地獄絵図

 目を覚ましたとたん、全身に激痛が走った。


「うがぁぁぁぁ! ……ぐうぅっ」


 自分の絶叫が周囲に響き渡る。

 左目が見えない、眼球が飛び出しているのか……。

 左腕はあらぬ方向にネジ曲がり、全身あますところなくズタズタになっていた。

 いったいなにが起きたのか?

 なぜこんなに俺はズタボロになっているのか?

 分からない。

 記憶が飛んでいるのか?

 周囲は火炎地獄と化し、建物は倒壊していた。

 そこらじゅうに肉片やちぎれた臓物らしき物が散乱し、そこから放たれる血と内臓から漏れでる内容物の汁と肉が焼ける臭いとが合わさり鼻を酷く刺激する。

 ……酷い臭いだ。

 あまりに凄惨な光景に混乱して、まともに思考が働かない。

 まるで戦場のようだ。


「こ、梢、さん……? 友也……?」


 二人の姿がない、探さなくては。

 痛みに耐え、体に鞭打ち立ち上がる。


「うぐぅ! ……ごはぁぁ!」


 腹部にひどい痛みを感じたあと吐き気が押し寄せ、口から嘔吐のように血が溢れでてきた。

 ……内臓もいかれていやがる。

 倒れそうになったが、こらえて周囲を眺める。

 残された右目に映るのは、やはりバラバラに混ざりあった死体と猛火だけ。

 人の声など一切聞こえてこない、耳に入るのは炎が燃え盛る音だけだ。


「ぐうぅぅ! 必ず……見つけてやる……からな」


 一歩踏み出すと、飛び出た左目がブラブラと揺れていることが理解できた。

 二人を探すため火炎地獄の中を歩く。

 梢さんは、すぐ見つけることができた。

 取締役や周囲にいた人達と出鱈目でたらめに、かき混ざっている。


「すぐに……友也を見つけてきます……待っててください」


 肉片と化した梢さんにそう告げ、俺は激痛に耐えて再び脚を動かす。

 脚が覚束ない体が限界に近い。

 身体中の感覚も無くなってきた。

 友也を見つけるまで、もってくれよ……。




 しばらく探しまわると、抉れたアスファルトの上に倒れている子供を見つけた。

 見覚えのある服装。

 友也だと思われる。

 見た具合では、あまり外傷もない様子だ。


「……まってろ、今いくぞ」


 友也が無事なのではと期待し急いで近づく、しかし近づくにつれ足取りが重くなった。

 たしかに倒れていたのは友也だ。

 だが頭部が無い。

 ……頭はどこにいったんだ?

 辺りを見渡し、この子の顔を見つけだそうとした。

 左目は使い物にならないため、右目をしっかり働かせる。


「見つけて……必ずお母さんのところに、つれてってやるからな……」


 周囲を懸命に見渡していると、友也の体から十メートル程先に、なにかが転がっていることに気づく。

 ゆっくり歩み寄ると、紛れもなくそれは友也の頭部だった。

 傷はほとんど無く、穏やかに目を閉じ愛らしい。

 俺は、それをゆっくりと手に取る。


「……お母さんのところに、帰ろう」


 友也の頭部を抱え歩きだそうとしたとき、いきなり地面が揺れた。

 巨大な何かが移動しているようだ。

 地を震動させている存在が、後方にいるのが分かる。

 痛みをこらえ、ゆっくり振り返ると炎に照らされた巨体が目にはいる。

 暗い緑色の巨大生物が横切ろうとしていた。

 そこでやっと記憶が蘇る。

 なにが起きたのかも理解できた。

 地中から突如襲われたこと。

 その攻撃してきた存在が怪獣であること。

 そして俺が意識を失っているあいだに、みんな殺されたこと。

 全てを知ったとたん、例えようのない憎悪と怒りが俺の中を埋め尽くしていく。

 いや、もはや狂気かもしれない。


「うがぁぁぁ! みんなの仇はとってやるぞぉぉぉ!」


 雄叫びを上げ友也の頭部を抱えたまま、怪獣のもとに向かった。

 怒りと復讐心が限界の体を突き動かす。

 それが活力だった。

 許さねぇ! 虫ケラのように女や子供まで殺しやがってぇ! 俺達がいったい何をしたってんだ! こんなこと許されるのか。

 そんな怒りに駆られる俺のことなど気にせず怪獣は四つん這いになると、口からバーナー状の火炎を噴き出して地面を溶かし始めた。

 破壊と殺戮の限りを尽くしたがため、地中に戻るつもりのようだ。


「逃がすかよぉ……!」


 なんとか怪獣の近くまで来た俺は、友也の頭部を傍らに置き、足元にあった鉄パイプを拾う。

 それを怪獣に向けて投げつけた。

 投擲した鉄パイプはブーメランのように回り、奴の肘の辺りに命中してカンッと軽い音をならす。

 すると火炎を噴くのを止め、怪獣は俺に顔を向けた。


「やっと、まともに……つらを見せたな」


 怪獣は凶暴な面構えで俺を凝視してくる。

 恐怖心は無いが、もうすぐ俺も死ぬだろう。

 コイツのようにデカイ体でもなけりゃ、火を吐くこともできない。

 怪獣から見れば、俺など虫ケラ同然だろう。

 だが逃げる気はない。

 最後まで立ち向かい、死んでやる。

 そう決意した時だった。

 はるか遠く太平洋側の上空に光輝く物が見えたのだ。

 何かの飛翔体か?

 そして脳裏に、取締役の男が言っていたことが過る。

 国連による核攻撃の決議。


「誘導弾、核か……」


 目標は間違いなく俺と怪獣がいるここだろう。

 奴は自分の肉体に精密誘導兵器が通用しないことをすでに理解しているため、あえて迎撃しないのだろうか? 

 あるいは俺に気を取られているのか?

 どちらにせよ好都合。

 今向かってきているのは、ただの誘導弾ではない。

 人類最強にして最悪の原子の炎だ。

 ……国連が強行手段にでたのだろう。


「てめえも俺もここで死ぬんだ……ざまあ見やがれぇぇ! これでお仕舞いだぁ!」

「グゴオォォォ!!」


 俺が狂気の歓喜をあげると、怪獣は咆哮し巨大な顔を近づけ顎を開いた。

 口腔内はグロテスクな程に赤い。

 俺の周囲は、真上から迫ってきた巨大な口でおおいつくされた。


「俺を喰うつもりか……? いいぜ、頭から喰ってみろ! ここで貴様と心中してやるよ!」


 その巨大な顎により腰の部分から噛み切られ、上半身だけになった俺はベトベトした舌でこねくり回され、胃袋に送られた。

 もう体に痛みは無い。

 胃袋の底に落下する前に意識が途絶えた。

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