戻れなかった村
賞金稼ぎのパンダ達は全員倒された。
一人は殴り合いの果てに。もう二人は臭いものをかけられて。
オボロは鼻を摘まみながら、強烈な臭いを発して気を失っているパンダ二人に歩み寄った。
「やはり、触れそうにないな」
悪臭の液と自身の嘔吐にまみれた酷いありさまである。とても今の状態のパンダ達を触るのは無理だ。
とそこに、フラフラとした足取りでリエンヌが近寄ってきた。
「やるじゃないか、リエンヌ。みごとな格闘技術だった」
そう言ってオボロは、リエンヌを支えながらゆっくりと座らせた。
彼女の白い体毛に覆われた肉体は、所々血で赤くよごれていた。
「……まだまだよ……けっこう危なかったわ」
リエンヌは息を荒げながらオボロを見上げた。オボロは誉めてくれるが、危ない戦いだった。彼女は、まだまだ自分が未熟であることを理解した。
そしてオボロはリエンヌから手を離し、近くにあった井戸に向かうとそこで水を汲み上げた。
「この臭いの成分は、水で分解できる」
そう言うと、オボロは汲んだ水を悪臭まみれのパンダ達にぶっかける。
「もう少しすりゃあ、意識を取り戻すだろう」
臭いはおさまり、意識を取り戻したパンダ二人は一安心するように息を吐いた。
「まったく、ひでぇ目にあったぜ。……まあでも、本気であんたとやったら、俺達は肉片と化していただろうな」
「俺達なんかじゃ、とてもかなわねぇ」
そう言ってパンダ二人はオボロを見上げる。
自分達が子供程度でしかない身長差、数倍はあろう体重、そして数十人いても圧倒されるであろう剛力。もしもオボロが加減せずに向かってきていたら、目も当てられぬ惨状になっていたであろう。
彼がアイテムを使用して自分達を倒したのは、手心であることは明らかだった。
「で、お前ら。リエンヌが欲しがってる情報を知ってんだろ? だったら約束どおり、話してやりな」
オボロはパンダ達の目の前で方膝をつき、視線を合わせた。
すると彼等はリエンヌに殴り倒されたリーダーパンダの方を向く。
「俺達は、詳しくは知らないです」
「知ってるのは、アニキですよ」
情報を知っているのはリーダーだと言われ、リエンヌにノックアウトされたリーダーパンダをオボロはゆっくりと起こしてやった。
男は呻きながら目を覚ました。
「……うぅ、顎がいてぇ……くそう、負けちまったか」
意識はハッキリしているようで、言葉も発することができた。リーダーパンダは自分の顎をなでさすりながら労る。
リエンヌもある程度体力が回復したのか、リーダーパンダの下に歩み寄ってきた。
「それじゃ約束どおり答えてもらうわよ。と、その前にいいかしら、あなた達三人とも私のところにこない? あなた達程の腕なら私の所属してる場所に相応しいけど」
リエンヌは情報を聞き出す前に、パンダ達に自分の所属への勧誘を口にしだした。
それに対して、リーダーパンダは笑みを見せる。
「嬉しいねぇ。あんたともっと早く出合えてれば、俺達はこんな賞金稼ぎなんかにゃなってなかっただろうに」
「なら今日で廃業ね」
リエンヌが優しげな表情を見せると、パンダ達はそれに見とれたかのように表情を緩めた。
彼女がリーダーパンダを立たせようと、手を差し伸べた時だった。
「あぶねぇ!!」
リーダーパンダは突如叫び、リエンヌを突き飛ばしたのだ。
尻餅をついたリエンヌは何事かと思い、自分を突き飛ばした男に急いで顔を向ける。
リーダーパンダの胸には矢がそびえ立っていた。
「に、逃げるんだぁ……あいつらが……そうだ……」
男はそう言うとバタリと倒れ絶命した。
そして風を切る音が無数に聞こえてくる。
「ア、アニキ! ……ぐがぁ!」
「ぐあぁ! ……なぜだ?」
風を切りながら飛んできた何本もの矢が、残された二人のパンダ達の命も奪った。あまりにも一瞬の出来事だった。
「な、なんだ、いきなり? これは……」
オボロはいきなりの攻撃に驚き、周囲を見渡した。そして仰天する。
オボロ達はクロスボウを手にした集団に包囲されていたのだ。
「くそぉ!」
尻餅をついたリエンヌは急いで立ち上がろうとする。
しかしカエラが立った瞬間、彼女の右腿に矢が突き刺さり再び転倒してしまった。
「うあぁぁぁ! ……こいつら?」
痛みで悲鳴をあげたリエンヌは、自分達を包囲する集団を睨みつけるように見渡す。
百人は軽く越えているだろう、そいつらが自分達に向けてクロスボウを構えていた。
「オボロ! 逃げてぇぇぇ!」
アビィが大声を出しながら、こちらに駆け寄ってくることに気づいたオボロは、彼女に向かって叫び声をあげた。
「アビィ! 来るな!」
オボロは駆けつけてくる少女を制止させようとしたが、無情にも集団の一人がアビィに向けて矢を放った。
吸い込まれるように矢はアビィの胸を貫く。彼女は口元から血を溢して崩れ落ちた。
「アビィィィ!! ……くそぉ!」
倒れて微動だにしないアビィを遠くから見つめ、オボロは絶叫をあげた。そして怒りを込めて、地面に向けて拳を降り下ろす。土煙があがり小さめのクレーターが形成される。
幼い命が断たれる瞬間を見てオボロの感情が爆発したのだ。
「お前らか? リエンヌが言っていた薬物や偽硬貨を密造しているのは」
オボロは自分達を包囲する連中をギロリと睨み付けた。
彼の怪力と気迫を目の辺りにしたためか、集団は一瞬後ずさる。
しかし仕切り直したようで、オボロとカエラにゆっくりと近寄ってきた。
暗闇で集団達の顔が見えなかったため、オボロは接近してきた彼等の正体を確認する。
それは全員見知った顔だった。
「……なっ! どうして、お前らが?」
「……ここの住民」
オボロだけでなく、リエンヌまでも絶句する。
二人を包囲しているのは、この村の住民達だったのだ。
彼等は無言でオボロ達にクロスボウを向けてくる。トリガーを引けば、いつでも矢が放てる状態だった。
「いったいどうしたってんだ!」
「私が説明いたしましょう」
オボロが住民達に問いかけると、前方から初老の男性が歩み寄ってきた。
オボロはその男のこともよく知っている。と言うよりも、さっきまで一緒にいた。
「マスター、どこ行ってたんだ? いやっ、そんなことよりも、これはどう言うことだ!」
マスターに掴みかかりそうなオボロを見て、何人かの住民がクロスボウのトリガーに指をかけた。
それを察知したのか、マスターは右腕を挙げて彼等を制止させる。
そして近寄ってきたオボロを見据えて、彼の問いに答えた。
「すみません、オボロさん。この村を去ろうとしていたネズミの始末に行っていました」
マスターはパンダ達の亡骸に視線を向け、また口を開く。
「あの者達は、この村の秘密を知ってしまった。だから殺すしかなかったのです」
「……秘密だと?」
「はい、オボロさん。あなたは、この村から違法薬物や偽硬貨が出回っていると言う話をリエンヌさんから聞いたようですね。……それらを造っているのは、私達なんです」
「……なんだと」
オボロは言葉を失った。
住民達は、あれほど密造や密売を強制されて苦しめられてきたのに。なぜ自分達でそのようなことをしたのか。
ふとマスターが、もの悲しげな表情をしていることに気付いた。
「……まさか、村を捨てたくないがためにか?」
「……はい、他に手段がなかったのです」
マスターは徐々に廃れ行く、この村を思い返した。最愛の場所を。
村に誰も訪れず、徐々に廃れいく村。
それに耐えきれず、村を捨て去って行く若者達。
そして貧しい生活に苦しみ、利益を得るために一番嫌っているはずの密造についに手を染めていく住民達。
人々の心は徐々に壊れていき、後戻りがきかなくなっていった。
そして村の人々が造った違法の品々を求めるように、やって来る裏世界の者達や犯罪者。
犯罪に手を出さなければならないほどに、この村は衰えていたのだ。
オボロは目を見開きながら体を震わせた。悲しみと怒りがこみ上げてくる。
こんなことをさせるために、村の人々を助け出したのではない。
「せっかく助けてやったのに……そこまでして。お前達が一番嫌っていたはずの密造にまで手を出してでも……この村を捨てたくなかったのか?」
オボロのその言葉に、マスターは一回だけ頭を縦に振った。
「ここは私達が生まれた土地です、捨て去るなど……。オボロさん、残念ですがここの秘密を知った以上あなたにも死んでいただきます」
オボロを殺すことに相当苦渋したのだろうか、マスターは拳を強く握りしめて震わせた。
そして、全てのクロスボウの先がオボロに向けられる。
完全に包囲され逃げ場などない。
「最後に聞きたいことがある」
オボロは全身に力を込めると、最後とばかりマスターに問いかけた。すると鬼熊の筋肉がみるみる膨張していった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます