第298話 後悔の中で····


バァサッ バァサッ バァサッ


············

ライナは王都上空を飛行していた。

本来なら法に引っ掛かる行為であるが。一応王族のペットであるからして許されるだろう。ただライナは何処か元気がなかった。鬱ぽっかた。ただただ落胆し。悲壮感を覚えるほど絶望感に打ちひしがれていた。

そんな状態にライナの背中に憑依していたサーリが声をかける。


『ライナ、大丈夫ですか?。』


ギャアラギャアガアギャアラギャアギャア

(いえ、大丈夫です。何でもないですから。)


ライナはそう呟くと竜のくちばしから深いため息がもれる。


はあ····そうだよなあ。相手は霊だし。実体なんてないんだよなあ。たとえ透けたドレスに見え隠れする豊満な胸が目に見えても。実体ないから肌で感じることが出来ないだよなあ。

サーリさんが幽霊で実体がないことを俺は忘れていた。故に背中に押し付けられても胸の感触も味わえるわけでもなく。否、憑依しているから背中に押し付けられる感覚さえもない。ライナは心の底からガックリきた。


ギャアラギャアガアギャアラギャアギャアガアギャアラギャアギャアガアギャアラギャアガアギャ

(そう言えばレースを相手する竜はどういう竜種なのですか。レース前に情報を聞きたいのですが。)


レース中には情報共有は難しくなる。予めにその竜の情報を聞いたほうがいい。


『竜の名はポーゼル。私のパートナーでした。』


矢張主人と騎竜の関係らしい。

竜の霊に関してサーリさんは何処か親しみと哀しみがおり交ざった感情が顔色をから出ていた。ただならぬ関係である察することができた。


『ポーゼルは幻想竜という竜種で。レア種です。主に幻想、幻覚、幻影、精神支配系のスキルを得意とします。』


精神タイプの竜種か。それは厄介な···

俺は竜顔をしかめる。

精神支配系といえば魔眼竜のナーティアや魅華竜ソリティアなどが頭に浮かぶ。レースをしたときはメスドラゴンの幻影とか人間の裸の女とか性見せられたけど。

ライナはナーティアとレースで闘った時を思い出す。

あの時は背中にはち切ればかりのパールお嬢様の爆乳で理性を保つことができたけど。さて次はどうなることやら。

サーリさんは霊体である故に胸の感触を味わえない。おっぱいを背中に押し付けられないまま理性を保てるか正直心配ではある。普通は逆なんだろうけど。


『ただ、幻想竜の一番恐ろしいのは幻想でも幻影でも幻覚でもなく精神支配なのです。』

ギャギャア?

(精神支配?。)


サーリさんの言葉に俺の竜の眉間が寄る。


『はい、ポーゼルの精神支配は相手の内に秘める深き心の傷、トラウマを呼び起こすのです。』

トラウマ·····か。俺にトラウマあっただろうか?。逆に俺がトラウマを植えつけてしまったことがあるんだけど。


魅華竜ソリティアが俺のせい(何したか本当にわからないけど)で魅華竜特有の男漁りができなくなってしまったのである。セシリアお嬢様と一緒に怪しげな倶楽部、魔物と戯れる会に通って何とか完治させたけど。(あれは完治と言えかどうか?)


『ライナ、気をつけて下さい。ポーゼルの精神支配は強力です。相手の幼い頃に受けた心の傷えも無理矢理抉りだしてはさらけだしてしまうのです。自我崩壊もしかねない。しっかり自我を持っていて下さい。』


サーリさんはそう俺に忠告する。

何その精神支配?。物凄く怖くてえげつないんですけど。精神支配を得意とする騎竜に乗るなんて。もしかしてサーリさんはドSなのだろうか?と俺は心の底で思ってしまう。

普通相手の心のトラウマの抉りだすような騎竜に乗ったりしない。

俺は主人の見た目と竜の選別に関して疑問を呈する。

ギャアラギャアガアギャアラギャアギャアラギャ?ギャアラギャアガアギャアラギャアガアギャアラギャ?

(そう言えばサーリさんの未練はなんですか?。やっぱりその幻想竜ポーゼルと関係してるんですか?。)


『·······。』


サーリさんは俺の言葉に沈黙する。

何処か思い詰めている様子であった。


『そうですね。私とポーゼルの関係を話したほうがいいいいですね。これは私の罪なのです。』

ギャ?

(罪?。)


いきなり罪とはかなり重たそうな話になってきたな。

いきなりライナは話の流れがシリアスに変わったことに気まずくなる。


『私が彼を縛ってしまったのです。守れそうにもない約束をしたために私は彼を結果的に縛ってしまった。その結果私の相棒である幻想竜ポーゼルは成仏できずに今も尚、私との約束を健気に守り。待ち合わせ場所でもある遺跡跡地で亡霊としてさ迷っている。』


········

サーリさんから言葉のふしぶしから後悔と悲痛な叫びが伝わる。

自分のした罪というなの後悔に苛ませれているようだった。


『私とポーゼルはそれなり名の知れた騎竜乗りと騎竜でした。』


サーリさんは坦々と己の身の上話を始める。

俺はそれを黙って聞いている。


『色んなレースを出場しては勝ち星をあげていました。昔はエルベニース家の戦竜姫とも呼ばれるほどでした。幻想竜ポーゼルの幻影、幻覚を使い相手を撹乱させ。私が剣で奇襲するのが私達の戦法でした。ポーゼルの精神支配系のスキルはあまりにも強力だった為にレースではあまり使いませんでした。それでも私達それなくしても騎竜乗りと騎竜としては強かったのです。』


サーリさんは昔のレースの光景を懐かしむように語る。

サーリさんと幻想竜ポーゼルの関係は俺とアイシャお嬢様と似たような関係なのだろう。会話のなかでもお互い信頼しあっていたことが解る。


『私達は順調にレースを勝ち進み。戦績を積み上げ。エルベニース家の名声もこのまま上がり続けると思われました。しかし私達が活躍する絶頂期に突然それが起こってしまった。』


ガタッ! ガシャン‼


「お、お嬢様!。」

「ゴホ!ゴホ!わ、私は大丈夫ですから。」


『私は邸の私室で突然倒れこみました。手で口の咳を抑え。掌を見ると血にまみれていました。』


···········

『私の病名は魔力逆変症。魔力が逆流し。魔力が別のものに変異してしまう病気です。未だ治療法も見つかっておらず。不治の病されていました····。』

········


『サーリ、大丈夫なのか?。』


邸の中庭で2本の細長い角を生やす紺青色の鱗に覆われた竜が心配そうにカゼポの椅子に座るサーリに話かける。


「大丈夫よ。ポーゼル。暫く療養すればまた元気になってレース出場できるから。だから心配しないで待ってて。」

『だが、サーリ。』

「大丈夫だから。そうだ。いつもの待ち合わせ場所で私を待ってて。そうあの遺跡跡地。私達がいつも外のレースで待ち合わせにしている場所よ。ね、そこを待ち合わせしましょう。」

『解った····。サーリの言うとおりにしよう。私はその場所で待つことにする。だからサーリもしっかり療養してくれ。』

「解ったわ。」


サーリはニコッと微笑みの笑顔を浮かべる。


私は相棒のポーゼルに守れるかもわからない約束をしてしまった。ただ私は純粋にポーゼルに心配をかけまいとほんの少しの嘘をついてしまったのです。ただそれが大きな仇となってしまった。

··········


『あの頃はまだ、シャンゼルグ竜騎士校の敷地内にはあの遺跡跡地はありませんでした。王都の外にあって。開拓して王都の東地区の敷地を大きくひろめたと聞いております。私は邸で療養し。そして相棒のポーゼルはいつもの待ち合わせ場所である遺跡跡地で私のことをずっと待ち続けていました。しかし残酷にも私はポーゼルとの約束を二度と果たされることはありませんでした。』


「御免···なさい···ポーゼル。ゴホゴホッ。約束守れなくて本当に御免なさい···。」

「お嬢様!しっかり!お嬢様!。」


『私の体は魔力が変異したものに完全に蝕まれ。私の身体はそれさえも耐えることができませんでした。』


「うっ······。」

ドサッ

「お嬢様!お嬢様!!。」


『私はそのままベットの上で力尽き。ポーゼルとの約束を果たされぬまま亡くなりました····。』


··········

俺は考えてしまった。

もし、アイシャお嬢様が病に倒れ。先立れてしまったら俺はどうしたのだろうか?と。多分生きる気力を失い絶望感に打ちひしがれ。主人の後を追ったかもしれない?。或いはそんな死する勇気もなく。ただただ無気力に屍のように生きていたのかもしれない?。サーリさんの身の上話を聞いて。俺は悪い方向に想像を膨らませてしまう。



『しかしポーゼルは私を死んだことの報せを受けても私を待つことを止めなかった。ずっとずっとあの約束の場所である遺跡跡地に何十年も何百年も私を待ち続けた。そして···私がこの邸の地縛霊となり。200年が過ぎた頃には虫の知らせとして。遺跡跡地で待ち続けたポーゼルはそのまま朽ち果てるように衰弱死してしまったと知りました。』

······


『ですが、それでもポーゼルはそのまま天に召されることはなかった。ポーゼルは私のように未練を残したまま。王都の上空をさ迷い。目をつけた騎竜と騎竜乗りをレースで襲い。敗北したなら生気を吸う悪霊化してしまったのです。全て··全て···私が悪いのです!。私が彼をあんな化物にしてしまった·····。私が彼をあんな風にしてしまったのです。うっ····うう:。』


俺の背中に憑依しているサーリさんは悲しみのあまり嗚咽を漏らし泣き出す。

サーリは透けた細い両手で顔を覆い。己の犯してしまった過ちを激しく悔いる。

俺はサーリさんの未練は相棒に逢えなかったこと。約束を守れなかったことなんだと判断する。


『ポーゼルは未だこの王都上空で私を探し続けているんです·····ずっと···ずっと···。』


     ◇◇◇◇◇◇◇◇


「····これが王都に伝わる帰らぬサーリの都市伝説よ。」

「う··うう····サーリさん···かわいそう····。相棒の竜と一緒に元気になってレースしたかったのに···。」


アイシャはオリンから遺跡跡地の亡霊の竜とその主人であるサーリという主人の身の上話を聞いて。激しく同情し。目から幾度となく涙が溢れる。


「ポーゼルの未練はサーリに逢えないことなの。でも既にサーリは他界している。だから私は強制的に黄泉に還すしかないの。ほんとはこんな強引なことはしたくはないけれど。ここまで被害でてるんじゃ仕方ないわよね。」



鳳凰竜フェニスは主人に逢えななかった幻想竜には深く同情するが。シャンゼルグ竜騎士校の生徒達がここまで被害を出されてしまった以上。強制的に黄泉に還すしか方法はない。


「オリン!フェニス!ラム!私!全面的に協力する!。遺跡の亡霊の竜を黄泉に返してあげなきゃ。きっと黄泉の向こうで主人であるサーリさんも待っている筈だよ!。」


アイシャは真剣な眼差しでそう二人一匹に訴える。


「そうね。黄泉に向こうにきっと主人であるサーリが待っているかもしれないわね。」

「きっと、サーリさんは相棒の幻想竜を心配しています!。」

「絶対に還そう!。」


三人と一匹は深く頷く。


バァサ! バァサ!


暗く沈んだ闇夜の上空で青白い色の竜のシルエットがゆらめくように浮かぶ。

それは冷たく哀しげに王都上空に佇んでいる、


『サーリぃぃぃ!。何あああ故えええ!何ああ故ええええ!。ぬああああああぜええええええええええーーーーーーーーー!。』


慟哭の鳴き声が木霊する。ただただ主人を呼ぶ声が哀しげに切なく冷たい夜の風と共に流れる。王都の闇夜を照らす上空に深く嘆きの色を与える。宛もなく果てもなくただだ虚ろうように迷う。

それは空虚であり虚無であり

空蝉のように儚く


一匹の竜は幻想のなかで身をよだつ。









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