第八巻 第一章 世界恐慌と満州事変

〇満州の地図と満鉄路線図

N「ロシア革命によりロシア帝国は倒れたが、新たに成立したソビエト連邦もまた、それ以上の脅威であり、防衛線としての満州は、日本にとってさらに重要性を増していた」


〇旅順・関東軍司令部

村岡長太郎(関東軍司令、陸軍中将、五十八歳)と河本大作(陸軍大佐、四十六歳)が会見している。

村岡「ソ連から日本を防衛するためには、満州は関東軍が直接支配すべきである。そのための千載一遇の好機が、今、訪れた!」

青ざめた顔でうなずく河本。

村岡「満州を支配する奉天軍閥の長・張作霖を除き、関東軍の意のままになる政権を満州に樹立する!」


〇奉天近郊(早朝)

二十両の特別編成の機関車が、立体交差の下を通る。と、上の橋脚に仕掛けられていた火薬が爆発! 橋脚は崩れ、下を走っていた特別列車も横転、停止する。


〇事故現場

中国人たちが列車の残骸の中から、負傷した張作霖(五十四歳)が担ぎ出す。

張作霖「(苦しい意識の下で)……日本軍の仕業だ。間違いない」

絶命する張作霖。

N「作戦を指揮した河本大作大佐は、暗殺を蒋介石率いる国民党軍の仕業に見せかけようとしたが、その工作はあまりにお粗末で、日本軍の仕業であることはすぐに知れ渡り」


〇奉天城

城壁の内外に、中華民国の国旗がたなびく。

N「奉天軍閥を掌握した、張作霖の遺児・張学良は、日本軍への徹底抗戦を訴える」


〇宮城の一室

田中義一(首相、六十六歳)が昭和天皇(二十九歳)に謁見している。

昭和天皇「『満州某重大事件』の首謀者の処罰はどうなっておるか」

※報道統制でこう呼ばれていた

田中「(冷や汗をかきながら)……は、その……関東軍は事件には不関与と判明いたしまして……」

昭和天皇「(冷たい目で)前回の話と違うではないか。いったい関東軍は、事件に関与したのかしておらぬのか、はっきりいたせ」

N「昭和天皇に問い詰められて進退窮まった田中首相は、内閣を総辞職して引きこもり、翌年病死した」


〇宮城の一室

昭和天皇が鈴木貫太郎(侍従長、六十二歳)と会話している。

昭和天皇「(沈痛な表情で)……朕は立憲君主国家の君主として、判断を誤ったのであろうか? 田中を追い詰めるつもりは、無かったのだ……」

痛ましげに昭和天皇を見つめる鈴木。

N「以後、昭和天皇は二・二十六事件と終戦の決断を除き、自らの意見を表明することを控えた」


〇石原莞爾(四十一歳)

N「関東軍は以後も満州領有をあきらめず、参謀として赴任した石原莞爾を中心に計画を進める」


〇ニューヨーク・ウォール街

パニックを起こした群衆が、右往左往している。

そこに窓から落ちてくる人影。わっと人が避けた空間に落ち、動かなくなる人影。

N「昭和四(一九二九)年十月二十四日、アメリカのウォール街で起きた金融恐慌は、たちまち全世界に波及した」


〇東北・農村(冬)

雪の降りしきる中、身売りされていく娘を見送る農民一家。

残された両親の手の中には、ほんの数円(現在の価値で数十万円)の紙幣。

N「日本も深刻な不況に陥り、都市部では多くの会社が倒産、農村では娘を身売りすることも多かった」


〇国会議事堂・衆議院会議室

帝国議会が開催されている。犬養毅(立憲政友会党首、七十六歳)・鳩山一郎(立憲政友会、四十八歳)らが、濱口雄幸(民政党党首、総理大臣、六十一歳)を詰問している。

N「昭和五(一九三〇)年、世界恐慌に対処すべく、イギリス・日本・アメリカ・フランス・イタリアの五か国は、ロンドンで軍縮会議を開き、海軍軍艦の保有量に制限を設けようとしたが」

犬養「そもそも、海軍に諮らずに軍艦の保有量を制限しようとするのは、帝国憲法に定められた、天皇陛下の統帥権を干犯せんとする行いであり、憲法違反である!」

濱口「(目をぱちくりさせて)統帥権? ……干犯?」

鳩山「第十一条に曰く! 『天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス』!」

ぽかんとしている議員たちだが、野党議員たちがはっとして、

野党議員「そうだそうだ! 軍は陛下にのみ統帥される! 政府に軍を統帥する権利はない!」

濱口(M)「や、野党の連中は……自分たちが何を言っているのか、わかっているのか!?」

N「濱口首相は何とか条約を批准させたが、野党が内閣を攻撃するために持ち出した『統帥権』は、軍の暴走を止めるブレーキを外してしまった」


〇柳条湖近辺(夜)

何も無い荒野に、満鉄のレールが敷かれている。

と、突然の爆発! 轟音の割りに破損は大したことはないが、爆破現場には大勢の関東軍兵士が駆けつけてくる。

N「昭和六(一九三一)年九月十八日夜、満鉄の線路が爆破され」


〇日本軍陣地(夜)

二門の二十四センチ榴弾砲が砲撃の準備を整えている。

司令官「撃(て)っ!」

一斉に火を噴く、二門の榴弾砲。


〇奉天城(夜)

寝静まった奉天城の市街地に、榴弾砲が着弾する。爆発と共に阿鼻叫喚。

城門を破り、突入してくる関東軍。

N「爆破は国民党軍の仕業とされたが、もちろん関東軍の工作であり、準備を万端に整えていた関東軍は、直ちに奉天城を攻撃、占領した」


〇東京駅前

新聞売りの少年が、鈴をチリンチリンと鳴らしながら、号外を配っている。

少年「号外! 満鉄が支那軍に爆破され、関東軍は反撃して奉天を制圧したよ!」

わっと少年の持つ号外に群がる群衆。

群衆「よくやった、関東軍!」

群衆「支那の暴虐に、一矢報いたぞ!」

群衆「ついでにこの不景気も、吹き飛ばしてくれ!」

N「各新聞社は大キャンペーンを張って、関東軍の行動を擁護。世論の後押しを受けた関東軍は戦線を拡大し、ついには満州全域を占拠する」


〇上海事変

上海の市街地で、海軍陸戦隊と国民党軍が交戦する。

N「昭和七(一九三二)年一月二十八日、上海で海軍陸戦隊と国民党軍が衝突。このまる一ヶ月に及ぶ上海事変は、満州での出来事から世界の目を逸らした」


〇皇帝姿の溥儀

N「そのどさくさに紛れ、三月一日、満州国が建国される。清国最後の皇帝であった溥儀は、はじめ執政、後に皇帝として満州国の元首となる。もちろん満州国の国防には、関東軍が当たった」


〇首相官邸(夕方)

十五畳の和室の客間。犬養毅(首相、七十八歳)を、銃を持った三上卓(海軍中尉、二十八歳)・山岸宏(海軍中尉、青年)ら九人の陸海軍青年将校が取り囲んでいる。犬養は床の間を背にテーブルに座り、九人は全員起立。

N「五月十五日夕方、首相官邸」

三上「(興奮して)上海事変は、日本軍の大勝利であったのに、政府の制止で南京(中華民国の首都)を攻略する機会を逸した! また、無能な内閣は、この昭和恐慌に対し、有効な対策を取っていない! 困窮する国民たちのことを、どう考えているのか!」

犬養「(落ち着いて)何だ、そんなことか。話せばわかる」

三上「では……」

山岸「(激高して)問答無用! 撃て! 撃て!」

山岸の声に応じて、遅れて入ってきた黒岩勇(海軍予備少尉、青年)が拳銃を発射。続いて三上も発砲。倒れる犬養。


〇海軍横須賀鎮守府

大勢の群衆が門前に集まっている。掲げた垂れ幕には「青年将校ニ恩赦ヲ!」

N「国民は五・十五事件を起こした青年将校たちを擁護、裁判では死刑になった者は一人もいなかった。以後、政治家たちは常に軍人によるテロの脅威を恐れるようになる」


〇柳条湖近辺・満鉄線路

ヴィクター・ブルワー=リットン(イギリス枢密顧問官、五十六歳)ら、五人のヨーロッパ人からなるリットン調査団が、柳条湖事件の現場を調査している。それを護衛する関東軍の兵士たち。

N「国際連盟は、満州事変が『日本軍の正当な自衛活動』であり、満州国建国が『地元住民の自発的な独立』であるかどうか調査すべく、リットン調査団を派遣した。調査団はそのどちらをも否定したが、満州における日本の特権的な地位は認め、日中の再度の交渉を提案した。しかし……」


〇ジュネーブ、国際連盟会議場

四十五ヶ国の代表が、評決している。

N「昭和八(一九三三)年二月二十四日、国際連盟の総会では」

議長「四十二対一(棄権一、投票不参加一)を以て、国際連盟はリットン調査団の報告書に同意いたします」

松岡洋右(日本代表、五十四歳)が立ち上がって

松岡「連盟は日本を十字架に掛けようとしているが、日本の正統性は、キリストが復活したように、必ずや後世に認められるであろう!」

憤然として退場していく松岡を呆然と見送る各国代表。


〇アメリカ、ホテルの一室

頭を抱えてベッドの上にうずくまる松岡。

松岡(M)「とんでもないことをしてしまった! 連盟を脱退してしまえば、日本は国際的に孤立する……!」

冷や汗を流し、ガタガタ震える松岡。

と、ノックがしたので、慌てて椅子に座り、平静を装う松岡。

松岡「入れ」

付き人、何紙もの日本の新聞を手に、歓喜の表情で入ってくる。

付き人「日本国民は、代表の決断を、歓喜の声で迎えています!」

半信半疑で新聞の束を受け取り、各紙の一面を見る松岡。

見出し「連盟よさらば! 我が代表堂々退場す」

※画像検索「国際連盟脱退」で出ます

松岡、ぽかんとして、それから歓喜の笑みを浮かべる。

松岡(M)「我が決断に、間違いはなかった……!」

N「マスコミと日本国民は連盟脱退を称え、帰国した松岡洋右は大歓迎を受ける。しかし、この脱退により日本は国際情勢を知る術を失い、『栄光ある孤立』に追い込まれた」

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