夢鑑定士 頭蓋骨筒乃

@hasegawatomo

夢鑑定士 頭蓋骨筒乃

 シャッターを半分ほど下げる。先ほどまでのアルコールと性にまみれた人々は去り、ようやくひとりになれた。筒乃つつのは煙草を一本取り出し、その先端にふーと息を吹きかけた。すると、息がかかったところに火がついた。煙草をくわえながら、店の中のテーブルの上のグラスや瓶を片付ける。毎日よくもこんなにゴミが出るもんだと呆れながら、煙草の煙を吐く。


「あのー」


 先ほど下げたシャッターをくぐるように、女性が入ってきた。


「いらっしゃい」


 筒乃は手招きをし、カウンター席に女性を座らせた。女性はきょろきょろと周りを見渡していた。


「ここって、夢占いをしてくれるって聞いて来たんですけど、合ってますか?」


 軽くウエーブのかかった、セミロングの黒髪の持ち主は、恐る恐るといった感じで話した。


「夢占いと同じにされちゃ困るね」


 筒乃は、長さが半分になった二本目の煙草を、灰皿に押し付けた。そして胸元のポケットに煙の残り香がする指を伸ばす。


「ゆめかんていし ずがいこつつつの?」


 女性は渡された名刺の中央に印刷された、小さな文字を読む。筒乃は三本目の煙草を右手でぐしゃりとつぶして女性の持っている名刺を、指でとんとんと叩いた。


「とうがいこつ つつの です」


 イライラをもろに押し付けられた女性は「ごめんなさい」と小さくいうしかなかった。


「で、あんたは何の夢を持って来たの?」


 筒乃はぶっきらぼうに四本目の煙草の先端に息を吹きかけた。火がついた先端を、女性はじっと見ずにはいられなかった。


「で、あんたは、何の、夢を、持って、来たの?」


 ゆっくり、先ほどよりははっきりとした声で女性に話しかけた。女性ははっと我に返り、自分のうすピンク色のカバンからスマホを取り出した。


「この中に記憶させてるんです。見てもらえますか?」


 女性は薄暗い店にぼわっと光るそのスマホの画面から、「夢」と漢字で書かれたアプリを探し出してタップした。しばらくその映像を観ていると、女性がいきなり立ち上がった。


「ここからなんです!いつも、いつも、私、ころされ、て」


 それだけ言うと女性は荒れ狂うように泣き始めた。筒乃は、煙草を灰皿に押し付けると、カウンターにおいてあるミネラルウォーターをテーブルに置いた。


「これって何か悪い事が起きるって事ですか?」


 ミネラルウォーターのフタをやっとの思いで開け、とりあえず泣き止んだ女性が虚ろに尋ねてきた。筒乃は七本目の煙草を灰皿に押し付ける。


「それは夢占いってやつだろう。私は夢鑑定士なの。あんたの夢に価値があるか無いか、そういうのを判断するってわけ」


 八本目の煙草の煙が消えては現れ、店の中にいる二人を包んだ。


「まず、あんたの夢は上物だ。最近じゃ滅多にお目にかかれない。時代はそうだね、三百年以上昔、江戸初期。それに保存状態が良い。作り手はあの大田原雄之助おおたわらゆうのすけだ。彼の作品を見るのは久しぶりだ。よし、買った」


 そう言って立ち上がった筒乃に、女性は話さずにはいられなかった。


「それってどういうことですか?壺とか掛け軸じゃあるまいし。これ私の夢ですよ?しかも殺されるんですよ!斧で!買ったって、こんなの売れるわけもないじゃないですか!」


 そっちのタイプか、とボソッと筒乃はつぶやき、女性の前に座った。


「あんたね、このアプリで夢を保存できることは疑ってないのに、なんであたしの言う事は疑うわけ?」


 筒乃からまっすぐに言われ、女性はたじろぐ。


「このアプリはね、あたしが作ったのよ。隠れた名品を探すためにね。あんたの言う壺や掛け軸なんてものは、現実にあるものでそれ以上の価値はない。だけど、夢で描き、現実に造り得なかった作品には、何億何兆円かかっても良いっていうコレクターがいるほど価値があるの」


 九本目の煙草を指でくるくる回しながら、筒乃は続けた。


「あんたには自分が殺されるように見えているみたいだけれど、そうじゃないのよ。仕方ない、見せるか」


 そう言って筒乃は煙草を置き、右のコンタクトを外した。


「え?色が、半分違う」


 女性はびっくりするも、まじまじと筒乃の眼球を見た。半分赤みがかった黄色をしたその瞳に心を奪われた。


「この眼があたしの商売道具。これがなきゃはじまんないのよ。これは月の眼っていうの。いかにも夢を鑑定できそうな名前でしょ」


 そう言うと筒乃は再びコンタクトを戻した。ぱちぱちっと瞬きをした後、再び煙草を手に取る。ふーっと先端に息を吹きかけ、女性の方を見た。


「夢は途方もなく数があるんだけど、あのアプリで保存できない夢は、0円。価値なしって事。あのアプリに興味を持って、夢を保存できた人。そしてここに入って来れた人。その夢は鑑定に値する何かがあるのよ。あんたの周りの人間でこのアプリ使ってる人いないでしょ」


 筒乃は彼女に向かって今日初めて笑ったのではないかと思われる。


「そうなんです。友達はみんな全然使えないアプリって言ってて」


「でしょうね。私の月の眼はまだまだ修行中なんだけど、たいていの物は鑑定できる自信があるの。そうね、」


 そう言って筒乃は、A4サイズのパソコンの画面を見せた。


「これって、結婚式の様子ですよね」


 女性が答えると筒乃はけらけらと声を立てて笑った。


「違うんだなー。これは明治の鬼才、谷原琥珀たにはらこはくの夢作品なの。彼の晩年の水墨画『水連すいれん』を超える作品はこれだけよ」


「そうは言っても、普通の人には結婚式の様子にしか見えないんじゃ、価値があるのかなんてわかりようもないじゃないですか。信用できません」


「みんなそう言うのよ。でも夢を買い上げてもらうとわかるの。じゃ、やってみるわね。あなたのスマホの画面開いてもらえる?」


 再び明かりを取り戻したスマホの夢アプリを操作しQRコードを画面に映した。筒乃は自身のスマホを近づけて、それを読み込む。


「はい。これで終了」


「あっ、肩が軽くなったっていうか、頭がすっとしたっていうか」


「あんたの方の画面見てごらん」


「買い取り価格……五億円!!!!!!!」


「いつも相談せずに決めてるのよ。だましてるみたいで悪いけど」


「え?いや、これ、本当に私のお金なんですか?」


「そうよ。そしておまけも付けといた。もっと下の方見てごらん」


「今なら月の眼修行が十%オフ……。これって付けられてもうれしくないです」


「とことん価値のわからない女ね」


 その一言で、女性は帰って行った。


 *

 一週間後、一週間前と同じ時間に、女性がシャッターをくぐるなり叫んだ。


「あれから眠れないの!あんた何かしたんでしょ!!!」


 同じく一週間前と同じように店の片づけをしていた筒乃に、女性が怒りもあらわに迫ってきた。その目は血走っている。筒乃はカウンター席に座り、本日二箱目の煙草を開けて一本取り出した。


「夢を買われたからよ」


 にやっと口角を上げて、筒乃は椅子に座ったままくるくると回った。


「なにそれ!!全然わかんないんだけどっ!!!」


 女性の語気は強まるばかり。筒乃はまたA4の画面を女性に見せた。


「人が追いかけられてる動画なんかみせられても意味ないわっ」


「違う違う。よーく見てごらん」


 筒乃はまだくるくると回っている。


「こんな動画なんか、……違う、岩?」


 その言葉を聞いて筒乃は回るのをやめた。


「そこまで見えたら上等。これはオーストラリアの先住民、アボリジニに代々継承されていた隕石よ。世界最古の隕石だと言われているわ」


 筒乃は持っていた煙草の先端に息を吹きかけた。ぽっと火湧く煙草。


「あんたは夢を買われて不完全になったの。だから眠れない。眠れるようになるには方法は三つ。一つ目は自分の夢を取り戻す。二つ目は月の眼を手に入れる。三つ目は……死ぬ、かな」


「じゃ、わたしの夢返してよ!!!」


「無理よ。もう五十兆円で売れたもの」


「五十兆円!!!!私からは五億で買ったはず」


「だからおまけ付けといたでしょ」


「おまけって、月の眼修行十%オフ……」


「あんた才能あるわよ。修行をお勧めするわ」


「いくらなの?」


「五億円の十%オフ」


「はぁぁぁ?!!!」


「眠りたいんなら、選択肢は少ないわよ」


 筒乃はそう言って肺に煙を貯めた。人に悪さをするものと、それがある事で充足するものが対になって価値ある夢。その夢を買わずにはいられない。手を出さずにはいられない。それが皮肉にもこの煙草そのものだ思いながら、薄暗い部屋に今日も空の心を吐くのだった。






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