臭い後始末

 戦いの後には、いつもこの作業がまっている。

 死骸の処理だ。

 放置しておいても最終的には土に帰るが、疫病の発生源になりかねないため早めに処理しなくてはならない。それに、何よりも一番酷いの臭いである。

 都市の人々の生活にすら影響を与えかねない程の悪臭なのだ。

 今のところまともに体を動かせる奴等がいないので、無傷で疲弊すらしていない俺が必然的に後始末を行うことになる。

 とてもじゃないが気が進ような仕事ではない。しかし、仕方のないこと。腹を括って、作業を始めた。

 ひとまず、一ヵ所に集めて一気に焼いてしまおう。

 散らばる約数百体分の肉片と内蔵をかき集める。ネチョネチョ音がして、手触りはグニュグニュ。そして臭い。いい気分で行える仕事ではないぜ。

 するとベーンが何やら、蛮竜の死骸をあさっている姿が見えた。


「……なにやってんだ? あいつ」


 その様子を見てみると、ベーンは恐ろしげなことをしていた。

 ベーンは死骸の腹部を切り開き、袋状の器官を掴み出していたのだ。

 そして、ベーンはそれをやぶいた。中から流れ出てきたのは赤黒い液体。蛮竜の溶解液だ。

 地面が煙をあげながら溶けているのに、ベーンは全身に溶解液を浴びても平然としていた。

 そして、赤黒い液体を味見するがごとく舐めとり、口の中でモゴモゴと舌を動かした。

 ……おいおい! 大丈夫かよ?

 しかしベーンは酸っぱいものを舐めたように顔をしかめるだけで、なんともないようだ。

 あいつ本当に、ただの陸竜なのか?


「ベーン、お前一体なにやってんだ?」


 あまりにも奇行がすぎるため、声をかけてみた。

 死骸から漏れでた体液を味見するなど、正気の沙汰ではない。しかも、強力な溶解液をだ。


「フギャアァァ」


 ベーンは変な鳴き声をあげるが、何を言っているのかさっぱり分からない。

 人の言葉は分かるが、竜がなんと言っているかは分からないのだ。

 そればかりは仕方ない。体は怪獣だし意思は人間だからな。

 するといきなり俺の頭に、フサフサしたものが降り立つ。竜の姿をした少年、リズリだ。


「舐めて成分を調べているそうです。ムラト様は竜の言葉がわからないのですか?」


 リズリがベーンの言っていることを通訳してくれたようだ。


「俺は人の言葉しか分からないんでな。……すまんが、詳しいことは詮索しないでくれよ。たのむから」


 そう言うと、リズリは不思議そうに俺を見つめてきた。こちらにも、色々事情があるんでな……。





 やはりこの巨体と馬力は役に立つな。

 俺一匹で短時間で作業を完了させた。

 診療所から、だいぶ離れたところに悪臭の山を作り上げたのだ。

 なるべく小さくなるように、バラバラだったものをギチギチに圧縮してやった。

 ……汚い肉山だぜ。

 臭いがひどいため、北門近くに住む都民達が外に出られずにいるのだ。さっさと燃やしちまおう。

 火炎を吐こうと口を開けたとき、死骸の山の上でなんか動くものを発見。

 ベーンだ。水袋を背負って中の液体を死骸の山にかけているのだ。


「今度はなんだ?」


 またリズリがやって来て通訳してくれる。


「液体をかけるのを手伝ってほしいそうです。体内でこしらえた物だと、おっしゃっております」


 ちゃっかり、俺の足元に巨大な水袋が準備されていた。……いつの間に?

 ベーンが体内で合成したもの……まさか臭いものではなかろうな。ホーガスへの輸送依頼中に葬られた轆轤狼ろくろおおかみの光景を思い出した。

 言われたとおり、水袋を手に取り死骸の山にかけるのを手伝う。

 屁の臭いはしないが奇妙な臭気がする、それに粘りけがある。

 なんなんだこりゃ? 液体と言うか、ゲル状のものだな。

 ひとまずまんべんなく液体をかけ終える、するとベーンが火のついた松明を持ってきた。

 それをポイッと肉山に投げ込むと、凄まじい勢いで亡骸の山が燃え上がり高熱を発し始めたのだ。

 触角で燃焼温度を確認してみた。二〇〇〇度を超えている!

 これはもしやゲル化油脂焼夷剤か! つまりナパーム。しかも、かなり特殊なものだろう。

 ナパームと言えば九〇〇~一三〇〇度で燃焼し、三〇~四〇分は燃え続けるうえに水での消火はできない兵器だ。

 ベーンが使用しているのは、俺が知っているものより高火力だ。

 ベーンは体の中で任意に化学物質を生成できると言っていたが、こんなものまで作れるとはな。

 焼夷剤を使用した兵器を人に使用するのは条約違反だが、ここは異世界。そんな条約など存在しないのだろう。

 ましてや燃やしてるのは蛮竜の死骸だしな。

 ベーンは事も無げに、燃え盛る死体を眺める。

 火の管理はベーンにまかせ、俺は診療所の方に向かった。

 エリンダ様、ナルミ、アサム、リズリ、そして希竜の少女が散らかった物を片付けていた。

 そして屋敷に勤めるメイド達が大工道具片手に壊れた設備の修復作業。このメイドさん方すごいな。かなり高スペックだ。

 手伝ってやりたいが、この巨体では無理か。

 俺がそう嘆いていると、希竜の少女が足元に近寄ってきた。


「あの! 私はトウカと言います。この度は助けていただき、ありがとうございました。あなた様が、私をここまで運んで来てくれたとエリンダ様が、おっしゃっておりました」


 ……トウカか。

 彼女の体調は良くなったようだな。トウカの顔色は生気に満ちていた。

 瑞々しく復活した彼女は、それは美しいものだ。

 この短時間でここまで回復するとは、希竜は人間などよりも生命力が高いことがわかる。


「俺はムラト。エリンダ様の私兵である石カブトの一員だ。よろしくな、トウカ」


 お互いに自己紹介を交わした。

 しかしこの子は、このあとどうするのだろうか?

 そこに巨大なビンを持ったエリンダ様がやって来た、おそらくビンの中身は保存液に浸けられた蛮竜の肉片サンプル


「喜んでくれたまえムラトくん。トウカちゃんを、わたしの屋敷で雇うことにしたの。メイドとしてね」


 まあ仲間が増えるのは嬉しいが、俺以上に雄の竜達が喜んでいる。

 さっきまでグロッキーだった雄の飛竜達がハイテンションになっているのだ。

 ここは竜達にとって過ごしやすい場所だ、トウカもここなら安心して暮らしていけるだろう。

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