脱出道中

 ……俺達は地獄におちたらしい。

 ここは東京だ。

 日本全土から集まった人達の行列の中に俺はいる。

 道を埋め尽くす程の人。

 それが鎖のように並び歩き続ける。

 深夜だというのに、光源は一切ない。

 下手に光を灯すと、怪獣やつを誘き寄せてしまう可能性があるからだ。


「……暗いな」


 俺は、そう呟き周りの人達を見つめた。

 月の明かりを頼りにして歩き続ける人々。その顔に生気は無い。

 ……疲れているだけじゃない。

 家や生活を奪われただけでなく、家族を殺された人達もいるからだ。

 無理もないことだ。

 怪獣が姿を現してから、一年もしないうちに日本と言う国は滅亡の淵に追いやられ、そして今終わりに至ろうとしている。

 なぜ怪獣は人類に牙をむくのか?

 俺達人間は怪獣にとって、虫けらでしかないのか?

 そもそも日本だけの被害で終わるのか?

 もしかすると……人類一人たりとも見逃さないのではなかろうか?

 そんな考えばかりが頭をよぎる。

 しかし、そんな余韻に浸る余裕も今の俺達にはない。

 ただ逃げるしかないのだ。


「お母さん、もう疲れたよぉ」

「頑張って歩いて。……お願いだから」


 ふとすると、前を歩く小さな男の子が疲れのためか、しゃがみこんでしまった。

 母親が頑張って歩くように促すが男の子は動かない。

 母親は困り果ててしまったようだ。


「そらっ!」


 俺は、しゃがみこむ男の子の小さな体を抱き上げた。


「避難船に着くまで、この子は俺に任せてください」


 母親に視線を向けて言った。

 恨みは無いが、親父おやじから虐待のように武道を仕込まれ、体は鍛え上げられている。

 子供一人抱えて歩くなど造作ない。

 ……今考えれば、よく生きていられたと思う。

 親父おやじの稽古は異常としか言えなかった。

 木の幹を素手で殴り続けろと言われ、手がボロボロになれば、それを塩水に浸して、また幹殴り。

 十才の頃には豚の血を全身にかけられて、どこかの山の中に置き去りにされ「野犬五頭殺すまで帰ってくるな」と言われたり。野犬をおびき寄せるため血液をぶっかけられたのだ。

 ……けっきょくそのときは二十頭の群れに襲われた。

 犬どもの頭蓋を砕いて眼球と脳髄を噴出させ、頚椎をへし折って血反吐をはかせ、全てを殺した。あの時の記憶は今でも鮮明だ。

 そして道場破りも何度、しでかしたことか。


「あ、ありがとうございます!」


 母親は一瞬呆気にとられたようだが、頭を下げて礼を言ってきた。

 子持ちの母とは思えぬほどに若々しく美人な女性だ。


「こんな時だからこそ、協力しないとな」 


 そう言いつつ、俺は男の子の頭を撫でる。髪の毛がサラサラだ。

 今時の男の子は、女の子のような容姿をしているやつもいる。

 俺とは大違いだな。


「おじさん、ありがとう。僕、友也ともやっていうの!」


 男の子が元気よく自己紹介をしてきた。

 俺は十八だから、おじさんって言われる歳じゃないが悪人面あくにんづらゆえに仕方ないか。

 それに身長一八三センチ、体重九五キロ、体脂肪率五パーセント未満と、かなり厳ついしな。


「俺は村戸むらと立人たつひと。よろしくな、友也」


 俺も自己紹介で応じる。


「村戸さんの迷惑にならないように、いい子にしてるのよ」

「うんっ!」


 友也のお母さんが彼の頭を撫でて言い聞かせると、明るい返事が聞こえた。

 そういえば父親らしき人がいないようだが……それは触れないでおこう。




 しばらく俺は歩きながら友也と談笑をしていた。

 友也のお母さんは、名前をこずえさんという。

 隣で梢さんが嬉しそうに、俺達を見ている。

 おそらく久々の笑顔だろう。


「ねえ、どうしてみんな車に乗らないで歩いているの?」


 友也が、いきなり質問してきた。

 ずっと気になっていたんだろうか?


「怪獣は音がよく聞こえるから、大きな音が出せないんだ。だから静かに移動するのに、歩るいているんだ」


 子供でも分かりやすいように、なおかつ誠実に説明したつもりだ。

 ニュースやインターネットで色々と情報を集めていたからな。

 俺はこう見えて結構インテリなところがあると思う。


「それじゃあ飛行機は?」


 また質問してきた。

 航空機の使用は最悪だ、自殺行為と言えるだろう。

 ヤツは頭部の触角から強力なレーザーを照射する。

 航空機など一度捕捉されたら最後、正確無比に撃ち落とされるだけだ。

 その武器のせいで航空戦力は完全に無力化している。

 まさに人類の常識の範疇を超えている超生命体。


「飛行機も危ないんだ。怪獣に見つかると撃ち落とされてしまう。怪獣は飛行機が飛んでいても、すぐ見つけてしまうぐらい感覚が鋭いんだ」


 その巨体と力で多くの人が死んでいった。

 ……だが、それだけではない。

 怪獣は優先して空港、港、発電所、鉄道、高速道路を破壊していた。

 そのせいで多くの人々が逃げることができずに死んでいった。

 あいつは、ただデカイだけの生き物じゃない。

 明らかに高い知性を持っている。

 人類がインフラを失うと脆いことを理解していたに違いない。

 狡猾に人間の逃げ道を断ってから殺しにかかるという恐ろしい行動をとっていた。

 その後も質問責めにされたが、いやな気分ではなかった

 むしろ少し気分が明るくなってきたような気がする。



 あれこれ会話しながら数十分したころ、なにやら後方が騒がしい。

 友也を抱えたまま振り返った。

 屈強そうな黒スーツ姿の男三人を傍らにした太った中年男性が、こちら向かってきていた。

 中年男性は高級そうなスーツを着ており、官僚や大手企業の社長を思わせる。

 ……なんだ、あの連中は?

 スーツの男どもが、並ぶ人達を力任せにどかしていく。


「お前ら、どくんだ! 道をあけろ! 」


 偉そうに中年男性が声を張りあげる。

 連中が俺達の近くまで来た瞬間だった、スーツの一人が梢さんを突き飛ばした。


「あっ!」


 彼女は声を上げ転倒した。


「お母さん!」


 それを見ていた友也が心配そうに叫んだ。

 梢さんに酷いケガは無い様子だが、痛みで表情を歪めている。

 それにも関わらず、スーツの連中は何事もないかのように脚を急がせていた。

 ちくしょうが、謝罪もなしか!

 怒りがこみ上げてくる。


「てめえら、待ちやがれ!」


 友也を降ろすと怒りに任せて怒鳴りつけた。

 すると男達がこちらに振り返った。


「なんだ貴様は?」


 中年男性が見下したように言い放ち、黒スーツの男達と一緒にズカズカと近づいてくる。

 ……この黒スーツども民間の要人警護か?


「どこのお偉いさんか知らねえが、人を転ばせておいて謝りもしないのか?」


 俺は中年を睨み付けたあと、今だ立てずにいる梢さんに顔を向けた。

 友也が梢さんの元に駆け寄り気遣っている。

 いい子だな。

 その様子を見て、激昂していた感情が少しだけおちついた。


「いきなりの暴言を詫びますが、この女性に謝罪を望みます」


 男達に梢さんへ謝罪するように告げた。

 丁寧な口調で言うが、完全に怒りがおさまったわけではない。

 頭を下げろとまでは言わない、謝ってくれるだけでいい。


「私達は先を急いでいる。邪魔をするなガキどもめが」 


 その言葉に、抑えていた怒りが爆発した。

 とてつもなく勝手な野郎だな、おい!

 このまま大人しく引き下がる気などない。


「謝る気が無いのなら、遠慮なく邪魔させてもらうぜ」


 俺は体を少し低くすると、脇を締め身構える。

 目線を一番近くの黒スーツの男に向けた。

 これだけ人が密集している場所だ、いきなり複数で向かってこれないだろう。


「取り押さえろ! ケガさせても構わん!」


 中年男性がスーツどもに命令すると、俺の読み通り目線を向けていた野郎が掴み掛かってきた。

 鼻面目掛け、勢いよく頭突きをかます。

 相手の鼻骨が砕ける感触が額に伝わってきた。


「……ぐぬぅぅ!」


 男は鼻を押さえ呻き、うずくまる。

 滝のように鼻血が流れ落ち、地面を汚していた。

 悪いが、痛みにもだえる暇はあたえない。

 これを機に一気に攻める。


「ほらっ! 立てよ。これで終わりか?」


 うずくまる男の両耳を掴み、無理矢理に引っ張り起こし、膝蹴りで砕けた鼻に追い討ちをかけた。


「ぐがぁぁぁ!」


 男は絶叫を上げ、今度は鼻血だけでなく、折れた前歯を地面にポロポロと落とした。

 男はアスファルトの上をのたうち、低い悲鳴をもらすだけになってしまった。

 一人を片付け終わる。

 その光景を見ていた残り二人の黒スーツ達が、オドオドと狼狽えていた。

 だらしねぇ! 要人警護で御飯おまんま食ってる奴らが、何をビクついてやがる。


「け、喧嘩だー!」

「みんな離れろ!」


 周囲の人達が騒がしく、俺達から距離をおいた。

 開けたほうがやりやすい。

 次はどっちが、向かってくるか?


「貴様……私は二階堂エネルギーの取締役だぞ!」

「うるせぇ。そんなに偉い方が謝罪もできないとは呆れるぜ。クソ野郎が」


 今になって中年男性が自分が何者なのか言ってくる。

 ……二階堂エネルギー?

 聞いたことがある。 

 たしか発電所の建設で名が知られている企業だったな。怪獣が現れる前までは、会津で地熱に関する調査をしていたと聞いている。


「こいつぅ!」


 なんとか気を取り直したようで、黒スーツの片方が腰から警棒を抜こうとしていた。

 馬鹿が! 組み付ける範囲なのに武器えものなんて構えている暇があるか。

 隙だらけなんだよ!

 警棒を構える前に一気に距離をつめ、力を込めて股間を蹴りあげた。


「うがぁぁぁ!」


 男は警棒を落っことして、潰れた股間を押さえこんだ。

 むろんその隙を見逃さない。

 男の腕を掴み、背負い投げた。

 受身もできず男は背中からアスファルトに叩きつけられる。

 そして顔面を二回踏みつけて、とどめをさす。男は動かなくなった。

 すぐさま男が落とした警棒を拾い上げ、最後の一人の顔にめがけ投げつける。


「うぐぅ……!」


 警棒は目元にぶつかった。

 視界を失ったらしく怯んだようだ。 

 その隙に俺は背後に回り、腎臓に拳を勢いよくめり込ませる。

 声も出ない苦痛だろう。

 とどめに裸締めで失神させた。

 締めおとした男は尿でズボンを濡らし、不様にその場に倒れた。

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