第272話 方向性

「な、何だこれは·······。」


バンディアムス教皇はお城の屋上テラスに用意された観戦席で目を見開き絶句する。魔法具スクリーンに写るレースの様子に驚愕していた。あり得ない状況を目の当たりしたからである。


「あらあら、どうか致しましたか?バンディアムス教皇。もしかして驚いてるのですか?。我が娘の情報によると。どうやら貴方が敬愛信奉する救世の聖女アルシュネシアの子孫であるアイシャ・マーヴェラスのノーマル種は精霊を使役できるそうですよ。」


オルドス国王はしてやったりみたいなかんじでどや顔を決めている。目元がドヤドヤッと勝ち誇ったようににやけている。


「あ、あり得ぬ····。ノーマル種が精霊を使役できるなど·····。」


バンディアムス教皇は激しく動揺し狼狽える。


「でも現に彼女のノーマル種は火を出したり風を操ったりしてますよ。これはどう説明するのですか?。」

「くっ·····。」


バンディアムス教皇の眉間と口元がより険しくなり。悔しそうに唇が歪む


精霊を使役できるなど妖精竜や精霊竜や。或いは教会で隠蔽している同じ穢れしき竜である一部の魔竜族、邪竜族にしか考えられない。魔竜族や邪竜族は呪われた地に住む竜族で主に闇の精霊を使役する。救世の蒼竜の対極を為す滅紫の邪竜フォールを魔族とともに信仰している野蛮な奴らである

その忌み嫌われる魔竜族の一部のものは確かに他の火の精霊や水の精霊など使役できるが。その力は微々たるもので矮小である。あのノーマル種のように強力な火や風の精霊の力を行使できない。しかしあの救世の聖女の子孫のノーマル種はそれをやってのけた。


神足る竜······

いや、断じてあり得ぬ···。神足る竜、救世の蒼竜プロスペリテの御身は鱗が透き通った蒼白い輝きに満ちた美しいお姿をされているという。

結してあのような貧相でくすんだ緑色の鱗に覆われた穢れたノーマル種などでは断じてないのだ。


ならばあのノーマル種は一体何だ?······


何故神足る竜の代わりにあのノーマル種がいる?。何故救世の聖女の子孫の傍らにあのような汚らわしいノーマル種がおるのだ?。

そして何故未だに救世の蒼竜様は転生してこない?。

神足る竜が転生してこないせいであのような訳の解らぬ輩が聖女の子孫の傍でのさばってしまっているではないか。あの穢れなき美しき乙女、聖女アルシュネシアの子孫があのような訳の解らぬ穢れたノーマル種の乗り手になるなど言語道断である。


断じて断じて許されることではない。

救世の聖女に相応しい騎竜は救世の蒼竜プロスペリテ以外あってはならないのだ。

精霊を使役できるノーマル種?。だからなんだ。そんなもの崇高なる救世の蒼竜と比べれば月とスッポン、提灯に釣り鐘ほどの違いがあるではないか。

竜種の美しさもカリスマ性も霞かかるほど落差がありすぎる。断じて断じて許すわけにはいかない。


ギリッ


バンディアムス教皇の口元の歯が激しく軋む。膝の上に置かれたバンディアムス教皇の掌が力強くにぎ絞められる。

紫波帯びた温和そうな顔はぷるぷると怒りでふるえる。


「·······。」


バンディアムス教皇のそんな様子に横目でみていた第二王女メディアは厳しそうな視線を送る。



「まさか精霊を使役できるとはな。ザインがあのノーマル種に何かあると聞かされていたけれど。実際目にすると·····。」


ゼクスはノーマル種が聖霊を使役して炎や風を操ったことに呆気にとられる。


『くくくく、ここまで規格外とはな。これは実に面白くなった。是非とも闘ってみたいものだな。闘技場で。』


ぞく

好戦的に竜瞳をちらつかせ。寒気を覚えるほどのプレッシャーと悪寒を走らせる無双竜ザインに主人でありながらゼクスは冷や汗が流れる。。無双竜ザインは確実にあのノーマル種を己れの好敵手と見定めた筈である。無双竜ザインは無双竜という竜種故に本能的に強い種族と闘いたがる。それはその竜族の本能であり習性でもあるが。それと同時無双竜という竜族の特性に深く関係している。強い竜と闘えなければ無双竜と呼べないほどなどである。強い強者と闘うことそが。この無双竜という竜種の存在意義である。


「まさか···アイシャ・マーヴェラスのノーマル種が精霊を使役できるなんて······。」


タクトの学園最強の称号を持つ騎竜乗り科の三年エネメリスはただただ茫然とする。


『矢張精霊を使役できますか····。』


相棒の精霊竜ネフィンは解っていた様子で達観した静かな竜瞳をライナに送る


「知ってたの?。」

『ええ、ちなみにあのノーマル種のライナは7大元素全ての精霊を使役が可能かもしれません。』

「はっ?7大元素全てって。それおかしいでしょう!。7大元素全てといったら妖精竜や精霊竜でも扱えない銀氷の精霊も入っているのよ!。」

『その銀氷の精霊があのノーマル種ライナの体内に何故か入っているのですよ。』


サラッとんでもないことを相棒の精霊帝竜ネフィンが口走る。


それどういう構造しているの?

エネメリスはどういう経緯で銀氷の精霊がノーマル種の体内に入っているのか訳がわからなかった。相棒の精霊帝竜ネフィンが冗談を言ってるとは思えない。ネフィンが冗談をいうような性格ではないことを主人である自分がよく知っている。


妖精竜族や精霊竜族でさえ7大元素の最後の精霊、銀氷の精霊だけは扱えない。扱えるのは神

足る竜や幻の竜種、白銀竜或いは最後の絶滅危惧種にしてたった一匹生存が確認されている銀晶竜だけである。その銀晶竜もまた死亡したと噂があるが····。


「あのノーマル種は一体なんなの?。·」


エネメリスはアイシャ・マーヴェラスのノーマル種であるライナにたいして途轍もない異様性を感じた。


「それじゃ、アイシャ。私はここまでだから。相方のレインとガーネットはコースアウトで失格になってしまったし。でも目的である氷結竜は倒せたからここでお別れ。」

『お役にたてなくて申し訳ありません。』


ラムお嬢様と魔剣竜ホロホスはここで辞退するようである。ツーマンセルがルールなので致し方ない。


「うん、じゃ、またね。ラム、ホロホスさん。」

「ありがとう。」


アイシャとオリンはラムと別れの挨拶をする。


「あ、そうだ。アイシャとライナ、後で頼みたいことがあるの。レースが終わったら聞いて欲しい。」

「頼みたいこと?。うん、解った。ラムの頼みなら何でもきくよ。ねっ、ライナ。」


アイシャお嬢様は俺に同意を求める。


ギャラギャアガアギャアラギャアガアギャアラギャアガアギャアラギャアのギャラギャ

(はい、自分ができることなら何でもしますよ。ラムお嬢様にはかしもありますし。


ラムお嬢様には校内の敷地で迷っていたところを助けて貰ったことがある。ここは恩返しをせねば······。



「ありがとう·····じゃ。」

『お気をつけて。』


ラムお嬢様は魔剣竜ホロホスに乗って南地区の地上にゆっくりと降りていく。


『さてと南地区の塀の番人からフラッグをかっさらないとね。』


鳳凰竜フェニスはメラメラとオレンジの炎を燃やし闘志を昂らせる。


「ライナ、行くよ!。」


アイシャお嬢様もブルーメロウ(蒼の美神)を携えて番人からフラッグを奪取しようと意気込む。

はああ~、さっき戦闘したばっかなのにまた戦闘すると思うと億劫になるな。本来の建国記念杯は王都の地区を廻り。各塔の番人からフラッグ(旗)をかっさらってお城の頂上にぶちさすだけのレースの筈なのに。

レース以外に三竜騎士との決闘も入っているから余計に大変である。


「ああ、皆さん。フラッグはご自由に取って構いませんよ。」


南地区の墱の番人はアイシャお嬢様達にそう告げる。見た感じ何処かクラスのシャンゼルグ竜騎士校の担任教師のようである。


「えっ?。」


アイシャお嬢様は南地区の墱の番人の対応に金の眉をよせ困惑する。


「貴方方の戦闘をずっと見ていましたから。フラッグ死守しても無駄だと解っております。どうぞどうぞご自由に後ろのフラッグをお取り下さい。あ!同行している学園最強のお二方もどうぞ。」


南地区の番人は既に白旗を振ってさっさと降参してしまう。


何だかなあ~。フラッグを取る労力を削ぐことができるからもうけものではあるのだけど。

アイシャお嬢様はなんなく一本目の南地区のフラッグを入手する。

フラッグを回収するとエネメリスは何かを思い出したようにはっと我に返る。


「ゼクス!。私達もそろそろ本気で建国記念杯を優勝しないと不味いわ!。」

「お!もうそんな時間か?。まだまだ他校の一年とノーマル種の実力を確かめたかったんだがなあ。ザイン!残念だがここがタイムリミットだ。」

『はあ····つまらん役目がなければこのままノーマル種のレースを見物できたんだかなあ。』


無双竜ザインの甲冑のような鎧を纏う竜顔が残念そうに竜口がへの字に曲がる。


「そう、くさるな。ノーマル種の戦闘なんかいつだって見れるだろうに。なんせ学園中の騎竜がそのノーマル種とその乗り手を狙っているのだからな。」


それ、目の前で言わないで貰います?気にしているのですけど。

本意ではないのにシャンゼルグ竜騎士校の騎竜含めて全学科全学年全生徒から目の敵にされている。アイシャお嬢様も俺も何も悪いことしてないのに何でだろう?。


「それじゃ、私達は行くけど。気を付けてね。」

「はい、エネメリス先輩達もレース頑張って下さい。」


オリンお嬢様はタクトの称号を持つ騎竜乗り科三年先輩であるエネメリスに声援をおくる。

ここでやっと学園最強の二人二匹と別れられる。

正直最強の二人二匹が同行されるとかなりのプレッシャーかかっていたんだけどな。

やっと解放されたよ。


『おっと、どうやら学園最強の二人はここで別れるようです。残念ながらスポットを二人に当てなくてはなりません。』

『主役は彼らですからねえ。ノーマル種と他校のレースも見物だったのですが。ここで断念するしかありません。実に残念です。』


竜騎士科の実況サイクは騎竜乗り科の解説ネレミンはお城の放送席で本当に残念そうにしていた。


いや、うちらにスポットをあてずに主役である最強の二人にスポットをあててくださいよ。うちらはうちらで目立たず端の隅の隅っこでちいさく目立たないようにレースをしていますから。

ライナは本当に自分達にスポットをあてないで欲しいと思う。悪目立ちはしたくないのだ。



        西地区

      多目的レース場外


多目的レース場に設置された魔法具スクリーンに写るレースの様子を熱心に一人一匹が観戦する。


「アイシャ達、無事三竜騎士を倒したようね。」

「あいつらの実力なら問題ないだろ。寧ろ敗北など考えられないからなあ。」


元純白の乙女のリーダー、レカーリヌ・ソファーレと煌輝竜アルベッサである。


「次はどこの地区にむかうのかしら?。。」

「さあな。ライナのことだから近場を選ぶんじゃないか?。」


アイシャとライナ達は次はどのコースを選ぶのだろう?。南地区のフラッグを取ったなら行くとしたら東地区のフラッグか西地区、北地区だろう。距離的には北地区のフラッグ場所が一番遠いから選ぶとしたら矢張東地区と西地区のフラッグの場所になるだろうか?。


「まあ、なんにせよ。ライナのことだからまだまだ一悶着あるんじゃないか?。」


やさぐれたオッサン姿の煌輝竜アルベッサはレカーリヌにそう告げる。


「怖いことを言わないでよ。あのペアに関しては本当にそうなりそうなんだから。」


元純白の乙女のリーダー、レカーリヌ・ソファーレはアイシャ達が何か災難にあいそうなそんな悪いが予感がした。



       スラム孤児院


「わあ~、凄い!あのノーマル種本当に強いんだあ~。」

「あのお姉ちゃんも凄い!。狂姫の二投流を扱うよ!。」

「凄い!凄い!。」


スラム孤児院にヴァーミリオン商会の計らいで孤児院内に小型の魔法具スクリーンが設置されていた。それを孤児院の子供達がレースの様子をみて歓声を上げる。


「私、騎竜にするならノーマル種にするわ!絶対。」


アイシャ達のレースをみてアルミスはアイシャのような騎竜乗りを目指すことを決意する。



「それじゃ、ライナ、行こうか。」

ギャアラギャアガアギャアラギャアギャア

(どちらの地区のフラッグを取りに行きますか?。)


正直どちらのコースを選んでも同じだと思っている。

建国記念杯で一着をとる必要性はないのだ。優勝を目指しているわけではないのだから。


「それなら西地区に行きましょう。激突竜ヘンガンを乗せたもう一人の三竜騎士ラザット・バラッカスはお城の東方向のスタート開始地点から始めました。東地区のフラッグを回収して南地区のフラッグ回収地点にまだいないとしたら。これから南地区の回収地点に行くか。或いは北地区の回収地点にいっているかもしれません。このまま鉢合わせする可能性が低いとして西地区のフラッグ回収地点に行くのが有力かと。」


オリンお嬢様は俺とアイシャお嬢様にそう助言する。

なるほど。最後の三竜騎士に好戦をさけるための良い案である。

このまま三竜騎士と闘わない選択肢もあるか。


「う~ん。でも三竜騎士と決闘する約束もしているし。良いのかなあ?。ちゃんと三竜騎士と決闘しないと行けないような気がする。」


アイシャお嬢様は三竜騎士と決闘することが義務になっていた。

いやいやいや、寧ろレースが目的であって戦闘が目的でないですよ。あくまで竜騎士科が騎竜乗り科の決闘を正当化する建前として建国記念杯を利用しているだけあってわざわざ決闘に行く必要性もないでしょうに。

本当にアイシャお嬢様は学園長(狂姫ラチェット・メルクライ)影響を受けてないか心配になる。


『ま、とりあえず鉢合わせするかしないか関係なく進みましょう。ここで喰っちゃべっても無意味だし。』


少々短期である鳳凰竜フェニスは三本のオバ〇のようなオレンジのアホ毛をぴんぴんと揺らしそう提案する。


「そうね。行きましょう。西地区のフラッグ回収地点でいいかしら?。アイシャ。」

「うん、構わない。ライナもそれでいいよね?。」

ギャアラギャアギャア

(はい、問題ありません。)


とりあえずアイシャお嬢様はわざわざ戦闘になる危険のある方向性には行かなくて良かったよ。

俺はホッと安堵する。


バサッバサっ


『流石はライナ様です!。三竜騎士をあんなにあっさりと倒すなんて。』


後方で密かにライナ達の戦闘を見ていた白薔薇竜のマリアンはうっとりした竜顔で前方に飛ぶライナの姿に見とれる。


「くぅ~~。あのノーマル種が三竜騎士に無様に敗けるところをマリアンに見せたかったのに。何で簡単に倒されているのよ!。三竜騎士って本当は弱いじゃないですの!。」

「シャロム様····」


背に乗るマリアンの主人である薔薇竜騎士団候補特待生であるシャロム・フェネゼエラは手持ちのハンカチを唇で引き延ばし。悔しそうにしている。そんな彼女の様子に他の取りまきの薔薇竜騎士団候補達は複雑そうにしていた。


バァサッバァサッ


ライナとアイシャお嬢様とオリンお嬢様を乗せた鳳凰竜フェニスは塀づたいを通り。西地区にある塀墱へと進む


バァサッ!バァサッ!


ギャアラギャアガアギャアラギャアギャ?

(何かやたら他の生徒見掛けませんねえ?)


塀づたいを内側を通っているのが理由だろうか?。あまり他の生徒と騎竜には鉢合わせしていなかった。特にピンクの制服を着た騎竜乗り科の令嬢生徒は人っ子一人騎竜一匹も見掛けていない。


「そうね。確かにおかしいわ。こんなにも騎竜乗り科の生徒が見掛けないなんて。」


騎竜乗り科の一年であるオリンお嬢様も正直におかしいと思っている。


バァサッバァサッ


『見えたわよ。』


鳳凰竜フェニスの声で前方に西地区の塀の墱が見えてきた。

竜瞳の遠目で見たところ西地区のフラッグの番人はカーネギー教官の知り合いである薔薇竜騎士団のメンバーの獣っ娘ミリスという人らしかった。薔薇竜騎士団のメンバーならさぞ手強いだろうなあ?。

ライナはどうやって薔薇竜騎士団のメンバーからフラッグをかっさらうかを考える。


バァサッ バァサッ

徐々に西地区の塀墱に接近していく。

西地区の塀墱までほんの数メートル前まで辿り着く。


「そこまでですわっ‼️。」


サッ ザザッ


突然お嬢様口調の声が飛び交い。

ライナは前方に見える西の塀の墱目前にして。一斉に騎竜達に取り囲まれる。取り囲んだ騎竜はまるで陣を組むかのように逃げ場を残さない確実な包囲をする。


乗った令嬢生徒は皆ピンク色の軽装の制服を着ていた。


目の前には銀髪のくるくるしたカール髪を両耳から垂れ流し。でんと突き出るような大きな胸を自慢するように前にさらけだし。見た目からして高飛車な性格の令嬢がさも偉そうな態度で騎竜に乗ってアイシャお嬢様の前に立ちはだかっている。


その後ろの最後尾には栗色の密編みのポニーテールをした騎竜乗りの令嬢を乗せたヒヤシンス色の鱗に覆われた竜が静かにライナ達を見据えていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る