恐るべき再開

 貴族達に見据えられながら女王メリル・アネス・メルガロスは、サラサラとした赤い髪の毛をなびかせながら玉座に腰かけた。その動作だけで魅了されそうな程に、女王は美しい見た目であった。


「勇者達よ、前へ」


 メリルが一声あげると、貴族達の中から勇者一党が姿を現し、彼女の指示どおり勇者達は女王の前に立ち並んだ。

 

「さすがと言おう、勇者達よ。わずか三人で魔王軍を壊滅すんぜんに追いやるなど、歴史上から見ても偉業中の偉業、しかも英力が使用できない状況で。とても驚きを隠せない。今後とも、その力で尽くしてくれ」


 メリルは賞賛の言葉を述べた。しかし、それは偽りの賞賛。

 ゆえに、それを聞いた勇者ユウナ、剣聖候補ジュリ、賢者ヨナ、の三人は不快な表情しかできなかった。

 ……こんな捏造された賛美など受けたくはない、そう思いながら三人は女王の前で方膝をつく。

 あの激闘の中で、自分達は虫けらのように地に倒れていただけ。

 事実、魔王軍を倒したのは隣国から来た集団だ。

 しかし、そんなことは口にできなかった。女王から口止めされているからだ。

 報告の時に女王が言っていた「あとの事は任せておけ」とは、この事だったのだろう。つまり事実を隠蔽し、自分達の威厳を守るためありもしない事をでっち上げる。

 ニオン達の隣に騎士を付かせたのも、彼らに余計なことを口にさせないためであろう。

 勇者達を褒め称えるメリルの言葉が終わると、周囲から拍手が巻き起こった。

 しかし喝采がおさまった瞬間、怒号が響きわたった。


「貴様! 止まれ!」

「止まらんか!」


 騎士達の声を無視して、勇者達の背後に近づく長身の男がいた。

 白い軍服、異国の刀、整った顔立ち。

 そんな彼の歩みを阻止しようと、三人の騎士が立ちはだかった。


「無礼であるぞ!」

「下がらんか!」

「指示に従わない場合は容赦せん!」


 叫ぶ騎士達を前にして、ニオンは優しげに告げた。


「女王様に大切な話がありますので、道を開けていただきたい」

「……貴様!」


 正面の騎士が怒りに任せて剣の柄に手をそえた瞬間、その騎士のみぞに強烈な衝撃が叩きこまれた。

 ニオンが刀の柄で、正面に立つ騎士の腹部に一撃を加えていたのだ。

 よほど強力だったのだろう、騎士の腹には深々と柄が食い込んでいる。

 その一突きは速すぎて、誰も目で捉えることができなかった。


「……ぐげえぇぇ!!」


 腹部に一撃を貰った騎士は、胃液を吐き出し呻き声を響かせ、うずくまってしまった。

 間を開けることなく、ニオンは右の騎士に裏拳を放った。人間の動体視力では捕捉できない程の当て身。


「ごがぁ!」


 ニオンの拳を受けた騎士は顎が外れ、砕けた歯を飛び散らせた。

 二人の騎士が倒されたのは、あまりにも一瞬の出来事であった。

 最後の一人である左の騎士は恐怖したのか、身震いしながら一歩後退する。

 もちろんニオンは、その隙を逃さない。

 ニオンは素早い動きで男の背後に回り込み、騎士の首に腕をかけた。裸締めである。

 頸動脈を圧迫された騎士は脳への血流を阻害され失神する。そして、だらしなく尿をボタボタと溢した。


「うわぁ! 何事だ!」

「……いったい、なんなの?」


 いきなりの事態に貴族達から悲鳴にも近い騒ぎ声が発せられる。

 周囲の状況など気にもかけずニオンは絞めおとした騎士を地面に転がすと、勇者達の横を通り女王に向けて歩を進めた。

 勇者一党は顔面蒼白で、ニオンを見ていることしかできなかった。

 本来なら女王を守るためニオンを取り押さえなければならない立場だろう、しかし自分達では確実に手に負えない相手。

 挑みかかるなど、とてもできなかった。


「……な、何者だ! 私は女王であるぞ! そして英雄達の頂点。無礼ではないか、下がれ!」

「女王様、ずいぶんと前髪を伸ばされたようですね」


 慌てふためくメリルとは真逆に、ニオンは穏やかに彼女の髪を指摘した。


「……だ、誰なんだ? お前は?」

「お忘れですか? 貴女を一度殺した者の顔を」

「……私を殺した? 何を言って……」

「そのように前髪を伸ばしては、前方が見えないでしょう。前髪をあげて、私の顔を見れば誰なのか分かるはずですよ。それとも、見られたくないものがあるのですかな?」

「なっ! 私は女王よ! そのような口の聞き方……」


 女王が叫び声をあげた瞬間、超高速の一閃が彼女の前髪に触れた。


「……な、なにを?」


 気の抜けたような声を発する女王。

 目で見えなかったが、ニオンが刀を振ったのは理解できた。

 あまりのことに体が畏縮して、身動きがとれなくなる。斬られたのではないかと、一瞬そう思ってしまったためだろう。

 玉座から立ち上がりたくとも、脚が命令をきいてくれない。


「女王様!」

「きゃあぁぁぁ!!」


 ニオンが刀を抜いたためか、周囲の貴族達から悲鳴が響き渡る。

 そして女王の前髪が、パラパラと崩れ落ちるように地に落ちた。

 女王の顔が、はっきりとあらわになった。その顔立ちは三十越える年齢としのわりに、目が丸く、幼げであった。

 そして彼女の額には、バッテン状の傷痕があった。


「女王様、これでしっかり前が見えますよ。さて、私を覚えていますね? メリル様」


 女王は額の傷痕を両手で覆うように隠し、目の前の青年を見上げた。

 すると、一気に思い出したくない記憶で頭が埋め尽くされる。とたんに額の傷痕に幻痛が走った。


「ふ、ふうぅぅ……ニオン・ロイザー……今までどこに?」


 メリルは玉座から転げ落ち、震えた声をあげた。

 腰が抜けて立てない、それだけ目の前の男が恐ろしいからだろう。


「ニオン……ロイザー?」

「まさかあの、親殺しの大罪人か?」

「あの者が?」


 メリルがニオンの名を口にしたとたん、周囲の貴族から小声が漏れだした。


「ロイザー。その家名は、もう捨てました。今の私の名は、ニオン・アルガノス。ただの雇われ屋の一人ですよ」

「……今さら何のようだ? もう刺客など送ってない! ……いやまて、雇われ屋って!」

「そうです、魔王軍を潰したのは私が勤める雇われ屋、石カブトです」


 ニオンは穏やかな目付きで、尻をついて後ずさるメリルを見下ろす。優しげだが、どこか恐ろしく冷徹なものがうかがえる。


「数年ぶりに祖国に帰ってきたと言うのに、周囲の反応があまりにも薄いですね」

「……な、何が言いたいの?」

「……私は罪を擦り付けられ、この国で大災厄を起こしたと言うのに。しかし私の名を聞いても、周囲の方々は私をただの罪人としか認識してないようですね。おかしな話だとは思いませんか?」

「お……お前」

「まるで周囲の人々から、あの大惨事の記憶が抜き取られているようです。これは、あなたの英力によるものですか」


 静かに刀を鞘に納めるニオン。そして一歩一歩、不気味にメリルに詰め寄る。

 二メートル近い青年が放つ威圧は凄まじい。魔王など比較にもならないプレッシャーだろう。


「……分かるはずよ。もう、こうでもしないと国の威厳が損なわれる。私の英力で人々の記憶をいじるしか……あの大惨事を隠蔽するしか」

「とんでもない堕落ぶりですね。して、今回のことはどうするのです? 私達と交渉でもするつもりでしたか。功績を渡してくれと」

「……もとはと言えば、すべてお前が」

「そこまでだ!!」


 女王が話していると、遮るように声が響いた。

 すると人々を掻き分けながら剣を携えた小さな姿が幾つも現れた。

 ニオンは黒い軍服を纏った剣士達に包囲された。

 彼らは、高度な剣術と、高い魔力、そして英力を持った集団、正位剣士しょういけんしである。

 だが、全員がまだ幼げな少年少女だった。


「どこの馬の骨かは知らんが、女王様に対する非礼は許しがたい」


 少年剣士の一人が剣先をニオンに向けた。

 しかし慌てることなく、ニオンは周囲の剣士達を見据える。

 そして穏やかだった目が鋭く変貌し、メリルに突き刺すような視線を送る。


「ずいぶんと幼い剣士達ですね女王様。……まさか、正位剣士の不足を補うために、実力不十分と知っていながら彼らに地位を与えたのではないでしょうね。……剣術が不足した者を戦場に行かせるのは、彼らを犬死にさせるようなもの」

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