巨大な来訪者

 俺は死んだのか? 

 視界には何も映らない。

 あの化け物に食われたのだから死んだに決まっている。

 じゃあなぜ意識がある?

 ここは死後の世界とでも。

 まさか……生きているのか? 

 体に感覚が戻ってくる感じがする。

 やはり、生きているのか?

 体中に少し痛みがある。

 地面にしゃがみこんでいるようだ。

 鳥の鳴き声、木々が揺れるような音が聞こえる。

 目蓋を開けられそうだ。

 感覚が徐々に戻ってくることを感じた俺は、ゆっくり目を開いた。

 視界に豊かな森が広がっていた。

 しかし異様だった。目に写るそれらが、あまりにも小さすぎたからだ。


「なんだこれは!?」

 

 木々がミニチュアサイズじゃないか。


「どうなっている? ミニチュアの中にでもいるのか? ここは、どこなんだ……?」


 ちょうど目の前に水溜まり? 

 ……いや、ミニチュアサイズの池なのか?

 俺は池にゆっくりと顔を近づける。

 そして水面に自分の顔が映ると驚愕した。

 暗い緑色の顔、巨大な口、頭部にある二つの触角。

 見覚えがある、いやっ俺はこいつに食われた。

 それは、まぎれもなく俺達を滅亡の淵においやった殺戮の生命体。


「怪獣……俺が? なにが起きたんだ?」


 驚きつつも、なんとか気を保ち記憶をさかのぼる。

 たしか俺は怪獣に喰われたはず? 

 まさか喰われたせいで、俺が怪獣の意識を乗っ取ったとでもいうのか? 

 こんなことあり得ない。非科学的すぎる。

 俺はこんな化け物になっちまったのか? 

 冗談だろ!?

 どんなに否定したくとも水面に映るは怪獣。

 そして紛れもなく今の俺自身だ。

 なにをどうすればいいんだ、どうすれば……。

 混乱していると、体にピリッと痛みが走った。

 胴体や腕を見渡してみると、一部の表皮が焦げている。

 

「熱傷か? どおりで体が痛いわけだ……まてよ!」

 

 怪獣の強靭な体を焼く程の熱、そして喰われる前に発射された核……。

 つまり俺が喰われたあと、こいつは核の洗礼を受けたということなのか。 

 核攻撃を持ってしても、この程度の損傷ダメージしか与えられなかったのか? 

 熱傷に意識を向けた瞬間だった、傷が一瞬にして再生したのだ。

 なんて生命力だ!

 人類最大の矛である核攻撃も通用しないのだ。

 人類に勝ち目なんかなかったのだ。

 俺達は淘汰されるしかなかったんだ。

 そんな悲観にふけっている時だった。 


「ひっ!」


 背後から声が聞こえ、すぐさま振り返る。

 ……子供の声のようだが?

 たしかに子供がいた、三人。

 しかし人間じゃない。

 猫、山羊、兎。

 動物なのだが、二本の脚で直立し、簡素な服も着ている。

 人間と獣のハイブリッド? 馬鹿な……。


「りゅ、竜だー!」

「うわぁぁぁ!」

「きゃあぁぁ!」


 猫の男の子が第一声を叫ぶと、他の二人も悲鳴を上げ、一目散に逃げ出した。


「おい、待ってくれ……!」


 今になって気づいたが発声できる。何故なんだ? 

 子供達は必死に逃げているんだろうが、非常に走行が遅く見える。俺がデカすぎるためだろう。

 逃げる先を見ると小さな村が見えた。今の俺から見れば、ミニチュアの家が並んでるようにしか見えないが。

 自分がこのような姿になり、わけの分からない場所に来て困惑中ではあるが、今は近くにいる人達に接触を試みよう。

 なにかしら情報を聞けるかもしれない。

 子供達に追いつかないように、ゆっくり後を追うことにした。

 

「足元に気をつけないとな、誰か踏んづけたら大変だ」


 さすがに村に接近してくる俺の存在に気づいたのだろう、村の方から物凄い悲鳴や喧騒が響いている。




 追っていた子供達は村の外れにあった建物に駆け込んだ。

 建物近くの庭に普通の人間の子供達と逃げだした三人と同じけものの子供達がいた。どうやら庭で遊んでいたようだ。

 子供達は俺を見て、へたれこんでしまう。

 腰が抜けたようだ。

 こんな姿を見たのでは、しょうがない。今の俺は巨大な化け物なのだから……。

 地面をあまり揺らさないように優しく歩を進め、建物に近づく。


「しっかし小さいな」


 建物に少しでも触ったら、崩れてしまいそうだ。


「先生ー! りゅ、竜がー!」

「どうしたのですか?」


 建物の中から猫の男の子と思しき悲鳴と、女性の声が聞こえる。


「森に竜がいたんだよ!」

「森に入ったのですか? あれほど森に近づいては、いけないと言ったのに。……野性の竜になにかしたのですか?」

「ごめんなさい、先生。……竜が村までついてきちゃったんだ」

「えっ! 外に竜がいるのですか?」


 建物の戸が開くと、猫の男の子、そして先生と呼ばれたであろう女性が出てきた。

 先生も猫だな。そして彼女は目を閉じている。

 ……目が見えないのか? 

 先生は猫の男の子に手を引かれて、ゆっきりと近寄ってきた。

 そこに山羊と兎の子も駆けてくる。


「申し訳ございません竜よ……どうかこの子達をお許しください。この子達も悪意があって、あなた様に近づいたのではないのです」


 先生と三人の子供達は、俺に懺悔を始めた。

 べつに怒ってはいないし、ただ話がしたいだけなんだが……。


「俺は、あなた方に聞きたいことがあるだけなんですが?」

「人語を! あなた様は希竜きりゅうなのですか?」


 きりゅう? なんだそれは? 今の俺は怪獣だが。

 彼等の今までの発言から考えると、この人達には俺が竜に見えるのか? 

 まあ、たしかに怪獣も竜と同じく爬虫類みたいな生き物だし。


「さがって! こいつ希竜なんかじゃない!」


 いきなり先生達の前に黒いローブを着たアライグマ? いや、レッサーパンダの少女が躍り出てきた。

 少女と言っても周囲の子供達より、だいぶ年は上のようで背も高い。

 その少女は手にしていた杖を俺に向ける。


「こいつ希竜じゃない! デカすぎる、桁外れに。お前は何者だ!」

「まてっ! おちつけ。俺は話がしたいだけだ!」


 そう言って俺が少しだけ踏み出した瞬間だった、少女が持つ杖の先端が輝き始めた。


「近寄るな! グローリーサンダー!」


 少女が叫ぶと、輝く杖から眩いいかずちが放たれ俺の胴体に命中する。

 しかし痛くもないし、熱くもない。それどころか体に吸収されているような気がする。


「わたしの雷撃が効かない? そんな! 飛竜ひりゅうだって感電死するのに。……ちがう! これは吸われているの」


 少女は驚愕しながらも雷を放出し続けた。

 しかし、それも空しく放たれる電気エネルギーは、全て俺の肉体に吸収されていく。

 数分間放出し続けただろうか。ついに終わりがきた。


「ぐっ! がはっ! そんな……大魔導師の、あぐっ……わたしの魔術……がっ、効かないなんて?」


 体力を消耗しつくしたかのように、少女は倒れてしまった。

 よほど辛つらいのか、息を荒げている。

 俺は心配になり、しゃがんで彼女に手をのばそうとした。


「おいっ! 大丈夫か?」


 そのとき、いきなり手の甲になにかぶつかった。石だ……。


「帰れー!」

「魔導師様に触るな!」

「帰ってよぉ!」


 子供達が一斉に石を投げつけてきた、たじろぎ俺は後ろに一歩さがる。


「おやめなさい! 竜を怒らせては、いけません!」


 先生が子供たちを制止させようとしていた。

 それでも子供達は石を投げつけることを止めない。

 これ以上怖がらせては不味い。

 ここは一旦退くしかないようだ。


「すまなかった、怖い目にあわせて」


 謝罪を告げ、地を揺らしながらその場を去った。

 凄まじい孤独感を感じる。人間のときも一人で孤独だった。 

 姿が怪獣になり、わけのわからない場所に来たためか、より一層強く感じる。

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