変貌
ニコは不安で不安で仕方なかった。
もう、しばらくのあいだオボロのことを目にしていないが、彼の身になにかとんでもないことがおきていることは分かっていた。
毎日、父ロッパや医師や集落の大人達が表情を歪めながらオボロの看病をしている。
彼等は桶を持って部屋に入いり、しばらくすると出てくるのだが、いつもその桶は赤黒い液体で汚れていたのだ。中に何が入っているのかは、想像したくなかった。
そしてオボロが寝かされている部屋からは、強烈な臭いがしている。何かが腐敗しているような臭いだった。
しかし、今だに彼には面会できていない。
オボロは今どうなっているのだろう。
そんな不安で中々寝つけなかった、とある深夜のこといきなり家が震えたのだ。
爆発とかではなく、何か重たい物が落っこちたような揺れだった。
しばらくすると、オボロがいる部屋から大人達の声が聞こえてきた。
「ベッドが潰れた!」
「ダメだ、俺達だけじゃとても起こせない。人を呼んでくる」
「ああ、頼む。クソ、いったい何がおきてるだ? ……本当にこれがオボロなのか」
またオボロの身に何かがおきているのだろう。ニコは胸に手を当てて、ただ彼の無事を祈ることしかできなかった。
オボロが倒れて一ヶ月したころ、原因は分からないがオボロの症状はピタリと収まった。
しかし、意識は戻らず安心できる状態ではなかった。
今日もいつもどおり、オボロが眠る一室から医師がでてきた。もちろんのこと表情は沈んでいる。
「奇跡的に一命はとりとめたと思いますが、意識を取り戻すかは分かりません。仮に意識が戻っても、まともな生活には……それになぜ、あんな体に」
「……そうですか。ありがとうございました先生」
ロッパは医師に頭を下げた。
医師が帰路につくと集落の大人達をオボロが眠る部屋に集結させた。
今のオボロの状態を説明するために……。
ロッパの家から医師が帰ったころ、集落の広場でニコは膝を抱えていた。
そして、オボロがここでお菓子を配ったり、自分と決闘をしていた日々を思い出していた。
子供達に菓子を与え、みんなから慕われ、絶対な信用をえていた。
彼に幾度も挑んだが、一度も勝てなかった。
「オボロ……」
「そこの君、ここの集落の子だね」
ニコが悲しげに呟いていると、後ろから二人組の男が声をかけてきた。初老の男性と若い青年だった。
街から来た者達と思われる。
ニコは立ち上がり、二人の方に体を向けた。
「何か、ご用ですか?」
「オボロと言う、少年を知らないかい? 私達はギルドのものなのだが」
「ギルド?」
オボロの話で聞いたことがある。街にはギルドと言う、魔物の討伐などの仕事を紹介してくれる場所があると。
そんな所から来たと言うことは、やはりあのことについてだろうか。
「すみません、オボロは魔物と戦ったときの怪我で、眠ったままなんです」
ニコがそう言うと、初老の男性は思い詰めたように口を開いた。
「そうか、それはすまなかったね。なにも考えづに来訪してしまって。ただ、彼にお礼が言いたかっただけなんだ」
「……お礼ですか?」
「うむ。彼が
この集落の毛玉人達も街に出掛けることがある。それで話が広まったのだろうか。
「先日、その魔物の遺体が森の中で発見されたものでね、頚椎を砕かれていたそうだ。奴は冒険者三人も殺めた、危険な存在だったんだ。……その冒険者達の中に私の娘がいてね」
初老の男性は声を振るわせ、頬に涙を伝わらせだした。
男の話によると、以前剣山嵐に殺害された冒険者達の中に自分の娘がいたと言うのだ。
その怨みをはらすべく、幾人者の冒険者達に討伐を懇願したが、誰も受けてくれなかったらしい。
剣山嵐は強力な魔物、近隣の冒険者の中に倒せる者がいなかったのだ。
それに、いくら高額な報酬をつけられても勝ち目のない戦いに挑むなど愚かな行動である。ゆえに誰も、その依頼を受けてくれなかったのだ。
そのため、仕方なく別のギルド支部から腕利きの冒険者を要請しようとしたところ、オボロが剣山嵐を倒したと言う話が舞い込んできたと言うのだ。
「すまないね、年寄りの長話に付き合わせて」
「……いえ」
「私は何としても彼、オボロに礼を自分の口で伝えたくてね。私も彼の回復を心から祈っているよ」
男は、そう語り去っていった。
するとニコの中の悲しみが少しばかり薄まった。
みんながオボロの回復を願っているんだ、きっと復活するはずだ。ニコは、そう思い始めた。
絶対に彼は、死んだりしないと。
そして自宅に向かって駆け出したのだ。
ニコが家につくと、オボロの部屋の中でロッパや集落の大人達が何か話し合っているのを目にした。
「本当に……これが、オボロか?」
「落ち着いたとは言え、安心はできん。それにしても、これは異常すぎる」
「脳組織を損傷したのが原因なのだろうか?」
「見るたびに、でかくなっているとは思っていたが……」
ニコは大人達の話から、オボロの容態が落ち着いたことを知り、今まで入れてもらえなかった一室の中に駆け込んだ。
やっぱり彼が死ぬはずがなかった、と思い。
「オボロは? オボロは?」
「あぁ! ニコ! 見ちゃいかん!」
ロッパは、大人達の足下を掻き分けながら入り込んでくるニコを止めようとしたが、間に合わなかった。
ニコは部屋の中央に寝そべるそれを見てしまった。
「うわあぁぁぁぁぁ!!」
それを見たニコは、絶叫を響かせた。
部屋の中央に寝そべるそれは、少年と呼べるものではなかった。
全身の筋肉が異常に隆起し、身長二五〇センチを軽く越えるだろう巨大な男だった。
ミイラのごとく包帯を巻かれ、今だに眉間には針がそびえ立つ。
巨人と言うよりも、まさに一角の鬼であった。
もはや優しくたくましい少年などではない。怪物である。
変わり果てたオボロの姿を見たニコは、半狂乱しながら家を飛び出した。
「嫌だぁ! ちがう! ちがう! あんなのオボロじゃない!」
後を追って来たロッパはニコを抱き留めて、落ち着かせようとする。
「ニコ、落ち着け! ……たのむ、落ち着いてくれ」
「嫌だ! 嫌だ! ちがう! あんなのオボロじゃない! ちがうぅぅぅぅ!!」
ニコは集落中に叫び声を響かせたのだった。
その夜。ニコは寝付くことができず、コッソリとオボロの部屋にやって来ていた。
自分の倍以上に巨大化した少年の指を握った。自分の少女のように、か細い指とは違いまるで丸太である。
体全てが山のようだった。
ニコは分かっている。目の前で眠る巨漢が、自分の憧れた少年であることを。
昼間、恐ろしいオボロの姿を見て取り乱したが、今はしっかりと理解できる。
「……オボロ」
ニコは静かに呟くと、オボロの胴体の上にのぼり横になった。
そして彼の胸に耳を押し当てた。
しっかりと心臓の鼓動が聞こえてくる。オボロは生きている。きっと目を覚ましてくれる。
「姿は変わっても、オボロはオボロなんだね」
ニコは、そう思うのであった。
その時だった、外から男の叫び声が伝わってきた。
何かとんでもないことが、おきているような様子だった。
「みんな逃げるんだぁ! オークだ! オーク共がやってくるぞ!!」
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