第四巻 第二章 戦国大名の誕生

〇室町御所

伊勢盛時(五十六歳、幕府奉行衆、北条早雲)が八代将軍・義尚(二十三歳)に謁見している。

義尚「駿河の今川が、家督相続でモメておる。今川義忠の嫡子・龍王丸が成人したにも関わらず、小鹿範満が家督を返そうとせぬのじゃ」

盛時「『足利絶えれば吉良が継ぎ、吉良が絶えれば今川が継ぐ』……今川の一大事、放置してはおけませぬな」

義尚「先の大乱(応仁の乱)以来、下剋上が流行しておる。君臣の理をないがしろにするような真似、許してはおけぬ」

盛時「ただちに駿河へ下向いたします」


〇荒れ果てた京の都

騎馬で旅姿の盛時、荒れ果てた京の都を眺め

盛時(M)「……公儀は先の大乱を止められなかったばかりか、京の再興すらなし得ぬ。今必要なのは、力と正義を兼ね備えた君主だ。その血は、必ずしも尊くなくてもよいのかも知れぬ……」


〇小川城の一室

盛時が今川龍王丸(十七歳・氏親)・北川殿(中年・龍王丸生母)に謁見している。

龍王丸「公儀も我の相続に助力いただけるとのこと、誠に心強く思う」

盛時「一つおたずねしとうございます。龍王丸さまはどうして元服なさらないのですか?」

龍王丸「我は今川の正統である。その地位を確かなものとするまでは元服せぬと、誓いを立てた」

龍王丸のりりしさに感服する盛時。

盛時(M)「……では早速、お支度をなさってください」

龍王丸「何の仕度じゃ?」

盛時「決まっております。戦の仕度です」

北川殿「(驚いて)いきなり出兵とは、あまりに性急な……」

盛時「範満には武力はあっても、民の心をつかんではおりませぬ。龍王丸さまが立てば、心ある武士は、必ずや龍王丸さまにつき申す」

龍王丸「(ヒザを打って)よくぞ申した! 盛時、そちに指揮を任せるぞ」

盛時「はっ!」

N「盛時の予言通り、龍王丸が挙兵すると範満軍は総崩れになり、龍王丸は今川の家督を継いで駿河館に入り、氏親を名乗った」


〇興国寺城

盛時(五十七歳)が感慨深げに自分の城を見上げている。

N「盛時はこの功績により、伊豆にほど近い興国寺城を与えられた」

盛時(M)「京に戻っても、幕府を立て直すことはできぬ……ならば駿河の東に、わしの理想の国を作ろう」


〇小田原城

N「盛時は明応二(一四九三)年に伊豆に討ち入り、明応四(一四九五)年頃に小田原城を奪取。ここを拠点に、関東支配を進める。早雲(盛時)の子孫は北条氏を名乗ってその事業を受け継ぎ、五代にわたって関東を支配するのである」


〇あばら屋

太陽を拝んで念仏を上げている、みすぼらしい格好の松寿丸(少年・毛利元就)と杉大方(中年・元就の父の継室)。

N「後に中国地方の覇者となる毛利元就は、少年の時には毛利本家を追われ、あばら屋で暮らしていた」

杉大方「そなたはやがて毛利本家に戻り、本家を継ぐと私は信じております」

松寿丸「(自信なさげに)そんなことがかなうでしょうか……」

杉大方「ならばこそ、私はこれを持ち出したのです」

三方に乗せられた巻物の束を差し出す杉大方。

杉大方「源頼朝公に仕えた、大江広元公が毛利家に伝えた『孫子の兵法』にございます」

息を呑む松寿丸。

杉大方「私たちが毎朝拝む太陽が万物を照らすように、そなたは知恵の光で毛利家と、そこに暮らす民を照らすのです」

松寿丸「(感激して)……はい!」

N「やがて毛利本家を継いだ兄興元と、その子幸松丸が相次いで亡くなり、元就が後継者候補として浮上する」


〇吉田郡山城の一室

元就(二十七歳)が、志道広良(五十七歳・毛利家執政)ら家臣一同を前にしている。

元就「……私が毛利家を継ぐと言っても、皆が従わねばそれまでではないか」

広良「い、いや、皆も納得しておりまする」

元就「ならば私に従うと、誓詞を連署してもらいたい」

ざわつく一同だが、広良がぴしゃりと抑えて

広良「心得ました」

X     X     X

元就に誓詞を手渡す広良。

元就「……実はわしからも、その方たちに見せる物がある」

けげんな顔の広良。元就、従者を呼ぶ。従者の手には、幕府のお墨付きがうやうやしく掲げられている。

元就「公儀も、わしを毛利の跡目と承認した。以後、わしに背くことは許さぬ」

ざわめく一同。広良、うなって

広良(M)「すでに公儀にまで手を回しておられたのか……やはり毛利家を継ぐのは、このお方をおいておらぬ」

N「戦国大名が一番頭を悩ませたのが、家臣の統制である。元就は家臣たちには誓詞を提出させ、自らは室町幕府のお墨付きをいただくという、いわば上と下の両方から、家臣団の統制を図った」


〇厳島の戦い

狭い島に閉じ込められ、海上の村上水軍から一方的に弓矢・鉄砲で撃たれる陶軍。

N「弘治元(一五五五)年、大内(おおうち)氏を事実上滅ぼした陶隆房を、厳島の戦いで討ち取ったことにより、元就は中国支配の足場を固める」


〇吉田郡山城の一室

元就(六十一歳)が、三人の息子たち、毛利隆元(三十四歳)、吉川元春(二十八歳)、小早川隆景(二十五歳)と会話している。

N「元就は名家である吉川・小早川両家に自分の息子たちを養子として送り込み、中国支配を確固たるものにしていた」

元就、一本の矢を隆元に手渡し

元就「折ってみよ」

けげんな顔で矢を折る隆元。元就、三本の矢を束ねた物を手渡し、

元就「これならどうか」

隆元「(やってみて)……折れませぬ」

元就、にっこりと微笑んで

元就「一本の矢は簡単に折れるが、三本の矢は折れぬ。そなたたち兄弟も三人、このように力を合わせれば誰にも負けぬ」

三人「はい!」

元就「……だが天下を望んではならぬ。この中国を堅く守れ」

けげんな表情の三人。

N「永禄十一(一五六八)年には織田信長が足利義昭を奉戴して上洛、天下取りの姿勢を明確にした。元就は元亀二(一五七一)年に亡くなるが、その後の天下の動きを予想していたのかもしれない」




〇躑躅ヶ崎館の一室

武田晴信(二十一歳、信玄)・武田信繁(十七歳、信玄の弟)が武田信虎(四十八歳、信玄の父)を出迎えている。

信虎「こたびの戦も大勝利であったわ。信繁、これを取らす」

黄金造りの太刀を信繁に手渡そうとする信虎。信繁、固辞して

信繁「兄上を差し置いていただくわけには参りませぬ」

信虎、むっとして晴信に太刀を投げつけ

信虎「できた弟をもって幸せだな、晴信」

屈辱に身を震わせる晴信を置いて、出て行く信虎。

N「武田晴信(信玄)は、甲斐武田家の勢力を拡大させた信虎の嫡子であったが、父・信虎は晴信をうとみ、弟の信繁を寵愛していた」


〇躑躅ヶ崎館の一室(夜)

晴信、信繁、板垣信方(五十三歳、家老で信玄の守り役)が密談している。

信方「殿の政治で民は苦しみ、すでに民心は殿から離れております」

信繁「このままでは父上は、兄上を廃嫡しようとなさるかもしれません」

晴信、ぐっと拳を握りしめ

晴信「(覚悟を決めた表情で)……相わかった」

N「天文十(一五四一)年、晴信は父・信虎を国外に追放、武田家の家督を握る」


〇躑躅ヶ崎館の一室

晴信(二十七歳)が、信繁(二十三歳)に、自ら記した『甲州法度次第』を読み聞せている。

晴信「……この法度の一番大事な部分は末尾だ。『晴信自らもまた、この法度に違背すれば、この法度によって裁かるる』」

目を丸くして感心する信繁。

信繁「国主自らも従わねばならぬ法度……兄上は法により国を治めるおつもりなのですね」

満足げにうなずく晴信。

N「分国法は朝倉氏・北条氏・今川氏などにもすでにあったが、大名自らが従うことを記した点で、『甲州法度次第』は画期的であった」


〇川中島の戦い

上杉の大軍に、少数の兵で突撃していく信繁(三十七歳)。

信繁「武田信繁ここにあり! 我と思わん者は勝負せよ!」


〇川中島の戦い

上杉政虎(三十二歳、謙信)の太刀を軍配で受ける信玄(四十一歳)。

N「信玄は上杉謙信と、信濃の支配をめぐって川中島で五回に渡って戦った。中でも四度目の激戦では、信繁らが討ち取られ、信玄自らも謙信の刀を受けたと伝えられている」


〇進軍する信玄の上洛軍

N「元亀三(一五七二)年、信玄は十五代将軍・足利義昭の呼びかけに応え、織田信長を討つべく上洛の軍を起こす」


〇三方ヶ原の戦い

馬に乗って単騎逃げる徳川家康(三十歳)。

N「三方ヶ原で徳川家康を撃ち破った信玄であったが」


〇街道

輿に乗せられた瀕死の信玄(五十三歳)に、勝頼(二十八歳、信玄の嫡子)が付き添っている。

信玄「瀬田の唐橋に、武田菱の旗を立てよ……」

涙ながらにうなずく勝頼。

N「京を見ることなく、途上で病死する。信玄の死をうけて、上洛軍は甲斐へ撤退した」


〇加賀一向一揆

『厭離穢土欣求浄土』の旗を立てた一揆衆が、武士の軍隊と戦っている。

N「戦っていたのは武士だけではなかった。越中・加賀では一向宗(浄土真宗)の宗徒たちが、守護を打倒して一国を支配するに至る。このような同志的結びつきを『一揆』と呼び、民衆だけではなく、武士同士も一揆によって結びつくことがあった」


〇種子島

種子島時尭の前で、火縄銃を撃って見せるポルトガル商人。

N「天文十二(一五四三)年、九州の種子島に漂着したポルトガル商人がもたらした火縄銃は、はじめは高価だったが、集団で使用した場合の威力と、訓練の簡単さから、大名たちの戦術を変えていく」


〇フランシスコ・ザビエル

N「天文十八(一五四九)年、イエズス会のフランシスコ・ザビエルによって日本にもたらされたキリスト教(カトリック)は、貿易の利益を重視した大名たちによって受け入れられ、西国を中心に勢力を拡大していった」

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