偽者の王

「貴様、地下のものを見たのか?」

「ああ、拝ませてもらったぜ。……異形獣いぎょうじゅう、その解剖遺体があった。あれを飼っているとはな、相当に狂ってるぜ国王。うまく兵達を最深部まで誘導して、やつらに解剖体を見せてやったよ」

「ふふ、そうか。見たのか。しかし地下にある解剖体は成長した母体が産み出した子供だ。母体は、この城にはおらんよ」


 二人の話の中に初めて聞く、言葉があった。

 異形獣? 

 魔物とは違う生物なのだろうか?

 隊長の様子から見てもきわめて危険な代物しろものだと言うことがわかる。


「隊長、異形獣とは?」


 俺がそう問うと、隊長は不快そうに口を開いた。


「異形獣。怪異寄生体かいいきせいたいと言う寄生生物に乗っ取られて、化け物と化した人間の総称だ。……異形獣は人間を食うことで成長し、そして大型化すれば師団に匹敵するほどの力を持つようになる」

「くっくっくっ……ワシの最高傑作だ! 異形獣がいれば他の国々など恐るるに足りん。それにワシは異形獣を操る術を会得した。長かった成獣まで成長させるのは……」


 国王が狂喜の笑い声をあげた。

 異形獣のことを嬉々して語るその姿は狂人そのものである。

 人間を喰い続けることで成長する生物だと! それじゃあ、まさか……。嫌な予感がした。

 俺は恐る恐ると国王に問う。


「国王、その化け物の餌はどこから調達したんだ? てめえが召し抱えた人達はどこにやったんだ……答えろぉ!」


 俺は怒号をあげた。

 なぜ城に召し抱えられた多くの国民が見当たらないのか、それは恐らく……。


「まったく図体ばかりの竜ではないようだな。頭も切れる、ワシの所有物になればよいものを」

「やはりか、このクズ野郎!」


 城で雇用すると言って人々を騙して集めて、怪物バケモンの餌にしてやがったのだ。

 こいつは、とんでもないクズだ!


「国王! 増税の理由は軍備そなえだけではないな。住民から生活を奪い、追い詰めて最終的に城に召し抱えてもらうしかないように計画はかったんだな! そうすりゃあ働き口を与えると偽って、怪しまれずに異形獣の餌を集められるからなぁ!」


 あまりにも下衆ゲスな内容に、オボロ隊長も激怒したのだろう。国王を睨み付け叫ぶ。怒りのあまりか彼の筋肉は大きく隆起していた。 

 そのとき、王妃様のいる塔から声が響いてきた。


「ムラト! ……手を添えてくれ」


 メガエラ様だ。

 すぐさま開けた穴のところに手を添えた。

 しかし、こんな変わりはてた父親を見たら、姫様は……。

 そう思っていると、メガエラ様が俺の手に飛び乗ってきた。しかし、彼女の様子が変だった。

 顔面は蒼白し、涙をこぼし、俺の手の上で膝をおとした。

 塔の中で何かあったのだろうか?


「メガエラ様……?」

「ムラト、下に降ろせ」


 言われるがまま手を地につけ、彼女は地に降り立った。

 そして憤怒の表情で涙をポロポロ落としながら、国王にむかって叫びだした。


「貴様は誰だ! 貴様は父上ではない! 断じて国王アルヴァイン・エルダ・サハクではない!」


 国王ではない? ……いきなりの言葉に俺は驚愕した。

 じゃあ目の前にいる、この男は誰なんだ?


「母上の寝室に父上の亡骸が……! 間違いない、魔術で確認した。父上のものだった……」

「何だとっ!」


 メガエラ様の説明に隊長も驚愕したかのように声をあげた。

 国王の様子が激変したのは約一年前と聞いている。おそらく、その時期に入れ替わったのだろう。……恐らく国王をあやめた野郎は……。

 俺は国王の姿をした男に顔を向けた。


「てめえが本物の国王を暗殺したんだな? きたねぇ素顔を見せたらどうだ」


 すると男は、くっくっくっと薄ら笑いをして、粗暴な口調で語りだした。


「まったく、どいつもこいつも邪魔をして、役立たずばかりだ。兄貴も今の国の状況なんざ、何も分かってなかったぜ」


 男が自分の顔に手をかざすと、まったくの別人に変貌した。威厳のあった掘り深い顔から骸骨がいこつのように色白で痩せ細った顔面に。……魔術で変装していたようだ。


「叔父上! どうしてあなたが? 国を追放されたはず!」


 国王の兄弟? 追放されたと言うことは、この骸骨野郎は過去に何かしでかしたのだろう。 


「誰もわかってねぇな。国を守るためには力こそ全て。おれはそのことを理解して、魔物の大量制御、そいつらの冷凍睡眠魔術など色々編み出してやったのに。兄貴は、そんなおれを評価しねぇで、狂った魔導士として国から追い出しやがった!」


 とうてい理解など、できる内容ではない。

 魔物を操って軍事利用など、あんな本能だけの危険生物を使うなどどうかしている。


「おのれ! 下衆げすがっ!」 


 メガエラ様が叔父に火炎弾を放つが、向こうも水球のようなものを放ち、あっさりとかき消されてしまった。

 あの偽者野郎クソッタレも結構な魔術の使い手らしい。


「危ねぇな、まったくよぉ。おれは国を思って兄貴に死んでもらったんだぜぇ」


 なにが国を思ってだ!

 自分の肉親を殺すなど……いや、俺も人のことを言えぬか。一瞬、過去の記憶がよぎった。


「兄貴は国のため、他の国々と関係を深めるべきとか、ほざいていたが、それではだめだ。他の国を植民地にして力をつけるんだ。摩訶不思議な武具を多数保有する極東の島国の大仙たいせん。北には超巨大国家ゲイダー帝国。西の国々で猛威を振るっている三道魔将さんどうましょうの一角、陸帝ベヘモス。大陸の中央に国を置く、おれ達は、これだけの驚異にさらされているんだ」


 ご丁寧にも色々と説明するが、この場にいる誰一人納得できるものではない。


「母上は? 母上はどこにやった!?」

「可愛い顔して、やかましい姪だな。安心しろすぐ会える。まあ全部ばれちまったんだ、最後のうたげでもやろうじゃないか」


 そう言うと奴がつけていた指輪が光を放った。

地鳴りが響いた。


× × ×


 それは突然の揺れだった。

 しかも、ただの振動ではないようだ。

 王都そのものが揺れ動く。地震などではない。

 都市の中心に存在する城から、南側の城下の住民達が騒ぎたてる。ここは、特に揺れが強かった。


「うわっ! 何だ、この揺れ?」

「城にいる、あのデッカイ奴の仕業か?」


 城下町の人々は、城の中庭に佇む巨体を指差すが、城にいる怪獣が揺らしているわけではない。

 するといきなり、南側の広場の地面が割れて沈下した。

 いきなりに直径二十メートル程の大穴が形成されたため、なすすべなく周囲にいた人達が穴の中に消えていった。穴に吸われた人の悲鳴が反響する。

 それは、まるで地獄の蓋が開けられたようだった。


× × ×


 いきなりの揺れに、俺は城下を見渡した。

 南側の広場に、ポッカリと穴が開いていたのだ。

 大穴を何事だと凝視していると偽者野郎がヘラヘラと口を開いた。


「すぐにでも異形獣いぎょうじゅうをつかって、他の国を潰しに行きたいが、まず戦前いくさまえの腹ごしらえだ」

「貴様! なにをするきだ?」


 偽者野郎の指輪が再び発光したためか、メガエラ様がそれを制止させようと駆け出そうとしたときだった。


「エ゙ー!」

「エ゙ェ!」


 広場の穴から不気味な音が響く。音と言うよりかわ、赤ん坊の声を鈍くしたようなもの。それも一つや二つではなく無数に。

 すると穴からゾロゾロと怪物がい出てきたのだ。

 あきらかに魔物ではない。魔物と比べものにならない程の醜悪な見た目だった。身の長は四メートル近くあり、皮下組織がむき出しの生物。

 まるで眼球の無い胎児の生皮をぎ取って赤い筋肉組織だけにしたような姿をしている。顎のような器官はなく、円口類えんこうるいのような口が備わっている。

 

「エ゙ェェェ!」

「……うあ゛あああ!!」


 怪物共は不気味な声をあげて近間の人達に掴みかかると、いきなりかぶり付いた。食いつかれた住民の激痛の絶叫が響き渡る。

 ……なんだ、あいつらは。

 怪獣の視力で明確にとらえることができた。住民が、むさぼり喰われている様子を。

 その場景はあまりにも、おぞましすぎる。噛み砕くなど、そんなまともな喰いかたではない。

 円口類のような口で腹部を喰い破りズルズルと内臓をすすり喰らっているのだ。柔らかい部分のみをしょくしている。

 内臓を食われ骨と皮だけになった死体は無造作に投げ捨てられた。亡骸が地面や建物の壁にへばりつく。

 生きたままはらわたを喰われる人々の絶叫と悲鳴が響き渡り、一気に周辺が地獄と化していく。

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