魔の宣戦布告

 正位剣士の少年少女達に包囲されるニオンを見て、メリルは歯をかちかちと鳴らし、一層身震いを激しくさせる。


「……あの時と一緒」


 メリルは恐怖の記憶を思い出した。目の前の状況が、その時の光景に酷似していたからだ。

 メリルが初めてニオンに出会ったのは、彼が十六才のころであった。




 

 そこは玉座であった。

 女王の前に、一人の少年が膝まづいていた。

 そんな彼に、メリルは醜悪なものでも見るかのような視線を送る。

 少年は、ある凶悪な罪状で女王の前に連れてこられたのだ。

 少年の手には木製の枷がつけられ、そして万が一にそなえ騎士二人が彼の傍らにいる。

 彼は美少年でありながら、その体格は城の騎士以上に屈強であった。


「ニオン・ロイザー。ロイザー家の長男か……それで、貴様が犯した罪を申してみよ」

「……父を斬りつけました」

「なぜ、そのようなことをした?」

「家を捨てるため、そして仇討ちのため」


 ニオンの目には生気がなく虚ろであった。まるで、全てを失ってしまった人間のようだ。

 

「仇討ちだと? 何をバカなことを。聞けば、お前は魔力も英力も持たない三流の剣士だそうだな。才がない恨みを、親にぶつけただけではないのか?」

「誓って、そのようなことは……」


 ニオンは、ぶつぶつ呟くようにメリルの言葉を否定した。


「黙れ! お前の弟は魔力や英力に恵まれ、次期剣聖の可能性を秘めていると言うのに、長男は凶悪な犯罪者とはな。聞いて呆れるわ!」


 この国では魔力や英力を持たない剣士は、三流の剣士と呼ばれている。そんな剣士達は、正位剣士どころか城の騎士になることも許されない。

 良くて下流貴族の御抱え剣士、悪ければ冒険者と言う将来がまっていた。

 ロイザー家はもともと三流剣士の家系であったが、ニオンの弟が次期剣聖の有力候補になってからは超一流の地位を手にしていた。


「まったく、父と弟が築き上げた栄光に泥を塗りおって! 即刻極刑にせよ! 神聖なる英雄の国で、親殺しなど言語道断!」


 メリルは憤怒の表情で騎士達に命令を下した。外道などメルガロスにいてはならないのだ、と言わんばかりに。

 しかし、彼女の最後の言葉を聞いたニオンは突然変貌した。


「……親殺し、ですと!」


 虚ろだったニオンの瞳に意識が戻った。そして、その整った顔を驚愕の表情に変えた。


「たしかに父の顔を斬りつけたのは認めます。……しかし、断じて殺してなどいません!」 


 ニオンは女王に向かって吠えるように言葉を口にした。

 その言動を聞いた傍らの二人の騎士は、ニオンの肩を掴み押さえつけた。

 メリルはニオンを睨み付け返答する。


「白を切る気か! 貴様、父に刃を向けただけでなく、母親を殺しただろう! ……しかも実の母親を犯して」

「私が、母上を? 何をバカなっ!」

「貴様の父、アドル・ロイザーが証言したのだ。『乱心した息子に顔を切り刻まれ、妻を犯されたうえに殺された』とな。……この国で貴様のような悪魔が生まれようとは、思いもしなかった」

「父、いやっ……あの男がそのようなことを?」


 ニオンは怒りのあまりにか体を震わせ始めた。

 そして女王にその怒りをぶつけるように睨み返す。


「私の言葉には耳をかさないのに、あの男の証言は信じたのですか?」

「当然だ、貴様のような下衆ゲスの言葉など当てにならん。……もうよい! こんな奴と話すだけ時間の無駄だ! つれていけ!」


 メリルが騎士達に指示を出すと、騎士の二人はニオンを立たせようと彼の腕を掴んだ。

 しかし本気で引っ張っても、ニオンは微動だにしなかった。


「貴様、何をしてる! 立つんだ!」

「往生際が悪いぞ!」

 

 すると、ニオンはスッといきなり立ち上がる。

 一見、素直に立ち上がったかに見えた。しかし、ニオンは濁った声を漏らした。


「……もう一度だけ、言います。私は、母上をあやめていません」

「くどいぞ、下朗! 貴様のような悪魔などの言葉を信じられるか」


 するとニオンは突如、様子をおとなしくさせた。

 しばらく静寂が続く。ニオンは微動だにしなかった。

 騎士二人が「何だ?」と思ったところでニオンは急に口を開いた。


「……最後に、もう一つ。私は、あなた方の敵ですか?」

「最後に何を言うと思えば、バカげたことを。貴様は私の敵だ、英雄の敵だ、メルガロスの敵だ。分かったか?」

「……ならば、この国の全てが私の敵だ」


 次の瞬間、ニオンは両腕の自由を奪っていた枷を力任せに破壊した。

 突如の出来事のため、傍らにいた騎士達の反応が遅れた。

 そもそも枷が壊されるなど、思ってもみなかった。


「うがあぁ!!」


 悲鳴を響かせたのは、ニオンの右に立っていた騎士。彼はニオンの強烈な下段蹴りを脚に食らっていた。

 脛骨が折れ、骨が皮膚を突き破り飛び出ていた。血糊が付いた白い骨が外界に現れたのだ。


「はぁっ!」


 ニオンは、すかさず左の騎士の顔に向けて裏拳を放つ。

 拳を食らった騎士の首は捻り折れて、頭部は半回転以上の角度までに到達していた。即死であった。

 そしてニオンは首を砕いた騎士の遺体から剣を奪い取り、脚が開放骨折して足掻き回る男の首を一閃で切断せしめた。

 首を断たれた騎士の切断部から、噴水のように鮮血が吹き出した。心臓が停止していない状態で、首を切断したため頸動脈から血がいきおいよく噴出しているのだ。

 玉座の床が赤く染め上がる。


「……貴様! 国に反逆するか!」


 メリルは叫んだ。しかし、目の前の出来事に恐怖して尻餅をついていた。彼女は人間の首が断たれる瞬間を見るのは初めてであった。

 剣を手にしたニオンは、メリルへとにじり寄る。


「反逆? 何をおっしゃいます。あなたは先程、言ったではありませんか。私はこの国の敵と。……ならばこれは戦争です。私一人と英雄の国との」

「貴様は正気か! 一人で国に戦いを挑むなど……」

「勘違いされては、困ります。あなた方が先に攻めてきたのだ。私を極刑にする発言、あれは宣戦布告として判断します」


 鮮血がねっとりと絡みつく剣先をメラルダに向けた。

 ……たった一人で国家を迎え撃とうなど、どうかしている。だが、ニオンの目には何の迷いもない。


「騎士達よ! この男を、斬りすてよ!」


 女王が一声かけると正面の扉が開き、数十人もの騎士達が流れ込んで来た。そしてニオンを包囲する。

 しかし周囲の騎士などに目もくれず、ニオンはメリルに貫くような視線を送る。


「女王よ、あなたは私を三流の剣士と言いましたね。……あなたの言うとおりです、私の剣技は今だに未熟。しかし魔術や英力のような異能を拠り所にする、あなた方は三流になれますかな?」


 ニオンの眼光がさらに鋭くなる。


「鍛え上げた肉体と剣技、さらに過酷な戦いを受け入れる覚悟。それらが剣士の本当の拠り所。……あなた方が英力と言う祝福に酔いしれてる間に、私が何をしてきたか、それをお見せしましょう」

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