共存不可

 いるだけで世界が滅びる?

 そんな話聞いたことがない。初耳であった。

 

「……師匠、それはどう言うことですか?」


 ロランは恐る恐る問いかけた。

 それにたいして、オボロは不満げに溜め息を吐く。


「まったく女王め、約束もはたせず、重要事項を公表してねぇとはな。呆れるぜ」


 頭をかきむしりながら、何かを呟くオボロ。

 そして頷くと、ロランを見据えた。


「よく聞け。魔族は魔粒子を体内に取り込んで生命力にしていることは、知っているな?」

「はい、詳しい仕組みまでは分かりませんが、魔粒子を養分にしているのは知っています」

「問題はそこにある。魔族は魔粒子をエネルギーに変換するとき副産物として、ある種の毒素を発生させる」

「えっ! そんな話、聞いたことないですよ」


 その二人の会話の内容に、周囲はザワザワとなり始めた。


「……どう言うことだ?」

「つまり、魔族ってぇのは、生きてるだけで毒をまいてるのか?」

「だがよ、魔族の毒にやられたなんて話聞いたことねぇぞ」


 個々に話にふける人々を見て、オボロが言う。


「人には無害だが、世界には有害なものでな。……いいから、どくんだ!」

「うわっ!」

「きゃっ!」


 オボロは自分の前を遮るロランとルナを突き飛ばした。

 もちろん手加減はしている、が、その腕力ゆえに二人はゴロゴロと地面を転がった。

 そしてエルスに近づき見おろす。


「……た、助けてください……僕は……この世界で……」


 彼の言葉に耳など貸さず、オボロはエルスの腹部に人指し指を突き入れた。

 オボロの太い指は、エルスの腹部の皮膚を突き破り、筋繊維を引きちぎり、ズブズブと少年の体内に侵入する。

 とたんにエルスはビクビクと痙攣して、ゴポォと血泡を口から吹き出した。そして、吹き上がった血がオボロの顔面を染め上げる。


「し、師匠!」

「……な、なんてことを!」


 オボロが無慈悲に魔族の少年の中身をいじり回す様子を見て、ロランとルナは悲鳴のような声をあげた。

 オボロは指の先端をエルスの胸の辺りまで捩じ込んだ。ちょうど指の先は胸骨や肋骨の内側辺りに達しているだろう。そして中身をからめるようにグリグリと指でかき回した。

 四、五回程かき回し、オボロは指をエルスの亡骸から抜き取る。

 オボロの指には少年の内臓が絡み付いており、それが芋づるのようにエルスの死体から出てくる。


「見てみろ」


 するとオボロは、からめ取った内臓から何かを引きちぎり、それをロランとルナに見せつける。

 それは、ベットリと血がついた紫色の結晶体だった。


「この結晶が魔族どもの心臓みたいなもんだ。こいつが魔粒子を崩壊させて、エネルギーを生みだしている。そして、その過程で毒素が発生する」


 その結晶は激しく光っている。そして、それと同時に赤黒い煙も放出されていた。

 その煙は空気より重いのか、流れ落ちるように地面にたっする。

 その赤黒い煙が生い茂る緑を包んだ時だった、草が枯れはてたのだ。


「し、師匠……それは?」


 その様子を見ていたロランが驚愕の声をあげた。

 そしてオボロは、輝く結晶を粉々に握り潰した。


「この毒は人には無害だが、自然界には有害だ。もしこの毒素が土壌に一定量蓄積されれば、二度とその土地の植生は回復しない。……分かるか? 魔族は、自然そのものと共存できねぇんだ。たとえ敵意が無かろうと、一人残らず抹殺するしかないんだよ。でなければ、この世は崩壊する」


 オボロの威圧的な説明。これには、その場にいた全員が後ずさる。


「……この毒素を見つけたのは、オレが傭兵時代のときだ。この国でデカイ大仕事を終えたばかりのとき、魔族から襲撃を受けてな。どうにか返り討ちにした……その時偶然に魔族の死体から漏れ出た、この結晶を見て発見したんだ」


 古代から英雄の国の者達は、魔王が出現する度に戦い続けてきた。そして、幾度も勝ち続けた。

 英雄らしくあるためにと、従順で敵意がないものには魔族と言えども攻撃を加えなかった。

 だがオボロの言葉が本当なら、魔族は見逃してはならないことを意味する。


「……それは……本当なんですか?」


 恐る恐る口を開くルナ。


「……目の前で、草が枯れるところを見ただろ。紛れもねぇ事実だ。このまま連中を放置しとけば、いずれ毒は国の全土に及び、他の国にも侵食するだろう」


 オボロは足下の枯れた草を指さした。

 草や花が毒々しく変色し、しなびれている。


「……師匠。どうして、それを早く公表しなかったんですか?」

「ここは人間至上の国だろ、オレが言ってもまともに取り合わんだろう。だからこそ、女王の口で公表するようにと伝えたんだがな……だが、お前らがこのことを知らねぇところを見ると、女王の奴は何も伝えてねぇようだな」


 ロランの問いにオボロが返答すると、振動とともに集落が巨大な影に覆い尽くされた。

 魔王軍の大部隊を壊滅させた、巨体な存在が彼等のもとに到着したのだ。

 近くで見ると、全貌が把握できない。

 人々は、その巨体を見上げるだけだった。


「竜? ……だよな?」

「でかすぎるだろ、いくらなんでも」

「……これだけの質量で普通歩けるか?」


 そして、オボロは集落の人々に厳しい視線をおくる。


「……はっきり言うぞ。魔族とは間違っても共存はできない。人どころか、世界そのものの敵と知れ。……どうする? 正義感あふれる、まともな野郎にはできねぇ仕事が始まるぞ」


 その言葉に、人々は静まり返り葛藤にふける。

 正義感か、現実か、それを選ばなければならない。

 間違いなく非道的な虐殺があるのは確実であった。


「……し、師匠、やります。ボクは、やります」


 そう言ったのは、ロランだった。

 犬の少年は、オボロを強い眼差しで見つめて決心する。

 彼の言葉に触発されたのか、周りからも声があがった。


「ああ、やってやる。……里を取り返せるなら、なんでもやる!」

「世界の命運が、関わっているならやるわ!」

「国は動いてくれねぇんだ。今は、あんたに従うぜ!」


 老若男女が叫び声をあげて、各々が手にした武器を天空に向けて突きだした。

 と、いきなりその集落の真ん中に転移の魔法陣が出現したのだ。

 また魔王軍の者か? そう思い人々は魔法陣を包囲した。

 しかし、姿を現したのは二人の少女と一人の少年であった。


「みんな大丈夫? 助けに来たよ、勇者参上!」


 元気よく言ったのは、青い鎧を纏った少女。


「魔王軍の姿が見えませんね」


 冷静な口調で周囲を見渡すのは、ローブを纏った眼鏡少年。


「女王様の命令で助けに来たのだ、国への感謝を忘れるなよ」


 そう言って人々を一瞥するは、長剣を腰に携えた少女。

 そして住民達は、三人のことをよく知っていた。


「勇者様」

「勇者一党ではないか」


 そう三人は、この国を救うため魔王退治の宿命を持った者達なのである。

 しかしそんな三人を見て、一人だけ唾を吐き捨てるような発言をする者がいた。


「今ごろ何のようだ勇者どもが? 魔王軍は、もういねぇぞ」


 言ったのはオボロだ。


「な、なんだと貴様! 口の聞き方に気を付けろ! 我々は魔王を倒す宿命をもっているんだぞ!」


 長剣を持った少女が激昂しながら抜剣すると、刃をオボロに向けたのだ。

 それと同時に細い閃光が走った。

 とたんに少女の足下の土壌が赤熱し蒸発した。そのため規模は小さいが爆発がおきた。


「うわぁっ!」


 たまらず尻餅をつく少女。そして土壌を爆発させた光線を放った巨大すぎるものを見上げた。


「竜なのか?」

「グゴオォォ」


 その巨大な竜は、少女を睨み付けうねり声をあげた。


「ムラトよせ。お前が出たんでは理不尽すぎる。こいつらが可哀想だ」


 オボロはムラトを制止させた。

 だがその言葉は、明らかに少女達を軽く見ている発言であった。


「貴様ら! 我々をバカにしているのか?」

「これを見てください!」


 少女の怒りの声を遮ったのは、ローブの少年だった。

 そのローブの少年が見つめているのは魔族の死体であった。四肢を切断され、腹部を掻き回されて酷いありさまになったエルスだ。

 そこに勇者を名乗った少女も駆け付け、エルスの亡骸を覗きこんだ。


「……酷いじゃないか。いくら魔族だからって、こんなのやりすぎだよ!」


 勇者は悲しげな表情で周囲の人々を見つめた。


「こんなの英雄の国の民のやり方じゃない。……どうして?」

「殺さなければならなかったからだ」


 勇者に冷たい返事をするオボロ。


「魔族はたとえ命乞いしても、殺さなきゃあなんねぇ」

「まさか! 命乞いをしていた、この子を殺したの。そんなの正義のやることじゃない。敵だからって、やって良いことと、悪いことがある。……事情があるのかもしれないけど、まずは拘束させてもらうよ。戦闘能力を失った魔族の殺傷なんて御法度だから」


 そう言って勇者は剣をゆっくりと抜きとった。  

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