国王

 陽動はうまくいっているようだな。

 しかし隊長、あなたは一体なにをしているんです?

 問題無く目標がある中庭から警護の数は減らせているのだが、城内でまっぱの熊がドッタンバッタン騒いで地獄と化しているようだ。

 ちなみに、俺は今城の地底深くにいる。地面に伝わる振動や音で城の状況は大方理解できている。

 さっきから幾度も城の外壁や床が壊れる音を察知している。

 ……だが、これでいい。

 この動乱を利用してメガエラ様が手薄になった中庭に侵入し、そこで俺と合流する。そして俺は中庭を制圧してメガエラ様を塔の中に導く。

 ……なかなかにややこしく、無駄そうなところもありそうだが。

 オボロ隊長が脱獄しなくても、昨夜出陣した騎士や兵士が城に帰っていないため、それだけでも城内は結構な混乱に陥っていたようだ。そして姫様までも姿をくらましたため、さらに滑車がかかったらしい。


「作戦は順調だな、あとは姫様の呼鈴がなるのを待つだけ」

 

 彼女は中庭に潜入できたら鈴で合図すると言っていた。

 すると鈴の鳴る音が聞こえた。メガエラ様が中庭にたどり着いた合図だ。

 音がした場所を目指して地の中を上昇していく。そして地面をぶち抜いて、上半身だけを出現させる。


「メガエラ様! ……大丈夫ですか?」

「ムラト! もう少し、静かに出てきてほしかったぞ」


 大事なお姫様に土砂をぶっかけてしまった。

 メガエラ様は体についた土を払いながら、俺を少し睨み付けてくる。

 ……大変御無礼をいたしました。


「うわぁぁ! なんだこの竜は?」

「姫様お下がりください!」


 陽動はしても、やはり何人かの兵士は中庭に残っていたようだな。連中は俺の上半身だけの巨体を見て、慌てふためいている。


「さすがわ一国の統治者が住まう場所だ、俺の巨体からだがおさまるほどの庭があるとわ」


 地中から這い出て体全体を中庭に出現させた。そして、しゃがみこみ姫様を手の上に乗せる。

 早くメガエラ様を塔の中に。

 塔は中庭の中央にあった。地を揺らさないように歩を進め塔に近寄る。

 塔の高さは二〇メートル程、城の高さは一番高い所で約五〇メートル程と言ったところ。

 しかし、俺が並ぶと巨大な城も小さく見えるだろうなぁ。


「警備兵は下がれ。潰されてしまうぞ!」


 手の中のメガエラ様が中庭を見下ろしながら兵達に引き下がるように大声で命令している。

 たしかに足元をチョロチョロされては困るからな。俺だって無駄な殺生などしたくはない。

 塔の入口は、ある種の施錠魔術がかけられており国王にしか解けないらしい。

 そのため塔の中腹あたりに人が通れるほどの穴を開けることにした。

 俺は身を低くして、塔の真ん中あたりに右触角を向ける。


「ようし、この辺か」


 レーザーで器用に穴を切り抜く。この能力、精密なレーザー加工機のようなこともできるようだ。


「ムラト。それは魔術なのか? 竜に魔術は使えんはずだぞ」

「俺の能力ですよ。強力な光を放出して、物体を焼き切ることができるんです」

「……まるで分からん?」


 この世界の人では仕方ない。

 そもそも地球でも、これ程の高出力、高精度の指向性エネルギー兵器は開発に至ってない。

 ほんと怪獣とは何者なのか、俺たちの想像を遥かに超越した存在だな。

 こんな力を身につけて人類おれたちに終止符でもつけようとしていたのか……。

 開けた穴にメガエラ様を乗せた手を添えた。そして彼女は穴の中に飛び入った。


「お気をつけて、メガエラ様」

「礼を言うぞ、ムラト」


 これで彼女も久し振りに母親に会えるだろう。

 そう、塔の中にいるのはメガエラ様の母、女王様である。

 病で中庭の塔に隔離されていたそうだが一年間近く、お会いしていなかったそうだ。と言うよりも国王によって会うことを突如として禁じられたらしい。

 元々、国王アルヴァイン・エルダ・サハクはとても国民を思いやる博愛的な統治者だったのだが、突如今のような暴挙を開始したそうだ。

 国王の変貌は一年前から……つまりメガエラ様と女王様の対面を禁じ始めた時期と同じだ。

 なにか関係しているのだろうか?

 今国王を説得できるのは、女王様くらいしかいないのだろう。

 だからこそ、メガエラ様は強行手段でも母に接触しなくてはならなかったのだ。


「まてえぇぇぇ!!」


 ……それにしても今もなお城内の騒ぎは収まってない。

 オボロ隊長が御裸おヌードで騒ぎまくってるせいだ。

 中庭にいた残りの兵士達も俺を見てトンズラしてしまった。

 目的は達成したのに、隊長は何をしているんだ?


「おのれ! なんたるざまだ。役立たずどもめ!」


 すると酷い言動が中庭に響き渡った。

 やって来たのは長い髭に豪奢な服を纏った初老の男。

 そいつは俺の巨体を視界に捉えるなり驚愕して目を大きく見開いた。

 おそらく、こいつが国王だな。


「いよう。てめえが国王かい? よくもまあ俺達を、はめてくれたな」

「ぬぐぅ、無礼な。竜ごときが! そこを退け。娘の愚行を止めるのも父親の勤めだ」

「だったら、力づくで俺を退けてみろ。いつでもかかってきていいぜ」


 俺は今までの憎悪をこめて国王を睨み付けた。

俺が一歩踏み出すと振動で国王はバランスを崩し転倒しそうになる。


「ぬうぅ……」


 俺の巨体を恐れてか情けない低い声をもらして国王は後ずさる。

 ここまでの事を仕出かしておいて、いまになっておくしたか。だらしねぇ野郎だ。

 巨大な肉体を少し動かしただけで周囲が揺れミシミシ音をたてた。


「とんでもない誤算だった。鬼熊おにぐまオボロが王都にノコノコやって来たときはギルドマスターが裏切ったと思ったのだが。本当にあの死地から、舞い戻ってきたのだな。竜よ、貴様の力か?」

「てめえのせいで、どれだけ人を殺さずえなかったか。サンダウロで戦っていた奴等が、どれほど無念だったか……」


 凄まじいまでの怒りが、にじみ出てくる。

 二国の決死の戦いの中に俺達を放り込んで、横槍を入れさせるようなことを、やらせやがって……。

 その結果、彼等全員を殺すしかなかったのだ。


「貴様らが危険すぎたのだ! 現状では貴様ら石カブトが一番の驚異なのだ! 不穏分子は潰さねばならん」

「なにふざけたこと言っていやがる。俺達石カブトが、なにをしたと言うんだ! てめえの盲信じゃねぇのか?」


 俺達を消そうとした、だけではない。

 俺達を謀殺しようとした証拠を揉み消すためにクバルスの街へ騎士達を派遣。あげくには魔術で操った魔物の軍勢まで持ち出したのだ。

 魔物を操っていた女魔導士二人が言っていたが、魔物を仕向けたのは実験も兼ねてのものだったらしい。魔物共の大規模な操作実験のための……

 そんな危険すぎることさえも、平然と実行している。暴挙以外のなんでもない。


「すべては国の安泰のため。そのためには仕方のないことだ!」

「安泰だと? ほざけぇ! 人々に魔物を差し向けて何が安泰だ! それに重税で苦しんでいる奴もいるんだぞ! それと城で雇った人達は、どこにいる」


 生活に困り果て、城で召し抱えてもらった奴等もいると聞く。

 しかし変だ……城の様子を窺っていても、住民と思われる奴等が見当たらないのだ。

 メガエラ様も雇った人々を城内で一度も目にしたことがないと言っていた。いったいどこにいるのか?

 俺は、さらに問い詰める。


「城の中で魔物も飼育してるんだろ」


 魔物を飼い慣らし、そいつ等の維持費削減のため魔術で冷凍睡眠にさせて、どこかで管理しているとも騎士達から聞かされた。

 俺の言葉に国王の顔がどんどん青ざめていく。洗いざらい機密を言われたためだろう。

 

「すべては国のため。軍事ちからこそかなめなのだ。貴様のせいだな。騎士や魔物が城に帰ってこないのは。多くの魔物を失ったが、まだだ。まだ戦力はある!」


 ……何を言っても、こいつには無駄か。

 この場で一瞬で殺せるが、これでもメガエラ様の父親。

 それに集めた住民達もどこにいるか聞き出さなくてはならない。

 すると中庭に毛玉人がやって来た、オボロ隊長だ。さすがにズボンだけは奪い返したようだ。

 ……ケツに矢が挿入ささってるし、なんでおまるを抱いているんだ? どこで何をしてたのやら。 

 兵士達との鬼ごっこは終わったのだろうか?


「ナルミが城内の状況を調べてくれたぜ。オレが囮になってたせいで、深部まで知ることができたそうだ。オレも見させてもらったぜ全てな」

「兵共は、どうしたのだ……。なぜ誰も来ないのだ!」


 隊長が慌てふためく国王を凄まじい形相で睨む。

 兵達に追撃されながらも色々と探っていたようだ。なにかとんでもない、秘密を突き止めたようだ。


「兵共なら震え上がってるぜ。城の地下にあるものを見ちまったからな……国王、お前正気か?」


 城の地下に何かヤバイものでも見つけたのだろうか? 

 隊長の表情を見れば、それが相当なものだと言うことが読み取れる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る