血に濡れる美剣士

 先程まで裁判所のようだった玉座が、今では二つの死体が転がり、床が血で濡れた戦場とかしていた。

 メリルは殺し合いの場など初めてであった。


「……あぁ」


 ニオンの足下に転がる無惨な騎士の姿を見て、彼女は青ざめる。

 人間の首が断たれる瞬間を見るのは予想以上に気味が悪いものであった。

 首を切り落とされた遺体の切断面を見ると、二つの頸動脈と椎骨動脈から真っ赤な血がドクドクと漏れでているのが分かる。

 今にも気絶しそうなほどに、おぞましい光景であった。


「どうされました? こないのですか?」


 自分を包囲する騎士達を挑発するように語りかけるニオン。

 それを聞いて騎士達は忌々しそうに表情を歪める、しかし迂闊には近寄れない。

 相手は素手の状態から、二人の騎士を瞬時に殺害した少年。


「この小僧……一筋縄ではいかないか」


 包囲網の最前列にいた七人の騎士が、注意しながらゆっくりと間合いを詰める。

 相手は一人、こちらは三十近く、いくらなんでもこの多勢に無勢を覆すことはできないだろう。そう考えて騎士達は、ニオンにジリジリと詰め寄る。

 それに対してニオンは、慌てた様子もなく周りの騎士達を一瞥する。

 そして詰め寄って来ていた騎士達が、ニオンの間合いに入った時にそれはおきた。

 ニオンは、いきなり身を沈ませると、地を這うように回転して騎士達の足を蹴り飛ばしたのだ。高速の水面蹴りであった。

 間合いに侵入していた七人の騎士は両足を蹴り払われ、地面に叩きつけられる。


「うあぁ!」

「……あ、脚が!」


 騎士達は痛みで叫び声をあげた。

 ニオンの強靭な脚力から繰り出された蹴りは、まるで金属の棒で殴打されたような威力であった。

 思いもよらない攻撃手段を見て、後方の騎士達は後ずさる。


「な、何だ? 今のは!」

「蹴りか……」


 ニオンは立ち上がり、転倒させた騎士達に躊躇なく剣を振り下ろした。

 四人が頭を叩き割られ、二人が喉を刺突され、最後の一人は心臓を一突きにされていた。

 その一つ一つの攻撃は精密かつ高速。一瞬にして七人の騎士達の命がたたれた。


「あまり、いい剣ではないようだ」


 ニオンは血糊と脳髄がこびりついた剣を投げ捨て、心臓を貫いて殺した騎士の剣を拾い上げた。

 そして再び剣を手にしたニオンは、堂々と騎士達に歩み寄る。

 騎士達は躊躇うかのようにさらに後退した。剣術でこの少年に挑むのは無謀だと思ったのだろう。

 ニオンの刃がとどく範囲に入り込んだ瞬間、斬り殺されるのは確実であった。

 となれば騎士達がとる行動は一つであった。

 何人かの騎士達が距離をおき、周囲の魔粒子を収束させていく。


「近づくのは危険だ!」

「魔術で!」


 だが、それを許すほど相手は優しくはない。

 詠唱が始まる前に、ニオンは魔術を行使しようとした騎士達の間合いに入り込んでいた。

 あまりにも速い動きだったため、誰もニオンの接近に対処することができなかった。

 そして気づいた時には遅く、魔術を行使しようとしていた騎士全員が首を切り落とされていた。また一気に騎士の数が減る。

 そして、またも手にしていた剣がダメになったのかニオンは持っていた剣を捨て、転がる遺体から別の剣を奪い取った。


「剣で勝てないと分かり、魔術に頼る。はたして、そのような者に剣を持つ資格があるのでしょうか?」

「黙れ! ぬおぉぉ!!」


 ニオンの言葉を聞くと、顎髭をのばした一人の大男が無闇に突っ込んだ。

 ニオンは向かってきた大男の腹部に剣を突き刺し胴体を貫通させた。


「ぐぼぉ!」


 男の口から鮮血が流れ落ちる。


「隊長!」


 体を貫かれた大男の姿を見て、一人の騎士が悲鳴のような声をあげた。

 しかし隊長と呼ばれた男はニヤリと笑みを見せる。


「掴んだぞ!」


 隊長と呼ばれた男は自分の体に突き刺さる刃を、しっかりと握りこんだ。

 そして部下達に指示を出す。


「オレがこいつを抑えておく! 今だ、こいつに魔術をぶちこめ!」


 指示先はニオンの背後にいる騎士達であった。

 騎士達は隊長を巻き込まないように魔粒子量を調整して、ニオンの背中だけに狙いをしぼる。


「英雄の国の騎士でありながら、ずいぶんと姑息なことをしますね」


 ニオンは、そう呟いた。彼の背後では今にも火の球や氷の矢が放たれようとしていた。

 すると剣を掴んでいた隊長の巨体がフワリと浮き上がる。


「ば、バカな!」


 信じがたい光景に一人の騎士が声をあげた。

 ニオンは大の男を突き刺したまま剣を持ち上げたのだ。とてつもない腕力であった。

 そして隊長を貫いたままの剣を、魔術を放とうとしている背後の騎士達の方に向ける。


「ま、まてっ! うつな!」


 隊長は叫び声をあげたが遅かった、詠唱が終わっていたため魔術が放たれる。

 騎士達の隊長は非情にも生きた盾の役割にされたのだ。

 隊長の背中に、無数の氷の矢が突きささり、そして爆炎で焼かれるはめとなった。

 騎士達があやめたのはニオンではなく自分達の隊長になってしまった。


「隊長!! ……おのれぇ!」


 憤慨して一人の騎士が剣を振り上げ走り出した。

 冷静さを欠いているらしく、無謀な行動である。

 しかしニオンに向かっていった男は剣を振り下ろそうにも、剣に突き刺さったままの隊長の死体が邪魔で攻撃することができなかった。

 その隙をつくようにニオンは隊長の死体の脇の下から右手を伸ばした。掴んだのは剣を振ろうとした男の喉であった。

 そして強力な握力で躊躇していた騎士の喉を抉りとった。


「がっ……ごがっ……ががっ」


 喉をちぎり取られた騎士は、破れた喉から空気と血を漏らしながらバタリと倒れる。


「さて、次はこちらからいきます」


 ニオンが口を開いた途端、剣で串刺しにされていた隊長の遺体が前方にいた騎士達に激突した。

 ニオンは隊長の亡骸を蹴り飛ばしたのだ。

 死体をぶつけられた騎士達は、周囲を巻き込んで転倒する。

 喉をちぎり取った騎士の死体から剣を奪い取りニオンは駆け出す。

 そして転倒していた騎士達を、正確無比な刺突と高速の一閃で、次々と絶命させてゆく。

 あとは、ひどいものであった。

 指揮である隊長が死に、多数の仲間達も死んだ。

 そのため統率がなくなり、冷静もなくなった騎士達の動きはひどいもの。

 狭い空間で、やたらめったらに動き回り、互いにぶつかり転ぶ、剣を振れば近間の仲間を斬りつけてしまう。

 そして何よりも、守るべき女王メリルが巻き込まれていることに気がつかなかったのだ。

 彼女は騎士達に幾度も蹴られ踏まれていた。





 戦闘に巻き込まれたメリルのケガはひどいものだった。

 全身は傷だらけで、右肩が脱臼し、左膝は折れ、数本の肋骨が折れて肺に突き刺さっていた。

 そして、その場で生きているのは彼女以外にたった一人だけ。それは銀髪の屈強な美少年。

 騎士達は全員が彼に首を断たれるか、喉を一突きにされていた。

 

「……ぐはぁ」


 肺を損傷してるためメリルは口から血の泡を吐き出した。

 血の泡を吹きながら、もがき苦しむメリルにニオンが迫ってくる。

 ……死にたくない! 死にたくない! 殺される! 誰か助けて! 

 彼女は心の中で何度も叫んだ。

 そんな彼女を見下ろす、全身を血で染めあげたニオン。


「安心してください。異常に気づいて、じきに助けが来るでしょう。……最後に伝えておきます」 

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