機動する超人

 ゲン・ドラゴンの西門の壁外には巨大な岩山があった。

 元々から存在しており、なぜ不自然にもこんな所にあるかは分からない。もしかすると、この世の創造主が、そこに設置したかったからかもしれない。

 そして、その岩山に度々、石カブトの副隊長が訪れているところが目撃されたらしい。




 

 西門近辺の岩山。晴れ空のもと、そこには二つの姿があった。


「副長、見せたいものって?」


 そう問うのは、ナルミであった。


「……五年前、大型のマグネゴドムと戦い。どうにか勝利したことは覚えているね」


 そう言ったのは、ナルミの傍らに立つニオン。


「もちろんだよ。……あの時、隊長と副長がいなかったら、どうなっていたか」


 ナルミは戦慄の記憶を思い出した。

 五年前、ちょうど自分が十四才の時、この地に初めて宇宙生物が飛来したときであった。

 その、たった一体の怪物に街や村が蹂躙され大惨事となったのだ。

 そして、どうにかオボロとニオンによって打ち倒された。 


「……おそらく、あのマグネゴドムなど比較にならないような個体が、この宇宙のどこかにいるだろう」


 ニオンは真剣な表情でナルミを見つめた。


「副長が言うことだから、そうなんだろうね」

「奴等は極て強大。ゆえに私達の力では、どうしようもない時が来るだろう。そこで私は心血を注いで、あるものを作ったんだ」


 すると、ニオンは懐から懐中時計を取り出した。


「クサマ、発進の儀を」


 そして、懐中時計に向けて言った。





 西門近くの街道を歩く、犬の毛玉人は奇妙な現象を目にしていた。


「……なんだぁ?」


 西門の壁外付近にある岩山が割れたのだ。いや、割れたのではなく、左右にゆっくりと展開したのだ。

 そして、展開した岩山の中からそれは姿をあらわした。

 黒い装甲に覆われた巨大な人型の何かを。





 展開した岩山の中で仁王立ちするのは巨大な像。

 いな、巨人型の機動兵器であった。

 大きさは三〇メートル半にもなり、非常にマッシブな体型で、腕と脚は特にボリュームがあり、精悍な顔立ちをした頭部には角か猫耳を思わせる突起があった。


「クサマ、空中移動!」

「ン゛マッ!!」


 ニオンが懐中時計型コントローラーに呼び掛けると、機動兵器であるクサマは返事をした。

 そして、その千トンを越える巨体が浮き上がり、都市上空を旋回し始めたのだ。


「……副長……これはいったい?」


 一緒に発進の儀に立ち会っていたナルミは、クサマの飛行を見て唖然とした。

 それもそのはずである、目の前の機械仕掛けの巨人は翼もないのに空を飛び回り、自由自在に三次元機動も行っているのだから。

 明らかに航空力学を無視している。


「クサマには斥力生成装置せきりょくせいせいそうちを搭載している、機体の周囲の空間に反発力を発生させる装置だよ。それであのような飛行ができる。私が開発したものだ」

「開発したって……いったい」

「星外魔獣は翼もないのに飛行する個体がいただろう、あれは超現象などではなく科学で説明ができるものなんだ」

「それって、つまり……」

「星外魔獣の能力を分析し原理を解明して装置を作ったのだよ。クサマ! 超音速飛行!」


 ニオンが新たな指示を告げた。


「ン゛マッ!」


 了解と言わんばかりに声を発するクサマ。

 すると機体前面に斥力場を発生させ、足底に搭載された水素プラズマロケットが点火された。

 斥力場で大気の干渉を減少させ、すぐさま超音速に到達しクサマは遥か彼方へと姿を消した。


「……副長、遠くに行っちゃったね」

「大丈夫だよ、ナルミ殿。この声紋コントローラーでクサマを操っていてね。彼には高度な人工頭脳を搭載している、声紋コントローラーから発した命令信号をそこで受信している。すぐに戻ってくるよ」


 手の中の懐中時計を見せてニオンがそう言うと、そのとおりクサマは帰ってきた。

 そして減速し、二人の近くにゆっくりと着陸した。

 見下ろしてくる機体その目には瞳があり、意思があるようにうかがえた。


「クサマには自我がある。ゆえに命令がなくとも自律行動ができる。……と言うよりも、彼は生物と言っても過言ではない。兵器ではなく私達の新たな仲間なんだ」


 唖然としていたナルミは、話を聞いて、今度は目を輝かせていた。

 やはり大仙たいせんの血が騒ぐのか、機械にたいしては非常に敏感なところがある。


「副長! 他にはどんな機能が!」

「クサマの骨格や装甲や駆動筋繊維は、星外魔獣の体を構成する物質を再現した人工物を利用している。それらは現人類が知り得ている素材の数百倍の強度を持っているが、相手をするのは星外魔獣だ。戦闘で破損することも避けられないだろう」


 そう言ってニオンをクサマを見上げた。


「そこで私は、とある機能を搭載した。それは空中元素固定くうちゅうげんそこていユニットだ」

「それって、どんなものなの?」


 ナルミの目の輝きが激しさを増す。


「星外魔獣の中には瞬間的に肉体を再生する個体や、何もないところから武器を取り出す個体もいただろう。あれは空中元素固定現象によるものなんだ。つまり大気中や周囲の物質から指定された元素を取り出して、それを組み合わせることで必要な物質を合成するんだ。そしてクサマにその機能を搭載したんだ。機体が破損してもある程度なら自動修復するし、それだけではなく砲弾や推進剤も機体内で製造することができる」

「すごすぎるよ副長! やっぱり副長は天才だよ!」

「元々は大気中の二酸化炭素削減に利用しようと考えていたがね。……科学技術とは自然の応用だ。人の生活が良くなることに越したことはないが、自然の恩恵を忘れたり、人を堕落に導いてはいけない」

「難しい話だね……副長も色々考えているんだね」


 ふとナルミは、あることが気になりニオンに問いかけた。

 それは、この機体を動かす上で重要な部分。


「副長、動力はどうなってるの?」


 それだけの機密装置ブラック・ボックスが搭載されているのだ。かなりの電力が必要なはず。


「それに関しては、ムラト殿の体から生成される蓄電物質を参考にして作った蓄電池を利用している。小さいわりに、とんでもない程の大容量でね。充電に時間はかかったけど、無供給でも数ヶ月は活動できる。さらに装甲から太陽エネルギーを吸収できるから、よほどのことがなければ問題はない」


 一切の抜け目がない、作りと言えるだろう。

 ここに機械の超人が誕生したのである。


「そう言えば。副長はどうして、これ程の知識と技術を持っているの?」


 ニオンは少し考え込んだあと、ナルミに返答した。


「私に剣術を指南してくれた人だ」

「えっ! 副長の先生ってこと?」

「その人が、私に知識を授けてくれたのさ」

「……どんな人だったの?」

「……常に奇妙な仮面をつけていて顔を見たことはない。ただ服装からして大仙の人ではあったと思うよ。さらに奇っ怪な武具を多数所有していた」


 その時、おかしな鳴き声が聞こえてきた。


「フゲェーアッ」


 ベーンである。彼は手紙を手にしながら西門を潜り、二人のもと駆け寄ってきた。

 そして、手紙をニオンに渡した。


「……これは」


 黙読すると、それはオボロからであった。

 そして、その内容は石カブト総動員しての仕事である。


「隣国メルガロスでの魔族達の駆除か……」


 ニオンは言葉をつまらせた。

 メルガロス。それはニオンの故郷であり、因縁の場所であった。

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