魔王泣く

 嗚咽が魔王の玉座に響いていた。両膝をついて咽び泣くのは、魔王ルキナであった。


「……うぅ……どうして? 今の私には、不可能なんてないはずなのに……リリアナ……ハル……エルス」


 感知していた三人の生命反応が途切れたことで、彼女達が死んでしまったことは理解できた。

 でも自分に宿る全能の力を使えば三人を復活させることができる、そう信じていた。だが誰も姿を見せることはなかった。

 その時、玉座の空間に声が響き渡った。


(諦めるのだ、ルキナよ。三人は蘇ることはない)


「……災魔神さいまじん様……なぜです? 私には不可能はないはずなのに……なぜ三人は?」


(この世に存在する物で死んだのであれば蘇生することはできたであろう。……だが、リリアナとハルは、この世に存在しない者に殺されたのだ。ゆえに蘇生させることはできないのだ)


「……エルスは?」


(エルスも死ぬ前に同一の存在から攻撃を受けている。それが原因であろう)


「……この世の存在ではない? ……それはなんなのです? ……転生者ですか?」


(いや、転生でも転移でもない。神の力を頼らずにして、何か特殊な手段を用いてこの世界にやって来たようだ。……おそらく自力で次元の狭間を通り抜け、こちらに移動したのであろう)


 ルキナは立ち上がり、涙を拭いさった。

 今は悲しんでいる場合ではない。

 敵の存在が未知数すぎる。次の戦いのためにも、冷静に準備にあたらなければならない。


「災魔神様、三人は私が分け与えた超常の力を持っていました。それなのになぜ、負けてしまったのですか?」


(お前達の力は、この世界の存在には作用できるが、別の世界には通用しないのだ。……こう言っては悪いが、お前達が強いのはこの世界だけでのことなのだ)


 その言葉にルキナは悪寒を感じた。

 魔王の力は、世界に干渉して超現象を引き起こすもの。しかし別世界の存在には全く通用しない。別の宇宙には干渉できないのだ。

 魔王の力が役に立たなくなった魔王軍は、どれ程のものか?

 いや、分かっている。現に英力を封じてやったメルガロスの者達と同じようになる。


(……しかし、今回の戦いは異常だ。敵側に躊躇いがない。我は初代魔王の時代より魔王軍とメルガロスの戦闘を見てきたが、これほど攻撃的な戦いは見たことがない)


 古代より魔王とメルガロスは戦争を繰り返しているが、魔王軍が攻めてきた時しかメルガロスは行動はしなかった。

 そして無益な殺生は行わず、敵であっても降参すれば命をとるようなことはなかった。その慈悲深い姿こそ英雄の在り方だ、と言って。

 魔族にも人権があるようなことをしていたのだ。 

 だからこそ、今回の戦闘は異常なのだ。あまりにも、容赦がなさすぎるのだ。


(……ルキナよ、覚悟して見るがよい。三人の最後を)


 そう言って災魔神は、玉座の天井に先程行われた戦いの様子を映像のように映し出した。


「……うっ! これは……」


 あまりにも無残なものであった。

 竜のごとき巨大生物に粉々にされるリリアナと、胸を穿たれるハル。

 四肢を断たれ、巨体の熊に内臓をいじり回されるエルス。

 ルキナは思わず目をふせてしまった。


(ルキナよ、気を付けろ。相手側には、神である我でも理解できぬ存在がいる。それと新型の魔物を、お前に与えよう。好きなように命令するとよい)


「……必ず、みんなの無念、はらさせてもらう!」


 三人の死の姿を見て、ルキナは怒りに体を振るわせていた。





(あぁ、しんどい。神っぽい言葉遣い、マジ疲れるぜ。それにしても、なんなんだ? あのデケェ竜みてぇなのは。超常の存在でもねぇのに、次元の狭間を通り抜けで別世界に来るとか、とんでもねぇぜ。俺のような全知全能の神だって、自分の管轄外の世界には迂闊に接触できねぇのに。だいたい、あのデカブツどっから来たんだ? ……まあ、いいや。いまのところ計画に支障はないようだしな、もう少し様子を見るとすっか。それに、面白そうだ)





 勇者一党は武器を手に取りオボロを拘束しようと詰め寄る。

 戦闘能力を失った魔族を殺害するなど、この国にでは許されぬことなのだ。

 しかし、オボロは一党を見て鼻で笑った。


「へっ! 英力を封じられて、城でビクビクしてた連中が今頃になって、やって来るとは随分と都合がいいな。魔王軍がいなくなって安心して出てきたか?」


 これにたいして、長剣を構える少女が怒りの声をあげた。


「貴様! まだ我々をバカにする気か! 亜人風情が!」

「亜人か……。人間至上主義の連中がよく言いそうな差別用語だな。そうだろ剣聖、いや剣聖候補のお嬢ちゃん」

「……んなっ! 貴様、わたしのことを知っておきながら、そんな口の聞き方を……」


 激怒する少女は剣聖候補の者だった。

 史上最強の剣聖アルフォンスが剣聖の英力を失って以降、剣聖の英力を授かるものが今だにいないのだ。

 そして彼女は実力的に剣聖の英力が宿るのではないかと予測されている。ゆえに彼女は剣聖候補なのだ。


「いくらドワーフの集落を守ってくれた方と言っても、それ以上の侮辱は許しませんよ。……お分かりですか? 国は今、英力が使えないだけでなく、数年前の空帝ジズの撃退で戦力を大きく削がれているのです。ぼく達だって、今必死になって戦力を整えているのです。それぐらい分かってほしいものですね?」


 ローブを纏った少年がオボロを小馬鹿にしたように言う。

 しかし、オボロはおかしそうに笑みを見せた。


「賢者の坊っちゃんよぉ。おつむを図書館にでも、置いてきたか? 国が戦力を整えてる? そいつは嘘っぱちだな。女王は、なすすべがなくて混乱してるだけだろう。そんなことも分からんのか。……それに戦力の低下の要因が空帝撃退だと、本当に思うか?」

「……な、何を言ってるんです。……たしかに本では空帝との戦いで、多くの英雄が失われたと……先代勇者も剣聖も……」

「まあ、それに関しては、大人の事情で捏造されているだけだ。時間があったら本当のことを教えてやるぜ。どのみち女王は、約束を果たせなかったしな」


 そして、最後に勇者の少女が口を開いた。


「……あなたが言いたいことは分かるよ。なぜ助けに来なかったのか、でしょ」

「ハッキリ言えば、そうだ。住民が必死になって戦ってるのに、お前らは、いったい何をやってるんだ? それで英雄か? 笑わせてくれる」


 オボロの嘲笑に剣聖候補の少女は顔面を真っ赤に染めた。襲いかかりそうだったため、勇者の少女は彼女を制止した。


「それに関しては謝るよ。でも女王様の命令で城を出ることが許されなかったんだ。……それは分かってほしい」

「……住民の人命や生活よりも、腰抜け女王の命令が優先か? お前達にとって国民は、その程度の存在なのか? それとも人間以外の種族はどうでもいいか? この国の人間どもは一番安全な王都近くに住み着いているからな。どうせ魔王軍がここからいなくなったことが分かったんで、女王は城を出ることを許したんだろうぜ」


 オボロがそう言ったとたん、周囲の人々は勇者一党に冷たい視線を送りつけた。まるで軽蔑するかのような目付きだった。

 勇者一党は、たじろいだ。


「まあ、いい。……それで、オレのことを拘束するんだったな、勇者諸君。いいぜぇ相手をしてやる。さんざんバカにしたんだ、侮辱罪と魔族殺しを理由に、しょっぴくといいぜ」


 そしてオボロと勇者一党は集落から少し離れた位置で向かいあった。

 体格差は歴然。勇者一党の全体重を合わせても、オボロには及ばない。


「英雄の時代は、もう終わりだ。……この世には、より絶対的な脅威がある。それに比べたら、魔族など恐れる価値もねぇ」


 そう言いながら、オボロは力を解放するように筋肉を隆起させた。肉体が岩山のように変化していく。

 その姿に圧倒され、さっきまで強気だった勇者一党は一瞬にして緊張に包まれた。

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