第280話 薔薇竜騎士団の帰還

「お母さん。今度はいつ戻ってくるの?。」


縁側に座る幼い少年は母親に問いかける。

病院から一時帰宅した母親は後ろから息子を優しく抱き抱え口を開く


「そうね。クリスマスには戻れると思うわ。」

「そうなんだ。お母さん。早く元気になって戻ってきてね。僕、ちゃんとお婆ちゃんと一緒にお利口にして待ってるから。」

「ええ、ユタカも体には気をつけてね。」

「大丈夫だよ。僕、風邪とか引いたことないから。」

「ふふ、ユタカは丈夫なのね。ならこれからもお婆ちゃんと一緒にやっていけそうね。」

「うん。」


ユタカは抱かれて頭上にある母親の顔にとびっきりの笑顔を向ける。



スッ

ゆっくりと瞼が開かれる。


····································

縦線の瞳孔がうっすら細くなる。


パサ

藁が敷かれた寝床に緑色の鱗に覆われた巨体がゆっくりと起きあがらる

バァサッ

縮ませていた翼を大きく広げ。長い尻尾をフサフサの藁の上からなぞるように動く。

パチパチと竜の瞼が瞬きする。


ギャ····ギャアラギャガアギャ·····

(はあ····また母の夢を見たのか·····)


ライナは竜の長首を傾げる。

何でこうも母の夢を何度もみるんだろう?

まさかっ!?ホームシック?。


いやいや、ないないない。だいいち俺もう竜(ドラゴン)だし。人間辞めてるし。異世界に転生しているのだからホームシックもないだろうに······。

ライナは渋い竜顔を浮かべる。


母の思い出は朧気にある。ただ母の死の間際の記憶は俺にはまるっきし無い。

正月を迎える前に母は亡くなった。

一時入退院を繰り返しては幼い俺を後ろから抱き抱え。縁側の庭を一緒に座って見るのが日課になっていた。

身体が弱かった母とはまともに遊んで貰った記憶はない。それでも一時病院から退院する母に後ろから抱き抱えながら縁側から見える庭を見るのが俺は楽しみであったことは覚えている。

母の最後の日はいつものように縁側の上で俺を膝に乗せていた。少し肌寒い雪が降る真昼の中で。幼い俺を抱き締めながら眠るように母は死んでいたと婆ちゃんに聞かされた。その記憶は俺の中ではすっぽり抜けている。ただ、あの時、あの場所で、母が俺に何かを語りかけていたような気がする。ただその言葉さえも今は何も思い出せない。


························


やめだ!やめだ!やめだ!やめだ!

ぶんぶんぶんぶんぶん


ライナは激しく竜の長首をふる。

そもそももう過去のことだ。転生前である鴛月豊(おしつきゆたか)は既にあの時あの場所で事故って死んだんだ。今更気にかけても仕方がない。今は俺はマーヴェラス伯爵家の騎竜としてアイシャお嬢様の騎竜としてレースで勝ちまくらなきゃいけないのだ!。アイシャお嬢様を立派な騎竜乗りにするためにも没落したマーヴェラス家を復興させるためにも。前だけ見て行かなくてはならない!。こんなことで落ち込んで燻るわけにはいかないんだ!。

ライナは気を引き絞めて爪の伸びた竜脚で立ち上がる。


ギャ!ラッギャー!

(よし!頑張るぞ‼)


ライナは勢いよくガッツポーズをする。


「ライナ、いる~?。。」


ぴょこ

ボワボワ金髪を頭から流れ。ドレスを着た幼い女の子がお城の竜舎の入口外からひょっこり現れる。


ギャラギャガアギャラギャギャアギャ

(はい、マリス王女様。何でごさんしょ。)


ライナは即長首をまわし傅く。高貴な王族に敬うように礼儀正しく対応する。


「ライナ、私を乗せて!お城のなか駆けっこして!。」


この国の第三王女であるマリス王女はライナに遊びをせがむ。

ギャラギャ!ギャアガアギャアラギャギャガアギャアギャ

(ハイハイ!何なりとお申し付け下さいませ!。マリス王女様。)


ライナはシャンゼベルグ城の王族のペットとして日々頑張るのであった。


     シャンゼベルグ城

       玉座の間


「長きに渡る使いご苦労であった。」


玉座に座るオルドス国王は西方大陸から帰還した竜騎士団の面々に労いの言葉を掛ける。


「いえ、勿体なきお言葉·····。」


チャ

玉座の前に立つ竜騎士団員は揃い敬礼する。彼等は一般の竜騎士団のようなイデタチをしていなかった。

金縁の鎧に白いマント羽織り。装飾に薔薇模様の装飾が施されていた。しかもその竜騎士団は全て女性だけで構成されていた。


「して、バザルニス帝国のディモン皇帝の様子はどうだ?。」

「相変わらずです。バザルニス神竜帝国大学の3校祭での3校対抗レースの自慢。その勝利をおさめている騎竜と騎竜乗りの自慢。その貴族もその騎竜もまた元は王家7大貴族の中から引き抜かれた二家であるでしょうに。何でもこうも自分事のように自慢にできるのかと不思議におもいますよ。」


薔薇模様の鎧を着た竜騎士団の騎士団長と思われる女性は少々不満ごもりな不平を述べる。


「はは····仕方ない。保護対象である神足る竜への公平さを保つため。神足る竜とその乗り手の家系であるマーヴェラス家を守護する役目を担った7大貴族の中のニ家をバザルニス帝国に差し出してしまったのだからな。戦争回避の苦肉の策とはいえ。彼等には申し訳ないことをしてしまった·····。」


オルドス国王はバザルニス帝国皇帝デイムの神足る竜に対する不満を払拭するためにも長きにに渡り神足る竜とその一族を守護し。支えてきた7大貴族の中の二つの家柄をバザルニス帝国に差し出してしまったのだ。バザルニス帝国の衝突を避けるためとはいえ。人身御供のよう真似をしてしまいオルドス国王は本当に申し訳ないと思っていた。


「気にしないで下さい。王家7大貴族の二家に関してはその事に関しては何の不満も漏らしてはおりません。あの二方は覚悟の上で西方大陸に渡ったのです。ただ····。」


薔薇模様の鎧を着たリーダー格の女性は眉を寄せ何処か言葉を濁す。


「マーヴェラス家の事か?。」

「はい、バザルニス帝国の皇帝には完全にマーヴェラス家の内情を漏らしておりませんが。西方大陸に渡ったお二方の家系は今のマーヴェラス家の現状をよく思っておりませぬ。支援を打ち切り。更には噂では騎竜の能力の中で最も低いとされるノーマル種を騎竜にしてしまったとか?。」

「ああ、その事に関しては事実である。我が娘であるシャルローゼからマーヴェラス家のノーマル種の内情を知った。」

「シャルローゼ王女様が?。お戻りになれたのですか?。」


薔薇模様の鎧を着た竜騎士団長は眉を上がる

東方大陸の学園に在籍していて。帰ってくる素振りを微塵も見せていなかった。情報では最後の3校対抗レースに備えて日々訓練していると聞く。


「ああ、私が無理言ってアルビス騎竜女学園の学園長に頼みこんで合宿先を我が王国に変更してもらったのだ。」

「そ、そうですか········。」


オルドス国王が我が娘である王女達を溺愛しているのは解るが。少々いきすぎるような気もする。


「ではマーヴェラス家のノーマル種の強さはどうでしたか?。私ども是非気になります!。」


ノーマル種がレースで連勝しているとはにわかにしんじかたいことだが。あくまでそれはノーマル種の中での枠組みだけだと思ってしまう。しかし学園に在籍しているのなら貴族が所有する上位種の騎竜にも普通にレースしているはず。ならばそのマーヴェラス家が騎竜にするノーマル種は上位種並みの強さを持つということだ。



「ああ····実際建国記念杯でのそのノーマル種の実力を目の当たりにしたよ。まあ、何だ····何というか····その、あまり関わりたくない強さだとは思ったな····。」


オルドス国王は建国記念杯でのライナのレースを垣間見て素直にそんな感想を述べる。


「関わりたくない強さ?。それはつまりマーヴェラス家の騎竜であるノーマル種が関わりたくないほどの強さ持つというのですか?。それは····凄い!。」


あの神足る竜を喪い。没落してしまったマーヴェラス家が特別なノーマル種を手にして再びレースで活躍しているのだ。再び表舞台にに出れたことを薔薇模様の鎧を着た竜騎士団長は悦ばしいと思う。素直にマーヴェラス家に強い騎竜が来たことを歓迎する。


「いや、そう言うわけでも····無いんだが····。」


オルドス国王は視線を横に剃らし。何処かよそよそしい顔で唇がどもる。


「?。」

「そ、それよりもやっと任務が終えたのだ。疲れているであろう。暫くは休息をとるといい。」

「いいえ、私達は再び王女様の護衛に戻ります。それが本来の私達の役目ですから。」


薔薇模様の鎧を着たリーダー格の女性は折角のオルドス国王の申し出をを厳格に断る。


「いや、それは困る。長期の使いの任務を終えたのだ。休息をちゃんととるのも大切だ。どうしてもと言うなら我が娘達に許可をとってからにしてくれ。絶対休息とらないことを責めるだろうが。」


オルドス国王は薔薇模様の鎧を着た竜騎士団長の対応に頭を抱える。

彼女が王族にたいして忠実で。忠誠心があるのはいいことだが。こうも責務に忠実すぎて頑固な面もあるとこが玉に傷である。特に休息休暇などそっちのけで王族の方を優先しようとする。王家としては嬉しいことだが。少しは自分の身体をいたわって欲しいとオルドス国王は切におもった。


「そうですか······。ではシャルローゼ王女様、メディア王女様、マリス王女様のお姿をみて判断致しましょう。」

「そうしてくれ。」



カチャカチャ

薔薇模様の鎧を着た騎士団は大広間を静かに通る。


「アーミット団長、国王様の言う通りちゃんと休暇をとりましょうよ。私、やっと任務を終えて王都で羽を伸ばすつもりだったのに。」

「そうよ。私なんか王都で男漁りするつもりだったのよ。帝国ではあまりできなかったから。王都でふんだん夜遊びするつもりだったのに。」


団員の中では比較的緩い方であるチェシー・エロムロエと魅華竜イロメは不満が飛ぶ。


「何を言っているのですか!。私達は王女様達を護衛するという大切な義務があるでしょうに。暫く王女様についていなかったから心配です。王女様達の護衛に戻らないと。」


アーミットは団員の不満を断固拒否する。


「諦めなさい。二人とも。アーミット団長は王女第一と考えているから。そう簡単に考えを曲げたりないわ。」


副団長エメラルダ・パライトスは二人の団員にそう諭す。


「ぶ~~。」

「ぶ~~。」


二人は唇を尖らせ豚のような鳴き声をだす。


「それにしてもにわかに信じがたいことですね。上位種並みに強いノーマル種とは。」


副団長エメラルダ・パライトスの相棒である剣聖竜シルリアンはオルドス国王が言っていた上位種並みに強いというノーマル種が気になった。聖竜族として神竜聖導教会ではノーマル種は穢れし竜と忌み嫌われているが。それがまさかあの神足る竜の担い手の家系であるマーヴェラス家の騎竜になっているとは。本来ならば神竜聖導教会にとっても問題となる事柄だが。剣聖竜シルリアンはそれ以上に上位種並みの強さを持つノーマル種が気になった。


「·········。」


騎士団長の隣で赤い薔薇の髪飾りつける深紅のローズ色の髪を流す女性は何処か物憂げな顔を浮かべる。無駄な肉を全てそぎおとしたような美しい肢体は同性からもため息がでるほどである。彼女はこの女性だけで構成された竜騎士団の象徴でもあり。王族護衛直属の騎竜でもある。彼女達の騎士団名である薔薇竜騎士団という名は彼女の種族からきている。


「どうかしたの?イングリス。」


薔薇竜騎士団の団長アーミットは考え込む自分の相棒に心配そうに声をかける。


「あ、いえ、アーミット。気にしないで。少し気になることがありまして。」

「気になること?。」


アーミットは不思議そうに首を傾げる。


「西方大陸で滞在中に妹から手紙が来たんです。何でも好きなオスが出来たそうなんですけど。」

「好きなオス?それはおめでとう!。薔薇竜族にとって子孫繁栄は重要な役目の一つ。子孫を絶やさない為にも早くいいオスを見つけなさいとイングリスのおばば様にあたる黒薔薇竜のジーマさんにも言いいつけられてましたね。ジーマさんが妹さんのことを知ったらさぞ大喜びなるんじゃないかしら?。」


薔薇竜族は代々王家を守る騎竜である。王家発祥から長く王族を守っていた歴史ある由緒ただしい騎竜である。故に子孫を絶やさぬことも強く義務付けられていた。


「そうなんですが······実は他種族なんです。」

「他種族?。それは····お気の毒ね。」


相棒である赤薔薇竜イングリスに薔薇竜騎士団長のアーミットは深く同情する。

子孫を絶やさないことも大切だが。薔薇竜族という種族の血を絶やさないことも大切なのである。薔薇竜族は特に他種族とのツガイになることには厳しかった。


「いいえ、種族的には問題ないかとおもんです。」

「それはどういう意味?。」


薔薇竜族にとって他種族との混血は厳しい筈。それなのに他種族で問題ないとはどういうことなのだろう。


「相手が····その····ノーマル種なんです。」


赤薔薇竜イングリスはいを結したように主人に告白する。


「ノーマル種?ノーマル種ってあのノーマル種?。」

「はい······。」


赤薔薇竜イングリスは深刻に頷く。


「それは·····確かに難しいかもしれませんねえ······。」


ノーマル種は唯一ツガイになっても子に能力が繁栄しない種族である。上位種とツガイになってもノーマル種として誕生するのではなく。ツガイになったその上位種と能力をそのまま色濃く引き継ぐのである。

しかし殆んどの貴族は自分の所有する上位種にノーマル種をツガイにしたりしない。能力が劣化はしなくとも能力的にも竜種としても下等と見なされているノーマル種をツガイにしようとは誰も思わないのだ。

だから高貴な薔薇竜族もそうだが。歴史あるフェネゼラ家もノーマル種をツガイすることは全面的に大反対するであることは目にみえていた。

イングリスの心中を心から察する。


「ですが、オルドス国王の話からして。妹の想い竜はどうやらマーヴェラス家のノーマル種かもしれないないんです。」


「マーヴェラス家のノーマル種?。確かにさっき上位種並みに強いと聞かされていましたけど。」


上位種並みに強いと言われたノーマル種はあの神足る竜の乗り手である救世の騎竜乗りの子孫がいる家系のマーヴェラス家である。薔薇竜族にとってもフェネゼラ家にとってもツガイ相手の家柄としては申し分ないだろう。ただどうしても種族がネックになってしまう。


「フェネゼラ家のものとしては何もいえないけど。黒薔薇竜ジーマさんならその騎竜を平等に見定めるじゃないの?。あの方は根っから実力主義ですから。」

「そうですね····。後でおばば様に相談します。」

「そうした方が宜しいです。」


相棒の赤薔薇竜イングリスの悩みが少しは解消されたようで何よりである。

イングリスの妹の恋が成就するか解らないけれど陰から応援しようと主人である薔薇竜騎士団団長アーミット・フェネゼラはひそかに思った。


「さて、王女様達の様子を確かめなくては。」


薔薇竜騎士団は王女達の元へとむかう。





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