激闘の白黒
熊二人とパンダ三人の戦闘が始まろうとしていた。
夜の村。誰も出歩いていないため、ギャラリーなどいない。
唯一アビィが彼等を遠くから見守るだけである。
パンダ達は身長二二〇センチとかなり大柄で、リエンヌも一八〇センチと長身だが、三七〇センチまで巨大化したオボロのせいで、もはや子供にしか見えない。
子供達の中に、一人だけ強靭な大男が紛れ込んでいるようにしか見えない。
「お前らは、オボロを捕らえろ。俺は、この白熊の姉ちゃんをやる。なんとしても、この姉ちゃんは俺が倒す。童貞卒業が最優先だ!」
「おうっ!」
「任せやした!」
リーダーパンダは手下達にオボロと戦うように命令し、自分はリエンヌと戦うと宣言する。
彼等の脳内は賞金よりも、美人と一発やることが大事なようで、実際のところはオボロを倒すのは二の次程度に考えているのだ。
「はっきり言うが……勝てる気がまるでしねぇぜ! こっちから勝負を挑んだのはいいが、まるで勝算がねぇ」
「それ相応の賞金が、かかってるからな。それに俺達は勝てなくてもいい、リーダーが勝ってくれれば。俺達の最大の目標は女とやることだ」
部下パンダ二人は竹槍と大鉈を構えてオボロを見据えるが、内心は諦めがついていた。
パンダ達も強いが、相手が規格外すぎる。一攫千金を目当てに勝負を挑んでしまったが、今思うとやめておけばよかったと思うのであった。
目の前には筋肉の要塞。体重差も半端ではないはずだ。
そして、パンダ達は武器を持たないオボロに言い放つ。
「なんだ、
「俺達なんか束になっても敵わねぇような馬鹿力をもってんだろ」
「たしかに、今のオレは丸腰だ。だが、アイテムならある! これ、なーんだっ!」
と、ふざけた口調でオボロは腰に携えている小物袋から毒々しい紫色の
そのアイテムを見た瞬間、パンダ達は後ずさる。
「まさか!
「なんて、危ない物を!」
彼等はオボロが手にしているアイテムを致死性の猛毒と考えたため怯んようだ。
しかし、オボロが持っているアイテムは、けして毒ではない。
オボロはニヤリと笑い、アイテムの説明を始めた。
「オレは人相手に毒なんて、きたねぇ物は使わねぇさ。これはオレの隊にいる陸竜が拵えて販売している、女性用の暴漢撃退グッズだ。だが一部の冒険者達は隠れた魔物を燻りだすのに、こいつを使用しているんだ。その名も……『
オボロは非常に下劣なアイテム名を叫びながら、大きく振りかぶり、手に持っていたボールをパンダ達の足下目掛けて投げつけた。
ボールは見事に彼等の足下の地面に着弾。
中身の液体が飛び散り、パンダ達もその液体の洗礼を受けた。
「なんだ、この液……くっさぁぁぁ! うわっ、くっせえぇぇ!」
「ゴッホッ、エッホッ! 臭いぃぃぃ!」
彼等の体に付着した液体や周囲に飛び散った液体が空気に触れた瞬間に一気に気化し、悪臭を撒き散らし始めたのだ。
あまりの激臭に悲鳴をあげ、悶えるパンダ達。
たとえるなら、ブルーチーズを肥溜めに数ヵ月漬け込んだ臭いである。
「ふふふ、安心しろ死にはしねぇからよ。それに、ド悪臭もベーンの屁と比べたら数段劣る」
笑いながら語るオボロ。
彼が投げつけた球はベーンが作った物で、外気に触れると気化し、極めて強烈な悪臭を放つアイテムである。
暴漢撃退とは語っているが、使用を間違えると自分も大惨事になりかねないため一般人にはあまり売れ行きは良くない。
かわりに冒険者には、なかなか良好である。
「オエッ! なんて恐ろしい奴だ!」
「ゲロゲロゲー! オゲェー!」
そして、もう一つ恐ろしい成分が含まれている。それは、嘔吐中枢を刺激する
激臭との組み合わせで、凄まじい吐き気に襲われる。
そして二人のパンダは耐えきれず、飲んだばかりの酒を戻して気絶してしまった。
「うわぁぁぁ! お前達! ……お前ら、くっさ! くっしぇー!」
リーダーが慌てて二人のもとに駆けつけたが、あまりの臭いに触ることができなかった。
耐えられず顔を背けてしまう。
「ぬおぉぉ……お前達!」
鼻を摘まんでなんとか我慢して悪臭まみれの彼等に哀れみの視線を送る、そしてオボロに向き直り激怒した。
「貴様! それでも最強と謳われた部隊の首領か! 恥を知れ恥を!」
「うるせぇ、パンダだな。まったく」
その様子にはリエンヌも顔をしかめて、オボロの近くまで歩み寄ってきた。
「本当に、あなたは最強の兵士なの? こんな戦いかた……」
さすがに最強と言われたオボロがこんな汚ないアイテムを使用するとは思っていなかったのだろう。
戦士らしくない戦いかたに、リエンヌは呆れた様子になってしまう。
しかし、オボロがこんなアイテムを使用したのには確りした理由がある。
「お前、あいつらから情報を聞き出すつもりなんだろ? だったら生かしておかんとな。アイテムを使わねぇで素手でやってみろ、目もあてらねぇ惨状になってたぜ。さっき酒場で話したろ、ガキのころ素手でオークを解体しちまったとな。オレだって、無益な殺生はしたくねぇぜ」
「……そう……だったわね」
オボロはリエンヌを見下ろし戦慄の過去をもう一度伝えた。
目の前にいる巨漢が鬼であったことを思い出し、リエンヌは冷静になると、ゆっくりとリーダーパンダを見つめる。
今度は彼女の出番である。
リエンヌの腕にはガントレットが装着されており、戦闘準備は万全である。
リーダーパンダも手に、メリケンサックを嵌めて戦闘準備を整えた。
お互い徒手格闘を得意とする者達だった。
「オボロ。まだまだ、あなたには聞きたいことがあるわ。あいつを倒したら、話の続きをしましょう」
リエンヌは、そう言ってリーダーパンダを目指して前進する。
「でへへへ……おっと、いけね」
パンダは、こちらに歩み寄ってくる彼女の体型を目で吟味して、顔を緩ませる。
そして、再度キッと顔をしかめて彼女の顔を見つめた。
「鬼熊に挑み、無念にも臭くされてしまった部下達のためにも。俺は、あんたに必ず勝つ!」
「さあ、どこからでも来てちょうだい」
二人は、脇を締めてファイティングポーズをとる。
そして、少しずつ互いにジリジリと距離を縮めていく。
互いの拳が十分に届く間合いに入り、少しの静寂のあと、先に拳を突きだしたのはパンダだった。
カエラは両腕を交差させ、それを防御する。
「ぐっ!」
メリケンサックがガントレットにぶつかり、凄まじい金属音が響き渡り、リエンヌは少しばかり後方によろめき苦痛の声をもらした。
防御できたが、強烈な衝撃が彼女の全身に響き渡ったのだ。
リーダーパンダの一撃は、凄まじい威力だった。まともに受ければ
「このお!」
リエンヌはすぐに体勢を立て直し、パンダの腹に正拳突きをはなつ。
その拳速たるや、常人では見えない程であろう。
「ぐふぅ!」
鳩尾に強力な一撃を受けて、パンダは苦しそうな呻きをもらすと、一旦距離を離し横隔膜が正常に機能するまでの時間を稼いだ。
呼吸を整え、カエラを見つめる。
「……強いな。姉さん、ますます抱きたくなったぜ」
「悪いけど、弱い男に預ける体は、なくってよ」
「へっ、そうかい」
パンダはいきなり、しゃがみこむと両手を地面につける。
降参か、とリエンヌは思ったが、男は短距離走のごとくスタートダッシュをきると頭から彼女に突っ込んできた。
あまりの速度だったので防御が間に合わず、リエンヌは体重二〇〇キロ以上から繰り出されたタックルをまともに食らい後ろに吹き飛ばされゴロゴロと転がった。
「がはっ! ごほっ!」
これまた強力な攻撃であった。呼吸が上手くできずに苦しい。リエンヌは起き上がると苦しそうに咳き込んだ。
「どうだい、姉ちゃん? 俺も結構やるだろ。さあ、もうこのへんにして俺達に、その綺麗な体をまかせろよ」
「……ちょっと見くびりすぎてたわ。私が思ったほど悪い男ではなさそうね」
そう言って、彼女はまた身構える。闘志は燃え尽きていない。
「ふっ、そんなこと言ってくれるなんて嬉しいねぇ。調子が上がりすぎて、今なら鬼熊にも勝てそうだ。見てろよ……ぐあぁぁぁ!」
パンダは調子に乗ってオボロに向かっていくが、一発のデコピンで額を割られ流血して地面を転げ回った。
やはり鬼を相手するには無理があった。
「ふっ……まだ、鬼熊とやる時期ではない」
男は痩せ我慢をして無理矢理に立ち上がり、何事もなかったように振る舞うが両足がガクガクしていた。
気を取り直して、再び両者向かい合う。
今度は、リエンヌが先手に出た。
物凄いスピードで駆け出すと、パンダの手前で跳躍して彼の頭を掴み、鼻面に強烈な頭突きをぶちかました。
「あがぁ!!」
パンダは鼻血を撒き散らしながら悲鳴をあげた。
とても女性とは、思えぬ攻撃手段だった。
しかしパンダは負けじと肘打ちを彼女の左側頭部に打ち込む。
「ぐ!」
思わず声をあげるリエンヌ。
頭部の皮膚が裂けたらしく、彼女の顔にはドロリと血液が伝う。
両者意識が混濁しているが、ガクつく脚にむち打ち見合う。
パンダがリエンヌの左脚にローキックをはなち鈍い音が響かせた。
「あぐぅ」
彼女は衝撃と痛みで、バランスを崩しそうになったが何とか持ちこたえると、男の懐に入り込みまた強烈な正拳を鳩尾に叩き込んだ。
「ぐはあぁ!!」
これには、たまらず男は屈みこんで苦痛の声をあげた。
リエンヌは、この体勢になるのを待っていた。身長に差があったため、なかなか頭部を狙えなかった。
しかし今はパンダの体が折れ曲がり、頭部が下がっているため狙える。
「これで、終わりよ!」
カエラは渾身のアッパーカットを叩き込んだ。
男は半回転して地面に叩きつけられ動かなくなった。
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