せて語り出す。


「ちっ! ……さんざん毛玉人おれたちを蔑んできた英雄どもの正体がこれか? 呆れるぜ!」


 女王の、あまりの見苦しさと哀れさに、その毛玉人は吐き捨てるように言った。

 そして男の顔が歪みだした。まるで憎悪で狂ったように。


「殺せ! 魔族どもを! 一人残さず根絶やしにしろっ! あの野郎どもは毒だ! この世にいてはならない害獣だ。それが条件だ」





 結局、その約束は果たせず今に至った。

 玉座に腰掛けるメリルの手足は震えている。

 覚悟を決めているとは言え、やはり恐ろしいのだ。あの時の約束をはたさず、顔を合わせるなど許されるだろうか?


「……やはり覚悟を決めても、恐ろしいものは恐ろしいな。私は、あの男が恐いのだろうな」


 メリルの呟きに、玉座の傍らに佇むニオンが返答した。


「無理もありません。私も、あの方には勝てなかった。私だって、けして大層な存在ではないのです。あくまでも、どこにでもいるただの人間。本当に特別だと言うのであれば、あの人こそがまさにそれでしょう」

「……まさか、お前程の剣士が敗れ、その者の下についていようとはな。思いもしなかった」

「斬って倒せる者になら勝てます。しかし、あの人は斬れども斬れども、倒れもしなかった。私はただの人間、だから勝てなかったのです。……あの人は、正真正銘の超人です」


 ニオンがそう言い終えると、突如震動が伝わってきた。床や壁がグラグラと揺れている。

 城内の廊下で、何か巨大なものが移動しているようだ。

 震動源が王座ここに近づいて来ているのがよく分かる。

 そして玉座の正面の大きな扉が開き、巨大な山が姿を表した。

 現れたのは身の長が四メートル半を軽く越える筋肉の塊。それは熊の毛玉人であった。

 いったいどれだけの質量があるのか、一歩一歩とこちらに近づいて来るたびに床が震動する。

 そして、もう一つとんでもないことがある。


「すまねぇが、この姿でおじゃまさせてもらったぜ」


 玉座の前に立った、巨大な熊は全裸であったのだ。身に付けているのは、赤い襟巻きだけである。


「隊長殿やはり……」


 ニオンは、なぜオボロが全裸なのか理解していた。

 巨大化した影響でサイズの合うズボンが無くなってしまったのだ。


「また一段と大きくなりましたね」

「ピンコ立ちがか?」

「いえ、体のほうです。この短時間の間に、そこまでとは予想以上です」

「ニオン、わりいが、持ってきていた食糧は全部食っちまったぜ」

「ふむ、数十トンは持ってきていたのですが……」


 下品な内容から始まり、オボロとニオンの会話が弾む。

 そんな中、メリルは目を見開き驚愕していた。オボロが全裸だから驚いているのではない。その巨体と肉体に唖然としているのだ。


「……五年前より遥かに。……違いすぎる、骨も筋肉も全てが」


 メリルが初めてオボロを目にしたときは、巨大ではあったが三メートル程だった。しかし今や四メートル半を越えている。しかも肉体の厚みも増していた。

 そして、今の彼が全裸だからこそ分かったことがあった。肉体の作りが普通ではないのだ。骨格も筋肉も皮膚も人類のそれとはものが違う。


「これが超人なのか? ……そうか、私達など足下にも及ばない」


 メリルは気が抜けたような声を口にした。

 オボロとは五年前にも面識があるが、より強靭化した彼を見たことで超人と言うものを理解したのかもしれない。

 勇者や剣聖は特別な存在に見えるかもしれないが超人ではない。神に祝福を受けた、ただの人間なのだ。

 英雄達と言えども、斬られれば致命傷にいたるし、魔術を生身で耐えることはできない。ゆえに英力に頼みをおく。

 だが、今目の前にいるこの男は、特別な力など持たずに身一つで英力並のことを成し遂げてしまう。

 その時、メリルの玉座の後から三人組が姿を見せた。


「女王様。我々は、その方に手も足も出ませんでした」

「格が違いすぎました」

「魔術など一切通用しませんでした」


 勇者ユウナ、剣聖候補ジュリ、賢者ヨナであった。

 彼女達は、まだあの時のことが鮮明に頭に残っているらしく、脅えたように体を震わせていた。


「さて、女王様よ。話の前に、新しいズボンを拵えてもらえねぇだろうか? まあ別にオレは、このなりでもかまわねんだがな」


 ここで初めて、オボロはメリルを見据え静かに口を開いた。


「ついに約束は果たせなかったな。……これじゃあ団員達が浮かばれねぇぜ」

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