依頼者は姫様

 なんだ? なにかの魔術か?

 いきなり俺の目の前の地面に現れた光輝く魔方陣。そこから黒い布をかぶった奴が姿をあらわした。

 布のせいで顔が確認できないが、人間だとは思われる。

 いきなりなんだ、こいつも敵か?


「お前達下がれ、あとはわらわが何とかする!」


 女の声? まだ幼げな声質だ。

 黒ずくめの女は自分の後ろにいる魔物どもを操作していた二人の女に逃げるように促しだした。


「そ、そのお声は……まさか!」


 布をかぶった女の声を聞いた二人の表情が驚愕に変わった。やはり、魔物を操っていたこの女達の仲間か?

 敵かなんなのか分からないので、一応触角を前に向けて身構えた。

 俺のその動きに気づいたのか、魔物を操っていた女達が黒ずくめの女を庇うように俺の前に飛び出てきた。

 

「お願いです竜よ。わたくし達は、どうなっても構いません。どうかこの方だけは……」

「危のうございます! お逃げくださいメガエラ様!」


 メガエラ? この黒布をかぶってる女の名前か。

 二人の美女はメガエラ様を見逃してくれと、何度も懇願する。

 すると、誰かが俺達の元に慌てながら走り近づいてきた。ギルドマスターだ。


「ま、まて、ムラト! その方はメガエラ・エル・サハク様。この国の姫様だ!」


 お姫様? この黒ずくめの奴が?

 正体がばれたと分かったのか、彼女はかぶっていた布を脱ぎ捨てた。

 歳は、おそらく人間の俺と同じくらいだろうか。

 金髪、綺麗な蒼い瞳、高貴ないでたち。まさに、お姫様と言える美少女だった。

 普通の男なら見とれてしまうだろう。しかし、こんな状況で女に見とれる思考は俺にはない。

 そして冒険者の人々まで姫様のもとにやって来て、ギルドマスター共々に方膝をついて身を低くした。

 姫様の御前おんまえだから頭を下げているのだろう。

 彼女は屈服の意思をあらわさない俺を見上げてくる。


「竜よ。みなが膝をついているのに、お前は頭を下げぬのか? 国王の娘が目の前にいるのだぞ、ましてや人に従える竜であるなら平伏せよ」 


 こんな状況で命令するとはな、なかなかの胆力の持ち主じゃねぇか。さすが統治者の子だ。


「お姫様。この場で俺が平伏すれば、あなたを含め全員をペシャンコにしてしまいますよ。それに俺は姫様の臣下ではありません」


 もちろんのこと姫だからと言って、敵の可能性がある以上頭を下げる気などない。

 彼女の父である国王は俺達を殺そうとしたのだから。ましてや俺が従えているのはエリンダ様だしな。


「姫様。国王がなぜ俺達を消そうとしているのか、お知りですか? 知っているのであれば話していただきましょう」

「妾を主君と崇めるなら、教えてやってもいいぞ」


 ふざけているのか?

 悪いが姫様の遊びにつき合うほど時間があるわけではない。

 やや力を込めて、姫様の近くの地面に貫手を叩き込んだ。強烈な振動で全員が転倒した。


「もう一度言いますよ姫様。真相を話してくださいと言っているのです。こっちは、あなたの父親の企みで、多くの人々を殺すはめになったのです。いま俺達がやっていることは戯れではないんですよ」


 俺の発言に恐怖したのか、ここでやっと姫は身震いしだした。

 大地から指を抜き取り、岩盤を容易く砕く鋭い爪を彼女に近づけた。


「話す気がなければ、それでもよし。あなたを人質にして国王を脅すも、ここから城を倒壊させることもできる。俺が従うのは、領主様と仲間達だけですからね」


 そう言って触角を王都の方角にむける。

 レーザーの有効射程は数百キロにも及ぶ。この距離からでも城を溶断して破壊することも可能。……でも城ん中には隊長とナルミが、いるんだった。

 周囲の連中は俺と姫様のやり取りに青ざめている様子だ。

 すると、一人の毛玉人が姫様の前に飛び出した。ツキノワグマのギルドマスターだった。


「ま、待ってくれ! 姫様は関係ない。君達を抹殺しようと考えているのは国王だけなんだ。国王は君等の力を恐れているんだ、さっき捕まえた騎士隊長から聞いたよ。彼等も街を襲いたくは、なかったそうだ。暴挙にでているのは国王だけなんだ。だから姫様だけは、やめてくれぇ」


 マスターだけではない。

 周囲にいる奴等までメガエラ姫に危害を加えないでくれと、平伏しながら訴え始めた。


「……お願いです。この人だけは……」

「わたくしの命でも、何でも捧げますから……」


 魔物を操っていた女性二人も姫様に抱きつき、泣きながら俺に訴えかける。

 よほど姫様は、みなに慕われているのだな。


「心配するな、敵意がないなら攻撃などしない。事実が分かれば、もういいんだ」


 俺がそう言うと、安堵したように全員が息を吐いた。 


「ありがとうムラト。君が話の通じる竜で良かった。……さっきまで君を敵にまわしていたことが恐ろしいよ。あれほどの数の魔物を、一方的に殲滅するとは……」


 安心したギルドマスターは俺を見上げてそう口に出した。

 二国の最高戦力、無数の魔物共をあっさり葬ったのだから恐ろしくも感じるだろう。

 いま思うと俺が怪獣の意思を乗っ取らずに、怪獣だけが異世界に来ていたら目も当てられないことになっていたかもしれない……おそらく。


「姫様も、お戯れはほどほどに」

「すまないなギルドマスター。この竜がどれ程のものか知りたかったのだ。ムラトとか言ったな、お前は素晴らしい竜だな。自分の意思に素直で、とんでもない力を持っていながら君主や仲間に忠実とはな。あの毛玉人の隊長が切り札に考えているだけのことはある」


 毛玉人の隊長? もしや。


「メガエラ様、城で俺の隊長とお会いしたのですか?」

「うむ。裸にされて地下牢にいる、なんだか喜んでいたような気がするが……」


 ああ、間違いねぇや。

 服を脱がされて歓喜してんなら、オボロ隊長だ。

 あの人、本当になにやってんだろう? 

 露出好きがばれて良いのだろうか? 

 いや、むしろばれてほしいのだろうか?


「その隊長に協力を依頼したのだ。つまり妾は、お前達の依頼主になる。ムラト、お前の力も借りるぞ。国王……いや、父上を止めるには、お前達の協力が不可欠なんだ。妾一人では、どうすることもできないのだ」


 それなら、それで単刀直入に言ってくれよ。

 この場にいる奴等が肝を冷やしてしまったじゃないですか。

 何人かは、まだ寿命が縮んだようなつらしてるし。


「ホントにすまなかったな、お前達」


 メガエラ様は可愛い表情で謝罪した。

 度胸もあるが愛嬌もなかなかだな。 

 だが、あまり周囲の連中をヒヤヒヤさせないでほしいものだ。




 その後、姫様と騎士達のおかげで色々と情報をえられた。

 彼女の依頼内容は城の中庭にある塔の中に自分を導いてほしいと言うもの。

 なんでも、その塔に国王を止められかもしれない人物がいるとか……。ただ王の命令でメガエラ様は塔に近づけないらしい。

 中庭は警護が固く、姫様だけでは到底突破することは不可能。そこで石カブトの力が必要と言うわけだ。

 作戦は、オボロ隊長が陽動を行い城内を混乱させ警護を薄くする。そして俺が手薄になった中庭を制圧して姫様を塔に侵入させるという作戦らしい。

 ……なんか随分と複雑かつ無駄がありそうな作戦に思われるが。

 とは言え隊長が考案したものだ、異論はない。

 ふといつの間にか、メガエラ様は捕縛された騎士や兵士達の元にいた。


「お前達、すまないな。父上の横暴に付き合わせて。辛かっただろ」

「……メガエラ様」


 姫様は騎士や兵士に労い言葉をのべていた。

 よほど、その言葉が響いたのか彼等は感涙にむせぶ者もいた。


「わがままになるが、お前達も手伝ってくれないか? 一緒に父上の暴走を止めるぞ」

「しょ、承知しました! メガエラ様!」


 メガエラ様が、なぜみなに慕われているのか、分かったような気がする。

 国に住まう人々を大切に思っているのだ。

 まだ若いが、彼女は十分に統治者に相応しい器量を持っているだろう。

 ……この方のためなら、いつでも協力してやっても良いような気がする。

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