桃毛のトウカ

 蛮竜の死骸の山が炭化しつくしたのは昼過ぎだった。俺は地面に巨大な穴を掘って、その消し炭を埋めていく。


「これで、もう臭いの心配はないだろう」


 一段落したので、みんなは個々に休息に入った。

 戦闘で疲れきった飛竜達は竜舎に戻り熟睡。

 アサムは竜の治療で疲れたため一足先に石カブトの本部に帰っていった。

 エリンダ様達は、ある程度片付いた診察室の中で、お茶を飲んでいた。

 ちゃっかり、ベーンも紛れてティーカップを手にしてらぁ。

 俺も休憩するため、診療所近くに腹這いになった。


× × ×


「無理しなくていいから、良かったら今までの経緯いきさつを教えてくれないかな? トウカちゃん」


 エリンダは、お茶を差し出しながらトウカに尋ねた。なぜ彼女が蛮竜に追われていたのかを。

 あれほどの蛮竜が襲ってきたのだ、ただ事ではないだろう。


「私は両親と色んな地域を渡り巡る生活をしていました。自由で幸せな日々でした……でもある日突然、蛮竜に襲われて、父さんと母さんは……」


 トウカの頭の中に、おぞましい光景がよみがえった。

 頭を噛み砕かれる父、高圧溶解液のカッターで胴体を真っ二つにされる母。

 彼女は、その様子をしっかり記憶していたのだ。

 トウカはカップを受け取ると、体を震わせながら話を続ける。


「襲撃してきた蛮竜達の中に、人並みの知能を持ち人語を話すことができる黒い蛮竜がいたのです」

「……知能を持った蛮竜? そんな、そんな蛮竜いるはずが……」


 竜に詳しいエリンダは驚愕した。

 蛮竜は本能しか持たない存在、それが知能を持ち、人語まで理解しているなど有り得ない。

 もしも蛮竜程の危険生物が知能をもったら、その危険性は数段跳ね上がるだろう。

 トウカは話を続けた。


「私も最初は信じられませんでした。そして、その黒い蛮竜は他の蛮竜達を統括している様子でした。なんで、そんな蛮竜が存在するのか理由を知ったとき、私は……」


 トウカは目に涙をためて、肩を震わせた。

 彼女の中に恐ろしい記憶が一気に込み上げてくる。あの恐ろしい光景が鮮明になる。なぜトウカのみを生かしたのか、両親の死体を背景に理由を語る黒い蛮竜の姿を。


 ――お前の体を使って同胞はらからを増やす――


「その理由で、私は生かされたのです。……知能を備えた蛮竜がなぜ生まれたのか。それは……希竜と蛮竜の交配によるものだと……その個体を産むためには若い雌の希竜がもっとも適任だと。その個体を産むために私は……」


 それは、トウカが知能を持つ蛮竜を産むための母体にされることを意味していた。

 あんな凶暴な生物と性交まぐわうなど、考えただけでも恐ろしいものだ。

 彼女は涙を流しながら、震える手でカップをテーブルに置く。 


「でも、何とかその場から逃げ出せました。ここに来るまで……何度も蛮竜に襲われ……うぅっ、死にかけました……力つきて動けなくなったときは、もうダメかと思いました。……でもムラト様が見つけてくれた、おかげで……うぐぅ」


 彼女は、なんとか落ち着いて話そうとしていたが、耐えられず感情を現した。

 今までとても恐ろしかった、そしてやっと安堵でき気が抜けたのだ。


「怖かったんだね。でも、もう大丈夫だから安心してね」

「あたし達が、絶対守ってあげるから」


 エリンダとナルミがトウカに抱きつき慰めた。

 トウカは我慢してきたものを吐き出すように震えながら大声で泣いた。


× × ×


 蛮竜襲撃から三日。

 隊長達は、まだ帰ってない。

 隊長達の実力をもってしても、手間のかかる依頼なのだろうか?

 蛮竜の件もあるので、早く指示を仰ぎたいものだが。

 そして今、俺は都市の傍らにある湖で水浴び中。なんでこんなことをしているのか。蛮竜の体液と内臓を浴びすぎて体臭が酷いからだ。

 そのため俺を起点に悪臭が広がり、ゲン・ドラゴン内でちょっとした騒動がおきた。

 ……住民達に迷惑をかけてしまった。

 ナルミお手製のデッカイたわしで、体を擦り汚れを落としていく。

 このたわしは、ビッグヘッチマンと言う実を用いて作られたものだ。日本のヘチマたわしを、ただでかくしたものに見えるが。

 背中も洗えるように付きのものまで作ってくれた。ナルミは本当に凄い子だ。そして、ありがたい。

 トウカも屋敷でメイドの仕事に励んでいる、いがいと器用でテキパキこなしているそうだ。

 メイド姿のトウカを竜達にお披露目したら、そりゃもう雄共は大喜びだったそうな。アドバ隊長いわく士気が高くなったとか。

 実際、俺も見たが、とても可愛かった。

 スタイルも良く桃色の髪の毛がなんともいえなかった。

 そしてトウカが働きだしてから、俺のところに訪れる奴がいる。

 顔を真っ赤にしたリズリだ。


「ムラト様。トウカ様が来てから、ボク変なんです。胸がドキドキしたり、体が熱くなったり」


 俺の頭の上で語り出す少年。

 異世界の人々は俺の頭に乗るのが好きなのか? 高さ九十メートルはあるんだぞ。

 どうやらリズリはトウカに惚れているようだな。同じ希竜で、やや年上のお姉さんだからだろうか?

 女付き合いに詳しいわけではないが、二匹だけの時間を作って語り合えばなおるのではと考えた。


「今度、エリンダ様に頼んでトウカと二匹で話し合える時間を頂いたらどうだ?」

「でも、そんなことしたら、ボクどうなっちゃうか……考えただけで胸が……」


 ……こりゃ重症だな。

 しかし、男たるものやってみるしかない。


「リズリ。雄は根性が必要なときもある。トウカと腹を割って話せるようになれば、落ち着くと思うぞ」


 女を知らず完全な修羅で生きていた俺が言える立場でないが、今の俺にはこれしか思い付かん。

 リズリは少し考えこむと、ゆっくりと頷いた。 

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