第217話 負けず嫌い

スッ

華麗な踏み込みでイーリスお嬢様が迫ってくる。

甲板の床を足音たてずに素早く俺を目指して進む。

俺は防御の臨戦態勢をする。

真剣の刀を迷いなく打ち込んでくる。一応ノーマル種でも生半可な刃物では鱗の身体に刃は通らない。しかし業物であるならば硬い鱗の身体に切り口位は与えられる。イーリスお嬢様が所持する刀はどうやら剣帝竜ロゾンが出した魔剣、聖剣、神剣ではなさそうだ。俺は師であるレッドモンドさんとの修行で対人、対竜の戦闘に更に磨きをかけている。来たるべきの更なる強豪の騎竜乗りと騎竜と渡り合うための対策である。アイシャお嬢様が二投流を覚え成長を遂げたのなら俺もより一層強くならなくてはならない。


ひゅ

イーリスお嬢様の刀の刃が俺の竜の胴体をかすめる。

ドシドシ

俺はバックステップして後退する。


「ほう······。」


ロゾンは無精髭の顎をさすりながら感心している。


「ライナ!、頑張れ!!。」


アイシャお嬢様は後ろで健気に俺を応援する。


あれをやってみるか·······。

レッドモンドさんから騎竜乗りの武器対策を教わっていた。本来なら騎竜乗りが騎竜に過剰な攻撃をすると過剰攻撃と見なされ反則となるが。しかし騎竜乗りが騎竜に攻撃することを全面的に禁止されているわけではない。あくまで過剰な攻撃が反則となるだけであり。だからもし騎竜乗りが俺に武器を向けた時の場合の対応対策もちゃんと立てている。


俺は鍵爪の掌を空に添える。神経を限界まで研ぎ澄ませ。鉤爪の掌と目の前に向けられるイーリスお嬢様の刀に焦点置き。それ以外の一切の雑念は捨てる。


ひゅ!

イーリスお嬢様は上段斬りが炸裂する。

ガシッ

俺は寸前のとこで片方の鉤爪の掌で刃をつまみ止める。


「·········っ!?。」


イーリスお嬢様は手で止められるとは思っていなかったようで驚いて後ろへ飛び退き態勢を立て直す。

俺は落ち着いたまま再び鉤爪の両手を空に添え。そしてまたイーリスお嬢様の刀と俺の鉤爪の掌以外一切考えない。

レッドモンドさんとの修行の成果がでていた。


        回想


「心の目とは言わないが。限定の極みと言うものがある」


学園の校庭のど真ん中レッドモンドさんの筋肉の胸板がぴくぴく脈打つ。

ギャアラギャ

(限定の極み?。)



「対峙する相手に対して重要なこと以外一切考えない防御、回避方法だ。レースの戦闘は攻撃も防御も周囲の気を張って戦うだろう?。」


ギャア

(はい。)


確かにレース中は何処から仕掛けてくるか解らないので。いつも気を張りながら警戒してレースをしている。


「しかし限定の極みは己とその相手の戦闘で必要な部分だけを注視し。他は全て切り捨てる戦いをする。例えば相手が剣を使ってたとする。そしたら己自身は攻撃と防御に使う腕と相手が扱う武器をだけを注意する。後は気にしない。」

ギャアラギャガアギャアラギャギャ?ギャアラギャガアギャアラギャガアギャア

(気にしないって大丈夫なんですか?。周囲の警戒が散漫になるとおもうのですが。)


周囲を警戒せずに戦ったら隙だらけである。


「確かに限定の極みは周囲の警戒が散漫になる。仲間が介入されれば隙ができ。返り討ちにあう。しかし一対一であるならば限定の極みはより効能効果が増す。相手が魔法を使わずただの武器のみをしいた攻撃方法なら限定の極みだけなら対処できるだろう。」

ギャアラギャガアギャアラギャギャアラギャガアギャアラギャギャアラギャガアギャアラギャガアギャガアギャアラギャギャアガアギャアラギャ······

(でも魔法使わず。武器だけでの相手なんていませんよ。それに相手は騎竜乗りと騎竜のペアですよ。結局限定の極みというのは役立たずなんじゃ·····。)


武器だけで戦う相手なんていないだろう。騎竜乗りは魔法やスキルも所持しているし。騎竜に関しては武器などなく。バリエーション豊富なスキルと魔法を所有しているだろうから。限定の極みという要点を絞った防御、回避方法では太刀打ちできないと思う。


「そこは工夫するしかないだろう。限定の極みは欠点だらけだが。強みもあると頭の隅にでもおいてくれ。」

ぴくぴく

ギャ······

(はあ·····。)


俺は生返事で返す。


確かに手合わせ程度なら役にはたつな·····。

限定の極みによりイーリスお嬢様の剣捌きがスローで見える。そして自分の掌だけ意識を乗せることで即座にイーリスお嬢様の刀の斬擊にも対処できる。

チャキ

「·······。」


イーリスお嬢様は無言無表情のまま俺と対峙している。しかし少しおぼろ気にムキ?になっているような気がする。


「··········。」


気のせいかな·······

ダン!

イーリスお嬢様は甲板の床板をおもいっきり蹴る。

助走などせずに即、俺目指して突っ込んできた。

ひゅ! バシッ

イーリスお嬢様は素早く上段斬りすると俺は刃を掴んで止めて離す。続いて中段斬り下段斬り繰り出しそれも鉤爪の掌で掴んで離す。

ひゅ!ひゅ! バシッ!バシッ!

更に袈裟斬り、左袈裟斬り、逆袈裟斬りなど高度な斬擊を繰り出すがそれも刃をつまんでは離す。


ひゅん!ひゅん!ひゅん!

バシッ!バシッ!バシッ!


「·············はあ··はあ·····。」


イーリスお嬢様は振っていた刀を突然止め。無表情のまま息を整える。


疲れたのかなあ····。


イーリスお嬢様の状態を見てそう覚った俺だが。イーリスお嬢様は刀を鞘に納めてしまう。


スチャ

「········。」


じっと沈黙したまま此方を睨む。


スタスタスタスタ

何故か刀を鞘に納めたイーリスお嬢様は結った濡れ鴉の後ろ髪を揺らし。無表情無顔のまま俺に接近してくる。

イーリスお嬢様が俺の脚元まで近付くとスッと大きく右の素足をあげる。


ゲシッ!!。 

ゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシ‼️。


イーリスお嬢様は突然俺の脚を足蹴してきた。

ギャガアギャギャア?ギャアラギャガ?

(ちょ、何ですか?。何で足蹴するの?。)


理由も解らず無我夢中でイーリスお嬢様は俺の竜の脚に足蹴を喰らわしてくる。


「ふむ。これでは的にもならんなあ···。」


剣帝竜ロゾンは腕を組みながら眉を寄せる。


ゲシゲシゲシゲシゲシ!


やっぱサンドバッグ要員だったか····。

ゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシ


てっ、いつまで足蹴するんですか!。

イーリスお嬢様はいまだ俺の脚に足蹴りを続けている。蹴りの一発はたいしたことないが。同じ箇所を何度も足蹴するので痛みが蓄積されて地味に痛い。

無口無表情である二年のイーリスお嬢様はどうやら根に持つタイプのようだ。


「ライナ、お嬢の剣の稽古に付き合って感謝する。」

ゲシゲシゲシゲシゲシゲシ

ギャラギャガアギャアラギャ·······

(いえ、何か怒らせたみたいで·····。)


ゲシゲシゲシゲシゲシゲシ‼️

イーリスお嬢様の俺に対する蹴りの連打は未だ止まない。


「お嬢、もうそのへんでお止め下さい。お嬢の剣もまだまだということですよ。まだ、いずれリベンジ致しましょう。」


ピタッ

ロゾンの言葉にイーリスお嬢様の蹴り続ける生足がピタリと止まる。


ほっ、やっとおさまったか······。

竜だから足蹴されてもさほど痛くないが。

女性に何度も足蹴されるのは精神的に堪えてしまう。それに別に俺はそっち系の性癖は全く持ってないのである。

イーリスお嬢様は無表情に甲板の床板に素足を戻した·····と思ったが。


ゲシッ!!

·············


泣きの帰りの一発を俺は喰らう·····。


本当にイーリスお嬢様は根に持つタイプのようである。


船尾の甲板で稽古していたイーリスお嬢様と剣帝竜ロゾンを後にして俺とアイシャお嬢様は散歩を続ける。


「ライナ。何かイーリス先輩の剣の稽古大変だったねえ?。」

ギャアラギャガアギャアラギャ·········

(はい、何だか色々疲れました·······。)


イーリスお嬢様の負けず嫌いの側面を垣間見た気がする。


コツコツコツ

ドシドシドシ


甲板左舷の渡り廊下を進む。

長い手すりのある左舷廊下を進むと目の前に見覚えよある黒髪の令嬢生徒と後ろ髪を三つ編みに束ねた角を生やしたメイドが目に入る。

アイシャお嬢様と同じ制服を着た黒髪の令嬢は俺に気付くと笑顔で駆け寄ってくる。


「あっ!?、ライナだ!?。」


トタタタタタ!タンッ ぴょん!

むにゅう♥️


黒髪の令嬢は勢いよく飛びはね俺の胴体に飛びつく。

黒髪令嬢の柔かな胸の感触が伝わる。


ウホッ!、流石アイシャお嬢様に負けず劣らずの素晴らしいお胸をお持ちだ。

抱き着いてきたアイシャお嬢様の従姉妹セーシャお嬢様の胸の柔らかさを俺は堪能する。


「セーシャ。おはよう!。」

「あ!、アイシャ。おはよう。はあ~、やっとライナに抱き着ける。」


スリスリ

セーシャお嬢様は俺の胴体に頬擦りする。


「セーシャ。はしたないですよ。ギルギディス家令嬢としてもっと慎みを。あと、ノーマル種などに触れてはいけません。ノーマル種は我々客室と違って藁で貧相で湿り気のある船倉部屋をあてられているのですから。」


相変わらず嫌味を吐くなあ。このメス竜。

俺のことを根本的に嫌っている冥死竜マウラである。このメス竜だけは結して背中に乗せてはいけないと俺の直感が告げる。多分背中に乗せようものなら後ろから刺しにくるに違いない。そんな危うさと危険性を冥死竜マウラは秘めていた。


「別にいいじゃない!。ライナと全然逢う機会なかったんだから。ドラゴンウィーク以外全然よ!。」


そう言えばドラゴンウィーク以外でセーシャお嬢様達と会わなかったなあ。マウラの企みで会わせないようにしていたのかもしれない。それ以前にレースの依頼とかで忙しかったからなあ。学園にいる時間よりもレースに出場している時間の方が多い気がする。


「それは仕方ありませんよ。マーヴェラス家はギルギディス家とちがい没落しておりますから。お家復興のためにもアイシャ様はレース出場して頑張っているのてすよ。そうですよねえ?。ノーマル種ライナ。」


マウラは俺に話を振ってきた。嫌味たらたらに。

ギャアラギャガアギャアラギャガアギャアラギャ

(そうですね。レース優勝しまくって大変でしたよ。)


俺も皮肉混じりの連勝記録で返してみる。

マウラのにこやかな陰険な表情が少ししかめ。微妙に不快に眉が寄る


「なるほど。流石はライナですね。ですが貴方は少し調子を乗りすぎですよ。」


また小言が始まるのかあと俺は深いため息を吐く。

冥死竜マウラが俺に対して素直に一生涯誉めることはないだろうと理解する。


「中央大陸の貴族は東方大陸の貴族よりも貴族意識が高いのです。貴方の恥はアイシャ様の恥に繋がることをお忘れなく。」

ギャアラギャガアギャアラギャギャアガアギャアラギャガアギャアラギャガアギャ

(解っている。貴族の騎竜としてアイシャお嬢様に恥をかかさないように務めるよ。)


中央大陸の王都は更に都会だ。礼儀作法をきっちりしなくては。


「はあ~、貴方はまるで解っていないようですね。」


マウラは首を振り。残念そうにさも憐れじみた陰険な視線を俺に向けてくる。

ギャアラギャガア?

(どういう意味だ?。)


俺はカチンとマウラの物言いに反発する。


「貴方という存在が貴方という種が。アイシャ様を陥れることになると言っているのです。貴方がどれほど連勝しようがどれほど戦績を積もうが貴方がノーマル種であるという事実は変わりありません。はっきり言います!。貴方の存在がアイシャ様を苦しめることになる。」

ギャアガア

(て、めぇ~。)


俺は眉間が上がり。怒りがふつふつとわきだす。

元々相性最悪だったが。今日は一段とムカつく。


「ちょっと、マウラ!。」

「ライナ。落ち着いて!。私はライナがノーマル種でも全然気にしてないから。」


二人は二匹の相棒を宥めようとする。

一触即発になりそうだったがマウラの口からはボソッと何かの言葉が漏れる。途端に俺の竜の身体が金縛りのように動かなくなり固まる。

くっ、またか········

冥死竜マウラの能力なのか?。マウラの言葉に何か圧のような呪いじみたものが秘めている。動かない竜の身体に冷や汗と悪寒が走る。口だけは僅に動く。こいつの能力がバフ系統なら、俺は頭の中に言葉を浮かべる。練りんだ気を発散するように言葉に込めて放つ。


発気『動け‼️。』


ギャああああああああーーーーーーーー!


ぶわあああああああああ

びりびりびりびりびりびり


俺の身体から言霊を秘めた気が発散される。

空気がぴりつき金縛りのように動かなくなった身体が動けるようになる。

どうやらマウラの呪縛から解放されたようである。


「これは·····龍族の発気····。よもや龍族の技まで覚えるとは····。本当に忌々しいノーマル種だ。」


冥死竜マウラの取り繕ったような冷たい表情が険しげに歪む。欺瞞に塗り固められた顔が本心隠せず一瞬崩れる。

·····················

俺と冥死竜マウラの間に静寂の空気が流れる。



「···········セーシャ。帰りますよ。これ以上話しても時間の無駄です。」

「あっ、待ってよ。マウラ。」


冥死竜マウラはそのまま俺を無視して客室に繋がる扉に入ってしまった。

残された俺は少し安堵する。

マウラは騎竜船での揉め事を避けただけであろう。あのままマウラと闘っていたらどうなっていたことか。マウラの能力は正直得体が知れない。スキルとか魔法とか違う何か別の異様なものを感じる。

龍族の技や発気を知っていたところから似た系統のものかと思ったが。それよりも禍々しい気がする·······。


「ライナ、大丈夫?。」


ライナは俺の状態を心配して声をかける。どうやらいつの間にか俺の鱗肌は汗だくで竜口も息切れしていた。


ギャアラギャガアギャアラギャギャア

(はい、大丈夫です。心配かけました。)


あのメス竜とはもう関わりたくないとないなと本気でそう思う。

アイシャお嬢様と再び甲板の散歩を続ける。


「るぅ~~。ライナあああーーー!。」


甲板左舷の長い渡り廊下進むと聞きなれた愛嬌ある声が風と共に流れてきた。








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