第四巻 第一章 室町の平和

〇鹿苑寺(金閣寺)の一室

足利義満(三十八歳、入道姿)が足利義持(義満の息子、十歳、すでに元服して第四代将軍)と会話している。

N「南北朝を統一した三代将軍・足利義満は、応永元(一三九四)年には、皇族以外の朝廷での最高位となる太政大臣に就任、翌年出家した」

義満「余が出家したとたん、こびへつらって出家する者が続出しておるそうじゃな」

義持「皆、父上の余徳を慕ってのことかと……」

義満「お前までお世辞を申すか」

口をつぐむ義持。

義満「我が公儀は、鎌倉殿(鎌倉幕府)と比べ、大名たちを抑えつける力が弱い。だから余は、太政大臣となって朝廷の権威を身につけたし、寺社を抑えつけるため出家した」

義持「はい」

義満「しかしそれらはいずれも、余個人の力。そなたは公方として、これらの力を受け継ぐことはできぬ。そこで……だ」

大型の遣明船の絵図を広げて見せる義満。

義満「公方としてそなたが受け継ぐことのできる力……それが銭だ」

義持「銭?」

義満「残念ながら公儀にはまだ、銭を作り、広めるための力が足りぬ。銭は明国から輸入するよりない」

よくわからないという顔の義持。

義満「(残念そうに)……そなたにもいずれわかる」

N「義満は『日本国王・源義満』を名乗り、明との柵封(さくふう)貿易(属国になるという形式でおこなう貿易)に乗り出した」


〇鹿苑寺の一室

上機嫌の義満(五十歳)から、黄金造りの太刀を授かっている義嗣(十四歳・義持の弟)。少し離れたところで、それを嫉妬の目で見つめている義持(二十二歳)。

N「晩年の義満は、四男・義嗣をことのほか可愛がり、将軍職を継がせることを考えていたといわれる」


〇鹿苑寺の一室

義満(五十一歳)が死の床にある。看取っている義持(二十三歳)と義嗣(十五歳)。

義満「(苦しい息の下で)よいな、義持……余亡き後、公儀が大名どもを抑えてゆくためには、銭の力ぞ……」

うなずく義持。事切れる義満。

義嗣「父上!」

義満の遺体に取りすがって泣く義嗣を、冷たい目で見下ろす義持。

義持「斯波義重はあるか」

義重の声「は」

斯波義重(三十八歳・室町幕府管領)が控えの間から進み出る。

義嗣「父上が亡くなられた。明との貿易を、ただちに中止するよう」

驚く義重。衝撃を受けた義嗣、義持に食ってかかる。

義嗣「兄上! 父上のご遺言を、ないがしろにされるおつもりですか!?」

義持「帝でもない父上が、『日本国王』を名乗り、日本を勝手に明の属国にしたことには、武家にも公家にも反対の声が多かったのだ」

義嗣「しかし……!」

義持「そんなに父上のご遺志が継ぎたければ、父上の可愛がっていたそちが、勝手に貿易すればよい」

絶句する義嗣を残して出て行く義持。

N「絶対君主であった義満の死後、室町幕府の力は次第に失われていった」


〇室町御所の一室

正装の足利義教(三十六歳)が、幕府の重臣たちを前にしている。

N「それを取り戻そうとしたのが、六代将軍・義教(義満の五男)である」

義教「余は父・義満のような、強い将軍を目指す。逆らう者には容赦せぬゆえ、左様心得よ」

誰かのつぶやき「(ボソっと)くじ引きで決まった将軍のくせに……」

ギロリと一同をにらみつける義教。沈黙が支配する。

N「五代将軍・義量は後継者を決めずに亡くなったため、くじで選ばれた義教が跡を継いだのである」


〇焼き討ちされる坂本の町

炎の中を逃げ惑う僧侶・女・子供。

N「義教は比叡山と対立した時は門前町の坂本を焼き討ちにし、鎌倉公方・足利持氏と対立すれば関東を征伐するなど、強気の政治を続けるが」


〇赤松邸

宴に興じている義教(四十八歳)・赤松教康(十九歳)、大名や重臣たち。

突然フスマが開くと、完全武装の兵士たちがなだれ込んでくる。驚いて杯を取り落とす義教。教康、立ち上がって義教を指さし、

教康「所領を奪われた父・満祐の恨み、思い知れ!」

大名や重臣たちは、二名ほどを残して逃げ散っていく。兵士たち、義教に襲いかかる。

N「嘉吉元(一四四一)年六月二十四日、義教は赤松教康によってだまし討ちにされた」


〇室町御所の一室(夜)

足利義政(三十一歳、八代将軍)と伊勢貞親(五十歳、政所執事)が密談している。

N「八代将軍義政もまた、将軍権力の確立に努め、政所執事・伊勢貞親らと側近グループを編成し、有力大名であった細川勝元・山名宗全らをけん制しようとする」

義政「……弟の義視に謀叛の罪を着せ、処刑する?」

貞親「は。公方さまも、実子である義尚どのに、将軍職を継がせたくはございませぬか?」

義政、しばしためらうが、

義政「……話を聞こう」


〇図解

義政・義視・義尚の系図。義視を後見している細川勝元(管領)。勝元と対立している山名宗全。

貞親「このまま義視どのが次の将軍となれば、後見を務める勝元どのが権勢を振るうでしょう。しかし義視どのがご謀叛となれば……」

義政「勝元の力を大きく削げるな。だが宗全はどうする」

貞親「宗全どのには実力があっても、地位がございませぬ。勝元どのを片付けてから料理しましょう」


〇室町御所・廊下(夜)

密談を立ち聞きしていた義視(二十八歳)、足音を忍ばせて出て行く。


〇室町御所の一室

義視を連れた勝元(三十七歳)が、義政に食ってかかっている。

勝元「公方さまおん自らが、このような陰謀に荷担されるとは、どのようなご思案か」

義政「(しどろもどろで)い、いや、これは貞親が勝手に考えたことで……」

勝元「ならば義視どのの潔白をお認めになり、貞親どのを処罰してくださるのでしょうな」

義政「(がっくりとうなだれて)う、うむ……」

勝元の背後でほっとする義視。

N「貞親は処罰される前に京都から逃亡したが……」


〇京都の町

細川勝元の軍勢と、山名宗全の軍勢が戦っている。

N「貞親の失脚により義政は実力を失い、細川・山名の対立を調停する者がいなくなってしまった。管領・畠山持国の後継者を巡って、勝元と宗全は京都に軍勢を集め、武力で衝突する。当初、室町幕府は細川勝元の東軍を支持するが」


〇室町御所の一室

義視(三十歳)が、貞親(五十二歳)を前に、義政(三十三歳)を糾弾している。

義視「兄上! こやつは私に謀叛の罪を着せ、殺そうとした男ですぞ!」

弱り果てる義政と対照的に、どこ吹く風の貞親。

義政「……公儀にはこやつの才覚が不可欠なのじゃよ……」

義視、義政に手を上げる。身をすくめる義政だが、義視は義政の烏帽子を取り上げて踏みにじる。

義視「ならば私にも考えがございます!」

大股に出て行く義視。


〇西軍本陣

宗全(六十五歳)らが義視の前にひれ伏している。

義視「余は兄上より将軍職をはく奪し、新公方となる!」

意気上がる西軍諸将。

N「義視は西軍に身を投じ、自らこそが正統の将軍であると名乗った。西軍が大義名分を得たことにより、応仁の乱は、全国にまで波及する大乱となるのである」


〇燃える京都の町

N「文明九(一四七七)年、応仁の乱は形式的には東軍の勝利で終結したが、もはや幕府の言う事を聞く大名などいなかった」


〇東山山荘(銀閣寺)の一室

※銀閣に銀箔が貼られたことはありません

義政(四十八歳)が日野富子(四十四歳、義政の正妻)と会話している。

富子「……京の町がどのような有り様になっているか、ご自身でご覧になるおつもりはないのですか」

義政「将軍職は義尚に譲った。全てあれに任す」

富子「諸大名はみな国許に帰り、他の大名たちの領土をスキあらばとうかがっております。

公儀は有名無実です」

義政「……余は知らぬ」

見切りをつけ、立ち上がって出て行こうとする富子。

義政「どこへ行く」

富子「……自分のできることをいたします」

N「富子は明応五(一四九六)年まで生き、義政に代わって御台所として幕政に関与し続けた」

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