悪の神が与えし力

 英力とは、英雄達のみが行使できる超常の特別な力。歴史上では、創造の女神リズエルの消滅とともに一部の人間達に宿ったとされている。

 その力は凄まじく、物理法則を無視したような神秘的なものである。

 そして、その聖なる力は魔族達に立ち向かうために、リズエルが残したのではないかと語り継がれてきた。

 だがニオンは、それらを完全に否定した内容を言った。

 英雄達に力を与えたのは、魔族や魔物を生み出した、人類には知られていない神だと。

 メラルダもミースも動揺し、声を震わせた。


「……我々に英力を与えたのが、魔族達の神だと」

「……信じられない」


 何かの冗談か?

 しかし、ニオンが嘘を言っているようには見えない。

 エルフ以上の知識を持つ男が戯れ言を口にするとは、とても思えないのだ。

 言葉を失った二人を見据えて、ニオンは話を続ける。


「なぜギエイが魔族達を生み出し、さらに人間に英力を与えて戦わせたのかは、私にも詳しくは分かりません。しかし、人間と魔族を戦わせることで何かを成し遂げようとしていたのではないかと推測しています。いったい、いつまでこのような戦いを継続するつもりなのか……」

「……それでは、私達の歴史はいったいなんだったのだ?」


 力なく言うメラルダ。


「英力が、魔族の神が与えた力……それでは私達は、英雄どころか魔族と同類の存在ではないのか?」

「今回、出現した魔王も超常の力を保有していることはご存知ですね。恐らく、その力も英力と同じものでしょう」

 

 さらにニオンは話を進める。穏やかな顔だが、どこか恐ろしくも見える。


「そも神とは、我々が今存在している世界とは別の次元に存在している超知性体。時空の生成とその構造制御による世界の創造、時空に影響されない超知覚、量子レベルから物質に干渉し事象を操り、理解不能な数学体系を用いての未来予測演算、数多の超越的な能力を持つ者。それが神の……」

「まて! まってくれ! それ以上は、なにも言わないで……」


 メリルは顔面蒼白でニオンの言葉を遮った。

 驚愕の移り変わりで精一杯だと言うのに、今度は究極的な話を聞かされようとしている。……とても内容についていけない、どころか人類が安易に触れて良い領域なのだろうか? そもそも本当のことなのか? 頭の中が混濁してくる。

 メリルの横に佇むミースも顔色を変えて細身の体を震わせていた。


「……兄上、それは人が言葉にして良いことなのですか?」


 ニオンは、その口で平然と全知全能にして創造主の正体を述べようとしていた。

 多くの者にとって、神とは、創造主とは、人類が理解できない超越的な存在と思うのが普通である。

 だが目の前にいる屈強な青年は、まるで超越的な存在を熟知しているような口振りであった。


「……ああ、すまない。ただ、君達がその神の力を保有して行使している以上、その出所と原理を伝えておかなくてはと思ってね。でしゃばりすぎた、すまない。私も初めて、師からその話を聞かされたときは耳を疑ったよ。しかし、あの人が嘘を教えるとは思えない。おそらく、神と接触したことでいかなる存在なのか理解したのかもしれない」


 度々ニオンの言葉に含まれる、師の存在。この男に最強の剣術を仕込み、人知を越えた知識を与えた者。

 その者は、いったい何なのか? メリルは声を震わせながら問いかけた。


「ニオン、お前に剣術と知識を授けた者は、いったい何者なのだ?」

「名前は分かりませんし、顔を見たこともありません。あの方は、常に奇妙な仮面で素顔を隠していましたから。しかし純白の体毛に九つの尾を持った毛玉人だったのは確かです。この国どころか、エルシド大陸の者ではないでしょう」

「……大陸の者ではないと? じゃあどこから?」

「身に付けていた物から察するに、極東の島国である大仙たいせんから来たかと」

「……大仙?」


 メラルダも大仙と言う国名は聞いたことがあった。しかし、それだけである。

 どのような国なのか、全くと言っていいほど分からないのだ。

 書物などで度々目にすることはあるが、知られている情報は国名と東の果てにある島国と言うことだけである。


「大仙は高度な科学技術を用いて優れた文明を築き上げた国家です。言うなれば極度に高性能な機械や装置等を利用している国と言えます」

「……ちょっと、まて! 機械とやらは、あの怪物どもを引き寄せてしまうのではないのか?」

「彼らは、その発達した科学技術で星外魔獣コズミックビーストの危機を打破した聞いていますが」

「あの化け物を撃退したと言うのか?」

「撃退ではなく、察知されないように何か特殊な技術を用いたとされています。師が、そう教えてくれました」

「……特殊な技術?」


 ニオンの言葉を聞いて、メリルは考えこんだ。

 ならばいったい、その大仙と言う国家はどれ程の力を持っているのか。

 間違いなく自国であるメルガロスを上回る。

 英力を持つ英雄達を主軸とするメルガロスは大陸の最強の国家とされている。

 ならば大仙こそが、地上最強の国と言えるだろうか。


「一度、話を戻しましょう。英力についてですが」


 内容が逸れてしまったため、ニオンは再び英力に関することを語り出す。


「英雄の英力も魔王の力も、ギエイの量子結合能力で得られたものです。神の能力が、あなた方の体に組み込まれていると言うことです」

「つまり魔族達の神の力の一部が、ぼく達の中に宿っている。そして、それが英力の正体と言うことですね、兄上」


 長身の自分を見上げてくるミースに、ニオンは頷く。


「そのとおり。その身に宿る力で世界の理を改竄して超常の現象を発現させている。飛び道具を手前で逸らせたり、剣による斬撃を遮断する、など」


 そう言ってニオンはミースの右肩に、そっと手を置いた。そして真剣な眼差しを向ける。


「しかしミース、これから英力に頼る行動は避けるべきだ。おそらく星外魔獣に英力は通用しないだろう」

「ど、どうして?」 

「神の力を保有した魔王の庇護の下の魔王軍でさえ、手も足もでなかった。奴等は世界の理の改竄を阻害する能力か、あるいは神の力を抹消する能力を獲得しているのかもしれない。闘技場に現れた、魔王軍の言葉を思い出してみたまえ」


 それを聞いてミースは、ガンダロスに追われて闘技場に逃げ込んで来た魔王軍幹部のことを思い出す。

 あの幹部はガンダロス一体によって魔王軍は壊滅したと言っていた。あの状況から察するに本当のことであろう。

 つまりガンダロスは王都にやって来る前に、魔王の都を襲撃したことを意味している。ならば都を防衛するため、魔王も戦ったはずだ。

 しかし、ガンダロスは倒せていない。つまり超常の力を持つ魔王ですら敵わなかったのだろう。

 ニオンの言っていることは、十分にありえると思えた。

 その時だった、いきなり部屋がグラグラと揺れだしたのだ。


「……な、なんだ? いきなり。まさか敵か!」


 この短期間の間に目まぐるしく現れた脅威がメリルの警戒心を強くしてしまったのか、彼女はいきなりのことに敏感になっていた。

 ニオンは、その震動源がなんなのか理解していた。


「メリル様、今からあなたに会って頂きたい方がいます。実質、空帝ジズを撃退した、大陸最強の男にです」


 ニオンがそう言い終えると、部屋の中に騎士が飛び込んできた。


「女王様、大変です! 超巨大な竜が王都に接近しています!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る