宴の始まり
その女性は心底から焦っていた。
魔王軍が打ち倒されたのはいいのだが、それを成し遂げたのが勇者ではないからだ。
勇者であるユウナから、勇者一党は幹部を相手に不様に敗れ、魔王軍を殲滅したのは隣国から来た傭兵らしき集団と亜人達という知らせを受けた。
……この事実が、おおやけになれば一大事である。
英雄の国の威厳は失墜し、さんざんバカにしていた国内の亜人達は調子づくだろう。
彼女は自室で一人、どうすれば都合よくいくか考えを巡らせた。
そして一つだけ思いついた。それは交渉と言う手段。
事実上、魔王軍壊滅に一番関与したのは隣国から来た集団と一人の少年冒険者と聞いている。
集落にいた亜人達は魔物達との戦闘だけで手一杯だったらしい。
それなら問題はない。亜人達は大して活躍してないのだから。とても、功績をあげたとは言えないだろう。
だが問題は傭兵らしき集団のほうだ。今回の戦いで最大の猛威を振るった存在。
どうにか彼等と交渉して、彼等の手柄を譲ってもらわなければ。
「……なんとか、交渉に持ち込まなければ。……なんとしても。彼等は何を望むだろうか? ……金か? いや武器か? それとも絶世の女か?」
女性は頭を抱えながら苦し気に呟いた。
……なんとしても、彼らの手柄を譲ってもらわなければならない。この国の威厳を守るためにも。
……もし交渉が決裂した場合、最悪彼等を抹殺するしかないだろう。
そのために、彼等を今宵の宴に招待したのだから。
と、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「女王様、お時間でございます」
「……分かった、今いく」
女性はうつ向いていた頭を上げ、スッと立ち上がった。
英雄の国メルガロスの王都。
そこにある女王の城では大規模な宴が催されていた。攻めん混んで来た魔王軍が殲滅された祝いとして。
あちらこちらから貴族達の高らかな笑い声が聞こえる。今回の戦いの内容は、すでに彼等の耳に行き届いていた。……偽の内容が。
「魔王軍幹部五人のうち、四人が倒されたそうですぞ」
「もはや魔王軍に残された戦力など、ごくわずかでしょう。事実、壊滅状態ですな」
「いやぁ、さすがは勇者様がただ。これほど、早く魔族達を追い詰めるとわ。前代未聞、歴史に大きく名を残しますな」
しかし、そんな豪奢な貴族達の中に、やや異様な人物達がいた。彼らの旁には監視でもするかのように、城の騎士がついていた。
そのうちの一人は、白い軍服を纏い、腰には異国の刀、背丈が二メートル近い大男であった。
大柄な体格とは裏腹に、その顔立ちは整い優しげで穏やか、貴婦人達を魅了する美青年。
その美青年のもとに、一人の令嬢が近づいてきた。
「あのぉ、失礼ですが、いずれの家の剣士様であられますか?」
青年は小柄な彼女を見下ろし返答する。
「ニオン・アルガノスと申します、私は隣国から来た、どこにでもいる剣士です。名門出身の剣士などではありませんよ。失礼します」
ニオンは挨拶を済ませると女性の横を通り抜ける、彼の後を追うように騎士達も歩み始めた。
すると残された彼女のもとに、複数の女性が駆けつけコソコソと語りだす。
「それにしても、ただの騎士にしては勿体ない出で立ちね」
「あれで、
「隣国から来たって? たしかサハク王国とか言う、平凡国家だったかしら」
「てゆうか、なんで隣国の剣士がいるわけ? 今回の戦いに関係ないじゃない。今日のパーティーは勇者様達が魔王軍を倒したから催されたものでしょ」
「あら、あなた知らないの? 彼は今回の戦いで勇者様達と共闘した剣士らしいわ。だから今宵の宴に招待されたんだって」
女性陣が各々に会話するなか、ニオンと言葉を交わした女性だけは額に汗を伝わらせ手を震わせていた。
ニオンの優しげな目を見たときに、背筋が凍りついたのだ。
「……あのお方は、いったい」
彼の目付きは、とても優しげで穏やかだった。
間違いなく、思いやりがあり、善良な人物であろう。
だが、その奥底に人間ではない魔の領域があるように思えたのだ。
そして、気になることがあった。
「……ニオン? どこかで聞いたことあるような」
その令嬢が真剣に考えに浸るなか、周囲の女性達の会話は弾んでいた。
「聞いた話だけど、勇者様に加勢したのはさっきのイケメンだけじゃないらしいわ。どこかに彼のお仲間がいるはずよ」
「美形かしらね?」
令嬢達は好奇心にかられ、キョロキョロと会場を見渡した。
発見するのは簡単だった、彼らの隣には監視役の騎士がいるからだ。ゆえに非常に目立つ。
そして彼女達が見つけたのは、小柄で、忍び服の女の子であった。
ナルミはテーブルに並ぶ料理に片っ端からパクついていた。
「何かしら? あの服装」
「……見たことないわね」
「初めて見るわ」
「食事の仕方に品がないわね」
そして、またニオンのお仲間を発見するため、再度周囲を見渡す。
やはり、即座に見つけることができた。
それは、給仕から飲み物を貰おうとしている褐色肌の男性。しかし、見た目は可愛らしい男の子にしか見えなかった。
それゆえ、困った状態にいたっているようだ。
「僕にも、飲み物を」
「なりません。子供が、お酒を飲むなど」
「僕は大人です。もう成人してるんですよ、信じてください」
「嘘は、いけません。かわりに
給仕はアサムを説得するように彼の頭を優しく撫でた。
大人であることを信じて貰えないアサムの姿は、どこか微笑ましくも思える光景であった。
「なんで子供がいるの?」
「……あの子の服も見たことないわ」
「どこかの民族かしら? でも衣装が場違いすぎますわ」
「どうでもいいけどエロいわね。あの服と肉感的な体の組み合わせは、素晴らしいわ!」
「分かる! 分かる! 露出度が高い服装に、むちむちしたお肉。きっと抱き心地は最高よ」
「屋敷に拉致……あ! いや、雇いたいわね。そしたら、どんな衣装を着せてあげようかしら! そして、添い寝役にしてあげるのよ!」
「あれよ! 肌の色を考えると、白いマイクロビキニとかがいいわ! きっと
貴族の女とは思えない下品な欲望を語る女達。
それを感じとったのか、アサムは寒気で身を震わせた。
宴が始まってニ十分程経過しただろうか、会場の正面にある大きな扉が開かれた。
「おお! 女王様」
「女王メリル様」
「なんとお美しい」
貴族達から歓声が上がる。
扉から姿を見せたのは、前髪で両目を隠した女性であった。
両目を隠してるため、表情は良くわからないが美しいのはたしかだろう。
彼女こそが英雄達の頂点で、メルガロスの女王であった。
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