強さとは
「とまあ、
オボロは過去の話を終えた。
なぜ通常の毛玉人達よりも、強靭な肉体を持っているのか。それは幼い時に負った脳組織の損傷による異常な変貌であること。
それから、一度も家に帰っていないことも。
そしてリエンヌの顔に視線を向けると、彼女は悲しげな表情でオロオロしていた。
「ご、ごめんなさい。……とんでもないことを、聞いちゃって。そんな、ことが……」
リエンヌは、とんでもないことを聞きだしてしまったと思ったのか、気まずそうにカウンターテーブルに目線を落とす。
「……てっきり、秘薬の類を使用したものだと思ってたわ」
「オレは、そういったインチキくさい物は好かん。たしかに、この体は脳の損傷による後天的な授かり物だろうが、それだけでは強くはなれんぜ」
彼女の言葉に、答えるオボロ。
素質だけでは限界がある、いずれ通用しなくなる領域があるのだ。
戦いに戦いぬいた経験、常軌を逸した鍛練による肉体的強化。
今のオボロは、それらもあってこそ生まれた強靭な男なのだ。
「力を持つならガキんちょにもできる。剣でも弓矢でも持たせてやればいいだけだからな。苦しみ、足掻き、そう言った過酷と不屈の先にしか本当の強さはない」
そう言ってオボロは力強くリエンヌの顔を見つめる。彼の顔は、まさしく百戦錬磨の猛者のごとき表情であった。
そして身体中に刻まれた、数多の傷が過酷な経験の証である。
今度はオボロが問いかけた。
「リエンヌ、どうしてオレに、こんなことを聞いたんだ? 強くなりたいのか?」
「もちろんよ、強くなりたい。私には目的があるから」
そう言って、彼女は顔を天井に向ける。
真剣な眼差しで美しい横顔だ。白い体毛がよりいっそう彼女を美しくしている。
「強くなりたくて、最高の装備を求めたり、魔術の獲得も考えてみたわ。でも、私には魔術の才はなかった。……魔導士達にバカにされただけだったわ」
それを聞いたオボロは、自分の巨大な手を見つめ語り出す。
「別に魔力がなくともいいじゃないか、オレだって魔力はもってない。武器も魔術も過信しすぎると、思わぬ墓穴になる。武器を使うにも隙が生じるし、魔術も使いすぎれば魔力が枯渇して自滅してしまう。実際、それが原因で死んでいった奴を幾度も見ているからな。決闘ならともかく、戦場となればなおさらだ」
幾多もの戦場に出向いたオボロだからこそ分かることがある。
最高の剣を鞘から抜く前に、利き腕を切り落とされた剣士。
魔力を使い果たし昏倒したところを、敵味方に踏み殺された魔導士。
四方八方から襲いくる刃。
雨のごとく降り注ぐ攻撃魔術。
脚にしがみついてくる、死に損ない達。
無害そうな、女子供まで武器を手にして向かってくることもあった。
戦場は敵味方入り乱れる混沌の空間なのだ。
強力な装備があれば、強大な魔術があれば、そんなもので、どうこうなる場所ではないのだ。
オボロが、そう思いに耽っていたとき、ゴトリと彼の前に超巨大なジョッキが置かれた。
そして、マスターが丁寧にお辞儀をする。
「お待たせいたしました」
注文していたキンキンに冷えた感電ブランである。
サイズがサイズだけに、準備するのに少々手間取っていたようだ。
「おう! サンキュー」
そう言ってオボロはジョッキを掴み、ゴクッと喉を一度鳴らしてジョッキを空にしてしまった。
ボトル五本分の酒を瞬時に飲み干してしまったのだ。
その様子に「げっ!」と目を丸くするリエンヌに向かって、マスターが語り始めた。
「オボロさんの強さは、間違いなく本物です。かつて大陸の西側で起きた、
「……もちろん知っているわ。大陸西側の連合国と毛玉人達の戦争。当時の大陸の西側の国々は人間至上主義で私達毛玉人を相当に差別していたからね」
野獣大戦が起きたのは十五年前、約五年間激しい戦いが続いた。
当時の西側での毛玉人達のあつかいはひどいもので、彼等に人権などまったく存在していなかった。
奴隷などあたりまえで、ひどいときは狩猟でもやるかのように殺された者もいる。
しかし、それでも毛玉人達は隠れながらも懸命に生活していた。
そして、リエンヌは開戦の原因を語り始める。
「ことの発端は、ひどい内容だったわね。どっかのバカ王子が狩猟中に崖から転落し、死にかけていたところを毛玉人の子供達に助けられた。王子は、その子達の集落で手当てを受け、一命は取りとめたけど……」
いきなりリエンヌは怒りでも込めるかのように拳を強く握りしめた。
そしてギリッと歯を食い縛る。
「……その王子は、あろうことか自分を助けてくれた集落を焼いた。愚かな毛玉どもに助けられた、などという事実があってはならないという理由で……」
大戦のすべての原因は、一国の王子にあったのだ。
転落して致命傷を負い、毛玉人の子供達に助けられ、彼等の集落で治療を受けて一命をとりとめることができた。
しかし国王の跡取りである身分の自分が、あろうことか差別対象である毛玉人達に命を助けられたなどと言う恥辱があってはならない。
その痕跡を消すために集落ごと、助けてくれた子供達も、治療してくれた人達も、すべて焼き払ったのだ。
これが要因となり、毛玉人達は完全に激怒し開戦にいたった。
「……ほんと、ヘドがでそうだわ」
リエンヌは拳をワナワナと振るわせた。
自分には関係のない戦争だが、内容が余りにもひどすぎるからだろう。
だが開戦したはいいものの、毛玉人達は明らかに劣勢だった。
「あの戦争は、国力を利用した弱い者いじめだったわね。連合国軍は約八〇〇万。それに対し毛玉人達のレジスタンスは五千にも満たず。義憤に駆られたバイナル王国の大賢者も参戦してくれたけど、圧倒的な数に敵わなかった」
彼女の言う通り、毛玉人達は連合国の圧倒的な物量になすすべなく制圧されていった。
しかし、あることがあってから急遽事態が変貌したのだ。
「でも突如、たった十名の傭兵部隊が参戦して、劣勢だったレジスタンスを訓練し、挽回させた。そして圧倒的な戦力差をものともせず、ついには連合国軍を降伏させるにいたる。その毛玉人達の変貌ぶりから野獣大戦と呼ばれるようになった。たしか、あの傭兵部隊の名前は『
リエンヌは、ハッとしオボロの方を向いた。
マスターが、オボロの強さは本物と言ったとき、なぜ突如この戦争のことを話しだしたのか。それが分かったのだ。
そして、マスターが笑みを見せながら語りだした。
「そうです。かつて大陸最強の傭兵部隊と恐れられていた刀牙衆、その頭こそオボロさんなんですよ」
二人に見つめられた、オボロは頭を掻きながら恥ずかしそうになる。
「よせよ、それは昔の話だ。今は、もうただの雇われ屋だ。かつての構成員もオレを残して全員が死んだし、名が知れてるのは西側だけのことだ。大陸の中央であるこの国じゃ、あんまり知られてねぇよ」
オボロ個人でも一騎当千の実力を持ち、さらに戦闘訓練により強靭な兵士を輩出する。それゆえに最強の部隊と言われていたのだ。
しかし名が知れているのは西側だけで、サハク王国ではただの雇われ屋としか認知されていない。
だが、これは表だけの話で、一部のベテラン冒険者や有力者などは彼の過去を知っている。
「しかし、あなたが強いことには変わりありません。あなたがいたから、この村も救われたのですから」
マスターのその言葉が気になったのか、リエンヌはオボロとマスターを交互に見る。
「やたら彼のことを知ってるようだけど、マスターとオボロはどんな関係なのかしら?」
するとマスターは天井を見て、じっくりと思い出すように口を開いた。
「五年前ですかね。この村には、国内最大の犯罪組織がありましてね。ここの住民達は、その集団に強制労働を強いられました。密売やら密輸やら密造まで色々。国も兵士達を出して制圧したかったでしょうが、住民達は労働だけでなく人質と言う意味もありましたから……」
城の騎士達を使えば犯罪組織を制圧するのは簡単だったが、当時の王であるアルヴァイン国王は住民達に死者がでることは、どうしても避けたかったのだ。優しすぎるゆえに、犯罪組織に手がだせなかったのである。王としては、どうしても甘い面がある人物だったのだ。
「そこで、
オボロは、思いに耽るマスターを見て言った。
「どうやって潜入したの?」
どのようにして潜入に成功したのか問うリエンヌ。
すると、オボロは真剣そうな顔になり口を開いた。
「女装して娼婦に化けて、潜入を試みたんだ。だが、なぜかあっさりバレちまってよ。なにがいけなかったのか……その後、捕らえられて、まあ潜入事態はできたわけだ。だがよ、あの連中はオレの美しい女装をバカにしやがった! ……化け物だの、てめぇに乗られたら骨が砕けるは、とか。そんで、あったまきたから全員をしばいてやった」
内容が異常であった。
今ほど巨体ではないにしろ、当時すでにオボロは三メートル近くに達しており、岩山のような男。
それが女装して、敵に接近するのは無理がありすぎる。
しかし、当の本人は自信があったようだ。
そして、リエンヌは恐ろしげに尋ねるのだった。
「……娼婦って、どんな変装をしたの?」
「
これ以上は恐ろしいので、リエンヌはこの話を続けることをやめた。
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