狼少年再び

 オボロが二杯目の感電ブランを飲み干すと同時に、酒場の中に誰かが入ってきた。

 それは、ボロボロの服を着た小柄な狼少年。


「ん? お前は、さっきの」


 少年に目を向けるオボロ。その子が、先程自分から金を強奪しようとした少年達の一人であることが分かった。

 少年は袋を握りしめて、オボロに近寄る。


「……あの、お釣りが……」

「えっ?」


 いきなり袋をつきだしてきた少年に、オボロは呆気に取られた。

 どうやら少年はオボロから貰った金貨で腹を満たしたあと、物凄い釣り銭が出てしまったので、返しに来たようだ。

 オボロが少年達に渡した硬貨は、ただの金貨ではなく、重金貨じゅうきんかと言う特殊なものである。

 普通の金貨とサイズは変わりないが、大量の素材金属を圧縮して作られているためズッシリと重い。

 一枚で一般家庭の月収、二ヶ月相当の価値があり、普通の人なら見かけることはない硬貨である。

 この硬貨を持っていると言うことは、王族や貴族などの有力者、あるいは極めて危険な仕事を生業としている存在であることを意味する。

 もちろんオボロは後者である。


「何言ってるんだ、取っとけよ。村から出るための支度金にしろよ。ここじゃ仕事も無さそうだしな」


 オボロはそう言って、少年がつきだしてきた袋を優しく押し返した。

 少年は少し困惑顔になったが、納得したように頷き笑顔を見せる。

 汚れた服を着ていても、その笑みは年相応に愛嬌があった。


「笑ってるほうが、可愛らしいじゃねぇか。ほれっ! お前もここ来て、なんか飲め。ただし果汁ジュース乳汁ミルクだけだぞ。そういや、名前は何て言うんだ? オレはオボロだ」

「……アビィ」


 少年に右隣に座るように勧めるため、オボロは椅子をポンポンと叩き名前を尋ねた。

 少年は可愛いなどと言われたせいか恥ずかしそうな素振りを見せてから名前を名乗り、オボロの隣に腰をかけた。


「マスター、美容にいい野菜と果物たっぷりのドリンクを、この可愛いお嬢さんに」

「かしこまりました」


 オボロがマスターに注文したときの言葉を聞いて、アビィは目を見開きオボロを見上げた。

 オボロは分かっていたのだ。アビィが、少年ではなく、少女であることに。


「……どうして! ボ、ボク、いやっ……わたし、女に見られたことないのに!」

「分かるぜ。他の連中はどうかは知らんが、オレの目はごまかせん。磨けば相当な女になれると思うぜ」


 アビィは驚きを隠せなかった。

 今まで、女として見てもらえなかった、それなのにオボロはあっさりと自分が女であることを見抜いた。

 すると、彼女の目から大粒の涙がこぼれ始める。

 一人の女として認めてもらったからだろう。


「女の子らしい、オシャレもできずに辛かっただろう。アビィ、お前の両親は殺されたんだろう。五年前ここで、のさばっていた犯罪組織のせいで」


 オボロは、アビィの頭を巨大な指先で撫でながら尋ねる。

 アビィも、オボロの言葉に答えるように、何度もうなずいた。

 犯罪組織があったころの住民の扱いは酷いもので、働けない者は容赦なく殺され、女は無理矢理に抱かれ、組織の構成員の気分しだいで暴行を受けていた。

 アビィの両親も厳しい強制労働の末に死んだのだ。

 たとえ犯罪集団が消えても、両親のいないアビィは、まともな生活には戻れず、汚い路上で暮らすしかなかったのだ。


「組織が消えても、あまり村の活気は回復しなかったようだな。様子を見りゃ、分かる。そうだろ、マスター」


 オボロはアビィの頭から指を離して、マスターに尋ねた。夜の村とは言え、全然活気がなさすぎる。

 周囲からは犯罪組織があったため訳ありの村と見られ、無理矢理ではあったものの住民達は犯罪に協力していた。

 どうしても負のイメージが払拭できず、この村は廃れていったのだ。 

 マスターは悲しげに語る。


「えぇ、そうです。犯罪集団がいたという理由で、ここにやって来る人がほとんどいなくなってしまいまして。ましてや強制労働とは言え、私達も犯罪の肩代わりをしていたようなもの。心無い人達から見れば、ここの住民は犯罪の協力者としか見られませんでした」

「……マスター、悪いことは言わん。あんたも、ここを離れたほうがいいんじゃないのか? あんたの手腕なら、もっといい店が出せると思うが……」

「オボロさん……。ありがたいですが、そうはいきません。ここは私が育った故郷ですから。日々の生活はギリギリですが、どうしても離れたくありません」

「……そうか」


 オボロはそう言って、寂しそうな溜め息をついた。

 そしてオボロは、アビィにあることを尋ねた。


「そういや、アビィ。お前と一緒にいた、連中はどうした。他に孤児はいねぇのか?」

「……二人は明日には、村をでるって。わたしも一緒に村を出ることにするよ。子供は、もうわたし達しかいないの。みんな村を出たか、あとは栄養失調で……」


 アビィはオボロを見上げて、素直に答えた。


「……すみません、オボロさん。少し席を外します」 


 アビィの前に注文されていたドリンクを置くと、マスターは忙しそうに、その場から離れた。

 店の奥に行くのかと思いきや、なぜか店の外に行ってしまった。

 マスターがいなくなると、左隣に座るカエラがオボロの腕を掴み見つめてきた。

 さっきまでの会話に感動したのか、目元が潤んでいた。


「……オボロ。あなた、本当にいい人だわ。実力もさることながら、私に強さと力の違いを教えてくれたり、女子供に優しいなんて」

「おいおい、今のオレはそんなこと言われるほど、すごかねぇよ。実力も今じゃ、二番手だ。しかも一番手とでは力量に差がありすぎる……」


 カエラの言葉に、オボロは頭を掻きむしりながら返答した。

 オボロは確り認めていた。今ではもう自分の実力など二番目だと、そも一番の奴と比べたら雲泥の差があることも。

 そう思いつつ、オボロは気になっていたことをカエラに問いかけた。


「そういやカエラ、お前もこの村で宿泊するのか?」

「まあ、そうだけど。……実は依頼で、この村に来ているのよ」


 依頼と聞いて、オボロはカエラの方へと視線を向けた。こんな異常がなさそうな村で依頼とは、不思議な話しであった。


「依頼? このへんにゃ魔物なんぞ少ねぇしな? 何かの配達か?」

「調査よ。この辺の地域一帯に出回ってる、違法薬物や偽硬貨の出所がこの村だって、捜査でわかったの。もしかするとオボロ、あなたが潰した組織の生き残りが、まだいるんじゃないかしら。大勢で来ると警戒させちゃうから、私一人でコッソリと来たわけ」


 と説明するカエラ。しかし、オボロは訝しく思った。

 構成員全員がオボロによって栄螺サザエで撲殺され、その後王国の徹底した捜査も入り、組織は完全に壊滅したはず。

 だからこそ、生き残りなどいないはずなのだが。


「ひひっ、両手に花だなデカイの」

「妬けるぜぇ」

「ちと顔をかしてもらうぜ」


 オボロが冷静に考え込んでいると、店の奥のテーブルで飲んでいた、素行が悪そうな三人の男が近寄ってきた。

 ただ、人間じゃない。


「ん? パンダ、パンダ、パンダ三人じゃねぇか。オレにようか?」


 オボロの言うとおり、パンダ毛玉人の三人組だった。

 

「うっせぇ! デカブツ!」

「てめぇ、状況が分かってんのか!」

「お前は今、絡まれてんだよ!」

「まぁ、落ち着けよ」   


 嘗められたような反応に激怒するパンダ達。

 そんな彼等を、まぁまぁとなだめるとオボロは表情を真剣なものにした。そして凄まじい威圧感を発し始める。


「そう騒ぐなよパンダ諸君。オレがモテてるから、それで腹を立てて突っかかてきた、だけじゃねぇだろ。お前ら、賞金稼ぎだな。大陸西の諸国や一部の組織から、オレは狙われているからな。しかもかなりの金額で」


 オボロは見ただけで彼等の正体を言い当てた。

 彼の発する重圧はパンダ達だけでなく、アビィやカエラの背筋をも凍りつかせた。

 あきらかに普通の人が発するようなプレッシャーではない。


「……ああ、そうだ。分かってんなら話が早い。お前の首をいただきてぇのよ。お前の首には、貴族になれるほどの価値がついてるからな。これは一攫千金の大チャンスだぜ」


 右目に傷があるリーダー各と思われるパンダが言うが、オボロの威圧感に負け気味である。

 それを聞いてオボロは、視線を玄関に向けた。


「いいぜ。相手になってやろう。指名の勝負から逃げたことはないからな」


 オボロは堂々と挑戦を承諾した。


「あと、そっちの白い姉ちゃん。あんたは、ここの村に調査に来てるって言ってたな。どうだ、あんたも勝負しねぇか? あんたが勝ったら俺が知ってる情報をやろう。だが、あんたが負けたら、そのう……俺達の童貞をもらってくれないか?」


 リーダー各のパンダはオボロだけでなく、カエラにも勝負事を挑んできた。心を隠しもしない内容である。


「そうね。いいわよ、その勝負乗ったわ。私が勝ったら全て話しなさい。かわりに私が負けたら、受け止めてあげるわ」


 勝負を受け入れるカエラの発言を聞いて、パンダ三人衆は顔をだらしなくさせ、カエラのボディをまじまじと見つめた。

 パンダ達から見ても絶世の美女なのだ。情欲には勝てなかった。

 彼等は早速、外に出ようとしたが、ここで問題が起きた。

 オボロが、玄関に挟まったのだ。


「速く出ろよ、デカブツ!」

「後がいるんだよ!」

「でかく、なりすぎなんだよ!」

「あたた! お前らケツを蹴るな! 傷が治ったばっかなんだ」


 パンダ三人に罵声を浴びせられ、尻を蹴られるオボロ。マエラの実験で悪化した肛門が、まだ痛むようである。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る